死と向き合うって悪いことですか
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:小林 遼香(ライティング・ゼミ4月コース)
「軽度異形成は、すぐにがんになる段階ではないから心配しないで。でも、治療法はなく経過観察しかないから、また検査にきてね」
1年前の子宮頸がん検診で軽度異形成の診断を受けた。「まさか自分ががんになる可能性があるなんて」そう思い始めるとネガティブな想像が止まらなくなった。電車のホームで1人ベンチに座って、何時間も動けないほど落ち込んだ。生まれてからずっと健康優良児だったわたしは、死への距離感が縮んだことなんて一度もなかった。26歳の春、死を意識した生活が突然私にふってきた。
翌日から死の要因を取り除くいわゆる「リスクヘッジの儀式」を開始した。まずは、症状が悪化する事態を考え、最先端医療を受けられるように医療保険に加入。死後、残された家族への恩返しとして生命保険にも加入した。次に日常の行動を見直した。「太陽を浴びるのが健康にいいらしい」と聞きつけたわたしは、晴れの日の午前中、なるべく家の周りを散歩するようになった。そもそもの運動量が足りないと感じたので、キックボクシングのジムに通いだした。それから身体の原動力である食生活も見直すことにした。野菜を食べることはもちろんのこと、免疫力アップなど身体にいい効果をもたらすあらゆる漢方を取り寄せた。大好きだった飲み会も控えるようにした。しかし、運動や食生活の改善だけでは、不安は消え去らなかった。ふと幼い頃、近くのお寺の住職に「いいことをしたら自分にかえってくる」と言われたのを思い出し「徳を積む」行動「一日一善」を開始した。困っていそうな人を見つけたら自分から声をかけるようにした。最終的には、東京の山奥のお寺で死へ立ち向かう精神を鍛えるべく、滝行をした。リスクヘッジ儀式の方法を探し、試し、実行することを1年間続けた。わたしの日常はもはや儀式のルーティンで回っていたにもかかわらず、生存に対する安心感は減る一方だった。
1年が経過した頃だった。リスクヘッジの儀式が功を奏したのか、医者から「異常なし」という診断結果を告げられた。それでも一度死がよぎった経験があるからか、死を意識しない生活をやめることはできなかった。「また再発するかもしれないし、別の病気にもなるかもしれない」と、1年前よりも生きることへの執着心が強くなっていた。
27歳の春、飛騨市の縄文時代の遺物に触れるツアーに参加した。飛騨市は、子孫繫栄のためにつくられた石棒が計1074点発見され、「石棒の聖地」と呼ばれていると知った。石棒を1つ製作するために1日7時間労働を1カ月弱も費やすらしい。しかし、祭典での役目を終えると、縄文人自ら石棒を壊すそうだ。それは「人は死んだらいなくなるのではなく、風となり、鳥となり、星となり、自然に還って存在し続け、やがて再生する」という考えをもとに行動されたと言われている。常に死と隣り合わせで強靭に生きた縄文人は、死を特別なものとは考えず、死を受け入れて生きていたのだ。「死を受け入れる」わたしと真逆の発想だ。死を回避するために必死だった自分が急にちっぽけに感じられた。同時に「生きる充足感を得ることのほうが大事なのではないか」そんな考えが頭をよぎった。
ツアー終了後、どうしたら死を受け入れるようになるのだろうと縄文時代について書かれた文献を読みあさった。文字のない縄文時代、人々の考えが記録されたものはない。けれども、考古学者はあらゆる遺物から縄文人の思想を推測している。例えば、屈葬という埋葬方法だ。諸説の1つとして「胎児の姿勢をとり再生の祈りをこめた」と言われている。このように縄文人の思想に触れれば触れるほど、生死循環の考えが私のなかにインストールされていった。気づけば、死へのマイナスイメージが払拭され始め「そこまで死を意識して毎日生きなくてもいいかもしれない」と、あっさりリスクヘッジの儀式を中止する発想に切り替わっていた。
「どうせ人はいつか死ぬ」これはまぎれもない事実だ。死を待って生きていくよりも、死に向かって生きていったほうがいい。情熱的に鮮烈に生きてやろうと思う。
死ぬときに見る走馬灯は、大した思い出もなく5秒で終わる人よりもわくわくするような体験をたくさんしすぎて、超高倍速にしても見きれないほうが人生楽しいはずだ。
27歳の夏、死の危険があると思って避けていたダイビングにも参加した。「落ちたらどうしよう」と毎回震えて乗っていた飛行機も余裕で乗れるようになった。美味しそうと思ったらジャンクフードを食べるし、友人と話したいと思ったら飲み会にも参加した。
いまのわたしは、まるで縄文人になったかのように死を受け入れて、充実した毎日を送っている。死と向き合うことはいいことだ。
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