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足が一本ぐらいなくたって


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:工藤洋子(ライティング実践)
 
 
夏は日が昇るのが早い。
朝日が差してだんだん暑くなってくる部屋に猫の足音が響く。
 
「ツットン、ツットン、トントントン」
 
ああ、これはくろただな。
ちっとも起きない人間に業を煮やして朝ご飯の催促に来たらしい。大柄の黒猫という見た目とは裏腹に腰の低い態度のこの子が実力行使に出た、ということは、ごはん皿が空っぽなのだろう。
 
もしこれが他の猫だったら、
 
「トントントン」
 
と一定のペースで足音がするはずだ。前足と後ろ足を交互に出してスタスタと歩くのが普通の猫の歩き方だが、くろたは違う。数年前、ケガのために後ろ足を一本切り落とす羽目になってしまったからだ。
 
走る時は後ろ足が一本でも同じようなタイミングで左右の前足、後ろ足を同時に地面につくから他の猫とも変わらないのだけど、歩くときはどうしてもびっこ引き引き歩く、という感じになるので、足音が違うのだ。
 
ああ、分かりました。
起きますよ、今起きます!
だからそんなにザシザシと顔をなめてアピールするのはよしてちょうだい。顔がヒリヒリしちゃうから。
 
足が一本ないのだから、彼は人でいえば立派な身障者のはず。だけど本人(本猫?)は分かっているのかいないのか、お構いなく生きている。特に「困った!」と訴えてくることもない。
 
我が家は山の中にあるので、猫は自由に外へ出かけることができる。街中なら交通事故のリスクが高いためか、最近では外に出さずに室内飼いにすることも多いようだが、山の中では車にひかれる可能性はかなり低い。人のそばに住む野生動物でもある猫の運動神経をもってすれば、よっぽどのことがない限り、安全に暮らせるはずだった。
 
だが、数年前の冬にくろたは数日家に帰ってこなかった。
 
心配して家の回りを探してみるが、どこにもいる様子はない。声もしない。これはどこかで道に迷っているのでは、と半ば諦めかけた三日目の夜、
 
「にゃあ……」
 
となんとも力ない鳴き声をあげてくろたは帰ってきた。
 
「くろた! よく帰って来れたね、どこに行ってたのよ、心配したよ!」
 
と駆け寄ってみると、どうも歩き方がおかしい。左の後ろ足を地面に着けないようだし、おまけに……腫れている! 足先の部分がパンパンに膨れ上がっていて、普通ならきちんと閉じていて「グー」になっているはずの足の指が、すっかり開ききって「パー」になってしまっている。
 
これは見るからに痛そうだ。
 
大きく開いた傷口があるわけではないが、見えない傷が化膿してしまっているのか、膿のような汁がにじみ出ている。歩くのも辛そうだったので、階段は上れないだろうと居間のコタツのそばにバスタオルで寝床を作って寝かしてやることにした。
 
二階の寝室で床についたはいいけど、なんだか心配でよく眠れない。「にゃあ」という声がどんどん小さくなって、とうとうくろたが死んでしまうと思ったその時、
 
「くろたっ!」
 
と思わず叫ぶと、確かに声を細く絞り出すような猫の鳴き声が現実に聞こえてくる。起きてみると、薄暗い階段の下から二段目のあたりに黒い物体が
 
「にゃあ……」
 
とか細く鳴いていた。足が痛くてたまらないのに心細くなって一生懸命いつものように階段を上ってってこようとしたらしい。
 
「ごめんね、くろた。寂しかったんだね」
 
とくろたを抱きかかえて、私の寝る布団の足元で寝かしてやった。そのとき、かすかに何かが腐ったような生臭いものを感じ取ったのを覚えている。もうそのときには壊死が始まっていたのかもしれない。
 
猫を飼ったことがない人でも、猫の足の形は、なんとなく思い浮かべることはできるだろうか。肉球のある、横から見たら「グー」のような形状のつま先部分から棒のように細い部分が延びている。
 
実はここまでが人でいうところの足の部分だ。つまり、猫は常につま先立ちで歩いている、ということになる。その棒のような細い部分をくろたはどうやら何か他の獣に噛まれたらしい。動物病院の先生によると、タヌキかアナグマか何かだろう、という見立てだった。
 
何度か病院に連れて行ったが、腫れはまったく引く様子がない。そうするうちにますます足は異臭を放つようになり、とうとう骨まで見えてきた。
 
「もう足を切るしかありませんね」
 
そう先生に言われたとき、気が遠くなりそうになった。
 
このまま腐った部分を抱えたままでは命が危うい。それは分かるけど、足を切られてくろたはどう思うんだろう? 足を切りやがって、と人を恨みはしないだろうか。性格がやさぐれてしまったりはしないだろうか。
 
ところが。
そんな心配はまったく必要なかった。かえって性格が図太くなったほどだ。病院でも「くろたちゃん」と呼ばれて可愛がられていたそうだ。
 
手術のために毛刈りされて、片方の尻は禿げているというのに退院して帰ってきたその日から、
 
「僕は治ったのでお外へ行きます!」
 
と言わんばかりの態度だ。私の心配などまったくの杞憂だった訳だ。
 
猫は、いや猫だけじゃなく他の動物もきっと同じなのだろうけど、彼らは「今、ここ」に生きている。それもいい意味で。人間のようにあれやこれやと不必要に思い悩むことはない。
 
マインドフルネスだ、瞑想だ、となんとか現在へ意識を集中させようとあがく人間に比べて、なんと健全なことだろうか。その強靱さはには本当に感嘆させられる。
 
願わくばくろたがこれからも足のせいで不自由な思いをすることがありませんように。その寿命が尽きる最後の時まで。
 
 
 
 
***
 
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