メディアグランプリ

かーちゃんの子ども


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小松鈴(ライティングゼミ2月コース)
 
 
「先生、この子は長生きできますか?」
 
声が震えているのが、自分でも分かった。
診察台に並べられた検査結果の紙。その一部に赤いマーカーが引かれている。
「わかりません。でも、できる限りのことをやっていきましょう」
肯定も否定もしない先生の言葉が、矢のように突き刺さる。
こらえきれずこぼれ落ちた涙の一粒が、「彼女」のふわふわの背中に落ちかかる。ぴくっと背中を震わせ、振り返った「彼女」は、透き通ったヘーゼルの瞳で私をじっと見ていた。
 
彼女――こと「くるみ」は今年で8歳になるハチワレのメス猫だ。
もとは義姉の実家が保護猫活動のようなことをしていて、「来る者拒まず、去る者は追わず」のゆるいお世話をしている。くるみの母親も、猫同士の情報交換で得たのだろうか、いつの間にか納屋に居着いていたという。すでにお腹も大きくなっていて、住み着いてすぐに3匹の仔猫を出産した。
その話を聞いた次の瞬間に「お願い、お世話するから1匹連れてきて!」と頼んだ。いきなりの話に義姉も驚いただろうが、両親も驚いていた。
母はどちらかというと猫があまり好きではない。「床に傷がつく」「毛が舞う」「テーブルに乗る」といったことが主な理由だ(後にすべて当たっていると分かった)。
しかし意外にも、私を援護したのは父だった。うつ病を患っていた私を見ていても特になにも声をかけなかった父が、「鈴の病気が良くなるかもしれん」と母を説得したのが決め手らしい。
 
くるみが我が家に来たのは2015年11月22日の夕方だった。一日世話をするため、翌日は休みを取るくらいの気合の入れようだった。
両手に乗るくらい小さなくるみは、当時生後2ヶ月半。写真でも見ていたが、あまりの愛くるしさにひと目で虜になった。
部屋に連れて行って、「ここがトイレ」「ほら、おもちゃと爪とぎも買ったよ」「寒かったら毛布あるよ」言葉が分かるかどうか分からないが、とにかく話しかける。でもくるみはそれどころではなかった。デスクチェアの暗がりに隠れて、ひたすら泣き続ける。
〈おかあちゃーん、おかあちゃーん〉
まだまだ赤ちゃんのくるみに理解できないのは当然だ。そばに近寄って「ほら、私があなたのかーちゃんだよ」そう言っても泣き声はやまない。
泣きすぎてとうとう声が涸れたくるみは、翌日の昼を過ぎてようやく諦めたのか、私に寄り添って眠った。私もくるみのちっちゃい手を握りながら、ようやく眠ることができた。
 
それからくるみは我が家の「女王様」。猫らしいツンデレな性格で、ちょっとのことで腹を立てたかと思えば、2オクターブくらい高い声でおやつをおねだりする。そのたび「かーちゃん」と言う名の「下僕」は、ハイハイごはんね、ハイハイ遊ぼうね、とお仕えする。家族にはキツイ猫でも二人きりになったときは甘え声でゴロゴロ鳴くのがたまらなく愛おしい。
結婚して家を出るときも、当然くるみを連れて行った。その後夫のモラハラに苦しみ、随分泣いた。そういうとき、くるみは何も言わずにそばにいる。じっと私を見て、時々体をすり寄せる。当時家に帰ることができたのはくるみがいる、お世話をしないと、ただそれだけだった。
やがて結婚生活に限界が訪れた際も、自分の荷物もそこそこに、くるみのごはんやトイレなどの必要品を車に詰め込んで出奔した。
  
それから数年後。
あれ? と気付いた。なにか、くるみの様子がおかしい。今までトイレ以外の場所で粗相をしたことがない子だったのに、トイレの目の前でおもらしをしていた。ごはんも食べない。寝ている、というよりぐったりしている気がする。すぐに病院に連れて行った。検査のため採血をする際は3人がかりでくるみを押さえつけた。
(あれだけ暴れる元気があるんだから、大丈夫)。待合室で、自分に言い聞かせるように呟く。やがて名前を呼ばれて診察室に行くと、年配の女性医師が言った。「腎臓の数値が悪いですね」。猫は腎臓が弱いということは知っていたが、まさか6歳にもならないくるみが病気になるとは信じられなかった。
呆然とした状態で家に帰ると、涙が一気に噴出した。はじめから「この子は私より先に逝く」、そう覚悟して飼い始めたというのに、それを考えるのはまだ先のことだと思っていた。子どものように泣きじゃくる私に、くるみはちょこんとおすわりをして私を見ていた。〈うち、そないすぐには死ねへんて。大丈夫やから〉と慰められている気がした。どちらがかーちゃんなのか分からない。
食事療法ということで、今まで買っていたフードの3倍以上の値段のごはんを購入することになった。一瞬ひるんだが、もちろん購入した。水をたくさん飲ませるため、ろ過フィルターのついた給水器を購入し、今まであげていたおやつは、腎臓に配慮したものを少しだけに変えた。いつもなら〈おやつもっとくれやー!〉と叫ぶくるみが、何も言わずに去っていく。自分のことが分かっているのかなあ、と不思議で仕方なかった。
 
3ヶ月後に健康診断を兼ねて採血することになった。
前日の夜、ぐっすり眠るくるみの隣で私は不安で目が冴えて眠れない。
一睡もできないまま、フラフラで再び動物病院に行った。またしても〈嫌やて言うてるやん!!〉と激怒するくるみをなだめすかして血液を取る。
待っている間、どこの誰とも知らない神様に願い続けた。私がくるみの病気を引き受けます。だから、どうか、どうか……。
名前を呼ばれたとき、心臓が口から飛び出そうだった。くるみが入っているキャリーを抱いて、恐る恐る診察室に入る。
 
「まだちょっと高いですけど、数値は以前よりかなり下がっていますよ」
その言葉の意味が分かるのに十数秒、心臓が元の位置に戻ったと同時に、また涙がこぼれた。「良かったですね」とニコニコ笑う女医さんに、息だけで「ありがとうございます」と伝えるのがやっとだった。
  
「くーちゃん、良かったなあ」。帰りの車で話しかける。
〈かーちゃん、良かったなあ〉。くるみも答える。
もちろん、完治したわけではない。定期的な血液検査が欠かせないし、歳を取ればまた数値が悪くなる可能性も充分にある。
「くーちゃん、あと30年くらい生きなあかんで?」
〈30は無理やろ〉結構本気なのに、クールやなあ。
 
私は身体的な都合で、人間の子どもには恵まれなかった。今でもちょっと悲しい。だけど、くるみという名の子どもがいる。
「猫と人間は違うだろ」と言う人もいるだろう。でも、どちらも魂を持った「いのち」だ。
私の子どもは、きっと私より先に逝ってしまう。そのとき後悔しないように、絶対にくるみを不幸にしないと改めて誓った。
 
「くーちゃん、かーちゃんのこと好き?」
〈そないなこと、よう言わんわ〉
私の体に自身の体をすりすりしながら、くるみは言った。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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