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我が家が毛ガニに襲来された話

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:うえひらまさ代(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「こないだは結婚式に来てくれてありがとう。お礼に毛ガニ送っといたから、みんなで食べて」
北海道に住む叔父からそんな電話が来たものだから、毛ガニの到着当日は、家族みんなが朝からそわそわと浮足立っていた。
 
今から25年ほど前のことである。
母の弟の子供、つまり母親の姪っ子が結婚式を挙げた。
母の弟は、母とはかなり年が離れていて、忙しい両親に代わって母が親代わりで育てたようなものだったから、その子供が結婚するとなった時はとても喜んで、仕事を休んで北海道まで行って式に参列し、ご祝儀も奮発したそうだ。
そのお礼に、叔父が毛ガニを送ってくれたのだ。
 
当時の我が家では、毛ガニは初物。
調理方法も分からない。
ネットで調べるという方法は当時はまだなかったから、うろ覚えの知識で「ゆでて鍋にする」ことにした。
 
次の日曜日の夕方、発泡スチロールの箱に入った毛ガニ到着。
母と私が、あらかじめ買い込んでいた鍋の具材、白菜や長ネギを切ったりと、いそいそと準備を始める。
 
弟たちが発砲スチロールの蓋を開けると、りっぱな毛ガニが12杯入っていた。
10本の足は、体の下にきれいにそろえられ、一匹一匹紐でくくられている。
とっても行儀のいい毛ガニたち。
発砲スチロールの箱の底には分厚い保冷剤が敷き詰められていて、厚手のビニール袋に入った氷も毛ガニの上に乗せられていたけど、中の氷は半分くらいしか解けておらず、ほぼ冷凍状態になっているように見えた。
 
「この紐って、どうするの?」
下の弟が、母に聞く。
母も毛ガニの調理は初めてだったから、しばらく考えたのち、
「くくったままだとゆでムラができちゃうから、切っといてくれる?」
と言って、キッチンバサミを渡した。
 
鍋の準備にいそしむ母と私の後ろで、パチンパチンと紐を切る音が聞こえた。
上の弟も「俺にもやらせろよ」と参戦している。
全部の紐を切り終わったところで、私たちは発泡スチロールの箱を覗き込んだ。
紐から解き放たれた毛ガニたちは、いくぶん足の締め付けは緩まったものの、ほとんど形を変えることなく、整列して鎮座している。
4人は「わぁ!」と歓声を上げた。
 
休日出勤だった父から「もうすぐ帰る」と電話が入り、父の帰宅時間に合わせて鍋をはじめるからと母が弟たちに告げると、彼らは待ちきれない気持ちを抑えるように、テレビゲームを始めた。
 
母と私は、父が帰ってきたらすぐに鍋が始められるように食材の準備に慌ただしかったし、弟たちは対戦ゲームに興じていたから、誰も気が付かなかったのだ、毛ガニの異変に。
 
背後で「ゴトッ!」という大きくて鈍い音がして、母と私が驚いて振り返ると、発泡スチロールの箱から這い出た毛ガニが、テーブルの下に落ちていた。
「えっ!?」
家族全員が、思わずフリーズする。
冷凍されて死んでいると思っていた毛ガニが、生きていたのだ。
それも10杯、ほぼ全部。
 
発泡スチロールの箱から、次々と毛ガニが這い出てくる。
我が家の室温が彼らにちょうど良かったのか知らないが、えらく元気で活きがいい。
動きがめちゃくちゃ活発だ。
家族みんなが「ギャー!」となる。
 
全員がしばらく呆然としていたが、ひとまず捕まえないとどうにもならないことに気づいて、私は鍋つかみを両手にはめた。
すでにソファの下に潜り込んでしまった毛ガニもいて、全部を捕獲するのは大変そうだ。
 
「もうお父さん待たないで、ゆでちゃった方がいいよ」
私はそう言って、驚きのあまり包丁を持ったまま呆然と突っ立っている母に、大きい鍋に湯を沸かすよう促した。
 
その間も、私は毛ガニの捕獲に走る。
弟たちは、びっくりするばかりで全く役に立たない。
私は心の中で舌打ちしつつ、毛ガニを捕らえては発泡スチロールの箱に戻すという作業をひたすら繰り返した。
また出てこないように蓋をして、蓋の上に重しとして、ぬか床の入った大きな琺瑯の容器を乗せる。
中に閉じ込められた毛ガニが、発泡スチロールの箱の内側をハサミでカリカリしている音が聞こえて「ヒイィ!」となる。
恐らくあちらも命の危機が迫っていることは察知しているのだろう、必死だ。
 
ようやく全部を捕まえ終わったころ、大きな鍋の湯が沸いた。
発泡スチロールの箱のふたを少しだけずらして、まず一匹捕まえる。
鍋つかみを装着してはいるが、カニの手は思いのほかは長く伸びてくるので、はさまれないよう注意が必要だ。
 
鍋のふたを取り、つかんだ毛ガニを鍋に入れようとする。
しかし毛ガニも必死で、もうもうと湯気が立つ鍋のふちに足をかけて、入れられるまいと踏ん張るのだ。
「ギャーごめん! 美味しくいただくから許して!!」
私は蓋も使ってぐいぐいと毛ガニを鍋に押し入れ、すぐさま蓋を閉めた。
 
10杯全部をゆで終わったころちょうど父が帰宅したのだが、家族全員がぐったりしていたのを見て、なにが起こったのかと驚いていたものだ。
 
それからというもの、私はデパ地下などで紐でくくられた毛ガニを見るたびに、このできごとを思い出して、つい思い出し笑いをしてしまう。
ちょっと様子のおかしなおばさんになってしまうのだ。
 
 
 
 
***
 
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