墓じまいまでに
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記事:コスモス(ライティング・ゼミ4月コース)
墓じまいをすることにした。
年に一度の墓掃除を私の田舎では墓なぎというのだが、今年、私は体調と体力の関係で業者さん任せにして、現場の墓には行かないつもりでいた。
急勾配の階段の草むしり、四方に伸びた夏草の刈り取り、覆いかぶさってくる樹木の剪定、そのすべてが早朝から始まるのだ。古い家系なので墓石が何基もあるだけではない。「千正堂」というお堂の上と下、二段にわたって私の掃除分担なのだ。広すぎて手におえず業者さんの手を借りてでも、やりきらないとならない。
しかも、草刈り機など操作できない私がやれることは草運びくらいなのだが、刈り取った草は思いのほか重量があり運ぶのにも足元がおぼつかないありさまなのだ。下手をすると熱中症になりかねないし骨折等の事故も起こしかねない。
というわけで、今年はお掃除専門業者さんにお任せして、自分は行かないでおこうと思っていた。
実際に私が墓守をするために片道3時間かけて移動し、前日泊して掃除をすることになる。それには体力的に無理がある。無理をすればできるということは、その後の体調に悪く響いてしまうことを意味する。墓なぎにかかる経済的負担も長いスパンでは重いものになるだろう。担いきれないで維持管理を放棄するという結末になることだけは避けたい。
そこで、今年は墓なぎに行き、そこで墓じまいをすることを、その墓地全体を共同で所有する方々に相談するという形で宣言することになった。先祖代々の墓石や墓碑は撤去し更地にするので、以後の墓なぎからは参加しないということを了解してもらわなければならない。そのことの下相談は電話でしてあるのだが表立っていうのはさすがにつらい。
最終的に墓じまいを決断することになったのは家族の状況の変化だ。私が他家に嫁いだ者である以上、嫁ぎ先の墓もある。自力歩行がますます困難になりつつある夫に代わって婚家の墓守も私が担わなければならない。
家制度の名残り云々という名目上のことではなく、いずれ実際に、自分自身の問題ともなってくるのだから、選ぶことはできない。一択しかないのだ。
墓守の子孫がいない以上、実家の墓は、ゆくゆくは無縁仏どころか墓地そのものが森になってしまう可能性もある。田舎にある墓地とはいえ、住宅地に隣接している以上、その土地が森となってしまったのでは、様々な危険が起こることが予想される。このまま放置するわけにはいかない。そこで、一族の末裔である私と妹は、やむなく墓じまいをし、両親と叔母の遺骨のお引越しをすることにした。
結論として合祀という選択をすることになった。無縁仏にならないようにそれだけを願ってするのだが、墓石が立っていないのは心の拠り所を失ったような気分になるかもしれない。移転先には俗名を刻んだ位牌型の石が立つことになる。
後々に、あの時に予想できたはずの様々なリスクを知りながら放置してしまったという責めだけは受けないで済みそうだ。
難関はこれからだ。あらゆる意味の闘いが待っている。親戚縁者への了解は取り付けたものの、行動するには体力と気力がいる。
まずは法務局へ申請して地権者を調べることから始まる。墓地の相続はたいていの場合、宅地などと違って所有者が亡くなっても相続人として届け出る人が少ないそうだ。我が家のように地権者の名が何代前の先祖なのかわからない場合が多いのだという。これは実家のある町役場の係の人が教えてくれたことだ。
次に改葬申請書の届け出である。これが意外と厄介で、火葬の日付けまで書くようになっている。父母や叔母の葬儀を仕切ったのは私だが、命日はわかっていても火葬日などはとっくに忘れている。翌々日だったかという程度の記憶でしかない。
それから受け入れ先の責任者に署名してもらわなければならない。受け入れ先が我が家から近ければいいのだが、すぐに行ける距離ではない。ただ、実家の墓よりはずっと交通の便が良い。先祖の宗派と同じ真言宗智山派なのでそこにしただけだ。これは問題なく済むだろう。
実際に移転先を下見した時の感じでは、寺院の中にある合祀墓なので、管理が行き届き、明るい境内の一隅にあり、父母と叔母に休んでもらうには最適だと思えた。合祀なので費用も少額で済む。
そこまでは何とか踏むべき手順が見えてきたのだが、問題は墓石の撤去等の費用のことだ。どのくらいになるのか見当がつかない。親戚縁者への了解は取れたとは言ったが、実際に移転するとなると、実家と墓地を共同所有する他家から、墓地周囲の樹木の伐採と撤去をなどとの要求が出てきた。
思いがけない伏兵があらわれた感じで、とても一筋縄ではいかないのだ。墓じまいということはお骨を他に移転するだけではすまない。墓地の地権者が複数いるので、それぞれに考えが違う。高齢で体が不自由になった人ばかりではない、比較的若い人もこの墓地で眠ることを考えているので、できるだけ自分たちに有利なようにことを運ぼうとしてしてくる。
そこを相手の言い分も認め、こちらも冷静に話をすることようにしなければならない。
もめないようにすること、これだけは守らなければならないのだ。
今はそれだけしか浮かばない。うまくゆくように祈るばかりだ。
ただ、幸いなことに私には閉じたという感覚が湧いてこない。そのことだけは不思議だ。墓を閉じようと閉じまいと私は先へ進まなければならない。生きているのだからという感覚だ。
これが一番大事なことかもしれない。生きている以上、何かを選択せざるを得ない。合祀であろうとなんであろうとその時に最善と思う選択をして実際に実現させようとしている。これでいいのではないだろうか。
まだまだ先は遠い。それでも一歩ずつやってゆくしかない。
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