最も有意義な一万円の使い方
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ばなみ(ライティング・ゼミ10月コース)
私って場違いだよね。
ここは、メイク講座の会場。卓上鏡に映った私は、もう少しで、泣きそうな表情を浮かべていた。
事前の指示通りに買った新品のアイブロウを、私は持て余している。
会議室に集まった十名ほどの受講生の大半は、高校を今月卒業したばかりの十代の子が多かった。既に化粧に慣れているようにも見える。わざわざ恥をかくために、もう三十路を超えた私は愛する福沢諭吉を投じたのか。いっそ腹痛を理由に途中で帰ってしまおうか。
私は生まれてこのかた、眉毛を描いたことがなかった。
しかも、ほかの受講生を待たせている。その焦りからか、鼻にはじっとりと汗をかいている。
講座を進行するメイン講師のほかに一人ついていたアシスタント講師が、いつの間にかワンツーマンで対応してくれていた。やっとみんなに追いついて、ようやく講座は先へ進んだ。
申し込みの段階で、確かに初心者こそ大歓迎と書いてあったものの、本当の初心者がついて行けるのか不安があった。
大学在学中は、四年間すっぴんで過ごした。大学卒業後就職はしたが、ベースメイクに口紅のみの簡素なメイクしかしたことがなかった。
その私が三十路を超えてメイク講座なるキラキラした集まりに参加を決めたのには切実な理由がある。
婚活である。
ずばり、結婚相手として選ばれたい。切実なる願い。社会人として非常識として思われないための守りのメイクではなく、一番素敵だと異性に思ってもらえる攻めのメイクが必要だ。
やっぱりここで収穫もなく、帰るわけにはいかない!この機会を逃したら、お金を払ってまでメイクを学ぶことはない。恥はかき捨てようぞ。そう覚悟を決めた。
「なりたい自分になるためには、色を使うのも効果的です」
そうなんだ! かわいく見られたいのか、大人っぽく見られたいのか。どう見られたいかによってもチークやアイシャドウを入れる位置も異なってくるらしい。また、使う色によっても、たとえば赤色だと元気、青色だとクールなど色が持つイメージで変化を持たせるといいらしい。
また、もともとの顔の造詣が異なるから、人によって隠したいコンプレックスも逆に強調したい顔のパーツも違う。そしてメイク道具を駆使して自在に表現するのがメイクアップ“アーティスト”である。俳優さんなどに仕事としてメイクを施すメイクのプロだ。
アーティスト、って響きがかっこいいじゃないの。
要は、自分が見られたい姿に道具を使って表現すればよく、こうしなければ駄目だという正解・不正解もない。優劣をきめるものでもない。
私がいま、取り組んでいるのはアート!一種のアートだと思えば俄然やる気が出てくる。
たった一日の講座であったが、講座が終わる頃には、色々自分の顔で試したくなっていて、うずうずしていた。
数日前に道具を買い揃えにいったコスメカンターに、道具の使い方をもう一度聞いたり、今まで試したことがないアイシャドウや口紅を試したりするために、週末になると足繁く通った。
前回はかわいく、今回は大人っぽく。
私がよく使う化粧品メーカーはアイシャドウにいたっては、120色もの展開がある。さらに、接客してくださる方が変われば、必ず違う色を勧められるのが、正解が一つだけではないと言われている気がした。毎回コスメカウンターにいく度に出来上がりが変わる自分の顔を見るのが、控えめに言ってすごく楽しい。
無難なブラウンやピンクだけではなく、青や黄色など使う場面を選びそうな色もコスメカウンターなら思う存分試せる。女性しかいない空間で、モテを気にすることもありますまい。テキパキと塗ってくれるコスメカウンターのお姉さんを、私は尊敬の眼差しを持って、よくよく観察していた。
家でもどんどん試したくなるから孔雀のようなカラフル顔に出来上がったこともあった。宅配便の受け取りに左右全く違う色を目蓋に塗った状態で、出たこともある。だが開き直った私は、うん、無敵!
その延長上で、マッチング相手に出会ったときに、メイクを変えるとどう思われるか試すのが、また楽しかった。同じようにメイクをしたとしても、相手によって綺麗だと言ってくれる人も、反対に自分のことを第一印象でなしと判断する人もいたが、私は自分が鏡を見てテンションが上がるメイクを優先した。
なあに、自分が気に入った一人に、気に入ってもらえればいいのだから。
緊張でおかしくなった初デートも、メイクをきっかけに主体的に攻めていくようになると、マッチングしてうまくいくことも増えていった。二度目のアポを貰えることが多くなった。交際を申し込まれることも増えた。
そしていま、私は結婚して、夫がいる。
生まれて始めて自分から告白されるように仕向けたお相手。
一万円で、
自分を表現する楽しさだけではなく、結婚相手を手に入れた。
これ以上有意義な一万円の使い方を、私は知らない。
***
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