メディアグランプリ

大人の私を籠絡させた祖母のおにぎり


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記事:Maki (ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
子どもだけで空の旅。
 
それがジュニアパイロットなんて名称まで付いてるのだから、興奮するなと言う方が無理だ。
 
愛媛に住む祖父母を訪ねて同い年のイトコと2人、大阪から初めて子供だけの旅をすることになった。そうなった理由は記憶に残ってないが、見送る母のどこか落ち着かない感じだけは覚えてる。
 
「ジュニアパイロット」と検索すると「6〜7歳のお子様一人旅」と書かれてるから、おそらく私もそれくらいの年だったのだろう。電車での通学を見送るのとはワケが違うから、そりゃあ母としてはさすがに心配だったに違いない。忙しなくあーでもない、こーでもないと搭乗前の私たちの世話に夢中になっていた。そんな母を尻目に私は誇らしい気持ちで胸がいっぱいだった。
 
祖父母の家には物心が付く前から年に一度は訪れていた。夏休みになるとその旅の出発点となる空港は、いつも特別な空気をまとっていた。人工的な建物と無機質な広い空間。人が非日常へと足を踏み出すほんの少しの緊張感と、アイロンのきいた制服を着こなすクルーたちのカッコ良さ。空港にいる自分はなぜか大人の一員になれたような気がして、いつもなら親任せの大きな荷物も「私が持てる!」と、カバンの持ち手が腕に食い込んでいることに気付かれないように、クルー達を見習って背筋を伸ばして歩いた。
 
そんな私の(文字通り)背伸びがバレないようにと細心の注意を払いながら、隣に座るイトコを横目で覗いてみた。いつもは「ようしゃべるなー」と親戚一同に呆れられるほどオシャベリな彼がすっかり黙りこくっている。実は彼にとっては飛行機に乗ること自体が初めてだったのだ。
 
私はコッソリほくそ笑んだ。「大人」の私の出番だ!
 
クルーに連れられて搭乗口をくぐる。笑顔で母に手を振る私の横で、彼はリュックサックの肩ひもをしっかり握りしめ、クルーのそばにピッタリとひっついて悲壮感を全身から醸し出している。島流しされる子どもなのだろうかと時代が時代なら勘繰られる様相だ。これはますます私がなんとかしてあげなくては。
 
席につくと早速私はシートベルトの着用方法についてレクチャーを開始。いつもなら必ず2言3言は返してくる彼が、殊勝に言われるがままになっている。飛行機が離陸に向けてスピードを上げて滑走路を走り抜け、機体が浮き始めたときには息を止めてしまっていたらしい。真っ赤な顔で初めて感じたのであろう重力に必死で耐えている姿を見た時は、さすがに可哀想になってしまった。
 
空の上でシートベルトサインが消える頃には彼もだんだん慣れてきたのだろう。クルーがくれた飛行機のオモチャで遊ぶくらいにはリラックスしていた。もちろん私はオモチャなんかで遊ばない。だって大人なんだから。キチンと姿勢を正して座っていなければ。いつもは両手いっぱいにもらう機内サービスのアメだって今日は3つだけだ。
 
松山空港に到着すると、そこには祖母が迎えに来てくれていた。クルーとの空の旅ですっかりエアライン会社の一員気分な私は、大好きな祖母を目で捉えた瞬間、駆け出したくなる気持ちを押さえ、まっすぐ歩いていく。祖母のいつもの「大きゅうなったな」を「大人になったね」の褒め言葉と受け取り、まんざらでもない気持ちを押さえて祖母の手を取った。
 
イトコといえば、地上に降りて安心したのだろう。今度は彼まで何やら大人のフリだ。祖母に怖がっていた自分を見せたくなかったのだろう。「大丈夫やった?」との問いかけに「大丈夫やで! 2人で平気や!」と、つい先ほどまでクルーの手を強く握って離さなかった張本人とは思えない虚勢っぷりを見せた。
 
無事空の旅を終えた私たち2人だったが、実は祖父母の家は、松山から更に電車で2時間という遠路なのだ。3人一緒に松山駅に移動して電車に乗り込んだ。そこで座席についた瞬間「ジュニアパイロット」より嬉しいことが起こった!
 
なんと、祖母が炊き込みご飯で作ったおにぎりを持ってきてくれていたのだ。当時肥満だった私は、その言葉からご想像いただけるとおり食べるのがとにかく大好きだった。そしてこの炊き込みご飯おにぎり、見た目とは裏腹にめちゃくちゃ美味だったのだ。ラップに包まれたそれは、おそらくその日の朝に炊いて握ってくれたのだろう。水蒸気がこもっていたらしく、おにぎりが水分でベッチャリしていた。それでもこのおにぎりが世界で一番おいしかったのだ。花より団子を惜しみなく体現し、「大人の私」は食べ物の前であっけなく消え去っていった。
 
「大人」のライバルだったイトコも、なんだかんだでまだ緊張が解けていなかったのだろう。ただでさえ食の細い彼は1つで満足したらしい。ありがたく残り3つを自分ものにした。6歳の口内と食道はそんなに広かっただろうか、と疑ってしまう勢いで、私にとってのミシュラン三つ星炊き込みおにぎりは次々と胃に送りこまれた。
 
世間からちゃんと「大人」というラベルが貼られるようになった。今でも「あの炊き込みご飯おいしかったわー」と言う私に「アンタはまだ言うてんの」と苦笑いする母も、なんだかんだでお味再現プロジェクトに参加してくれている。残念ながら成功にはいたってないのだが、月並みではあるがやはり祖母の愛情成分がいっぱいこもっていたのだろうか。だとしたら祖母なき今、もう2度と味わえない。そう思いながら母と炊飯器を開けてみた。今日の炊き込みごはんにはこの思い出成分を足してみようか。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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