その優しさ、ホンモノですか?
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:下村未來(ライティング・ゼミ12月コース)
っだー! やっぱり言えない!!
年末の大混雑した東京駅の人混みをすり抜け、やっとの思いで新幹線に乗ること30分。
私はあのセリフがどうしても言えず、悶々としていた。
そう。「背もたれ、倒しても良いですか?」である。
新幹線や高速バス、飛行機など、このセリフを使う場面はたくさんある。私も幾度となく言われたことがあるが、自分から言えたことは覚えている限り一度もない。なぜなら、このセリフを使う場面になると、こんな脳内会議が始まってしまうのだ。
「やっぱり背もたれを倒さないまま、残り2時間はつらいです」
「そしたらなんで最初に声をかけなかったの? このタイミングで勝手に倒したら後ろの人がびっくりするし、舌打ちされるかもしれないよ。そもそも自分が快適に過ごしたいからって、後ろの方のスペースを奪うのって、ちょっと自分勝手じゃない?」
「はい、確かに私の落ち度です。だって、私ごときが背もたれを倒すなんて、おこがましくて。でも私もみんなと同じ乗客なんだから、片道1.5万円を払って過ごすこの2時間半をなるべく快適にしたいと思うのは、当然のことだと思います」
「ああそう。とっくに乗車してから30分も経過したけどね。この微妙なタイミングでも言えるなら、言ってみなよ」
まずは様子を見ようと、そろりと後ろを振り返る。どうやら後ろの方は若い女性のようだ。窓の方に寄りかかりながら、スマートフォンを片手にくつろいでいる。
この方なら言えるかもしれない。むしろもう立派な大人なんだから、言えないと恥ずかしい。今日こそ言えるようにならなければ。
3・2・1……。
無理だ。そもそも後ろが振り向けない。鉛でも入っているかのように、腰が重たくなっている。ちょっとした腰の痛みなんて、私が我慢すれば済む話だ。そしたら、こんな面倒な議論なんてしなくて済む。やっぱりそうしよう!
そして強引に自分を納得させ、ジンジンと痛む腰から目を背けようと、浅い浅い眠りに入るのである。このように、周りの人が嫌な思いをするくらいなら、自分が犠牲になろうとする癖は、日々の生活の至るところで現れる。
たとえば、街中を三人以上で歩いている時。私はスッと身を引いて、自分から一人になる癖がある。横並びになっては、周りに迷惑がかかるだろうという小さな配慮だ。街中だと、車の音や周りの話し声もあるので、当然会話には入りづらくなる。その時、私の脳内はこうなっている。
「二人の会話が全然聞こえないな。ちょっと寂しい。しかも、何を話してるのかは分からないけど、なんだかすごい楽しそうだ。この場に私がいる必要って、あるのか?」
「何をバカなことを。二人に楽しく会話してもらいたいから、自分で身を引いたんでしょ。なのにそうやって、愚痴は言うんだね。寂しいなら『私も会話に入れて』って言えばいいだけのこと。中途半端に優しさを見せようとするから、こうなるんだよ」
「分かった、撤回します。寂しさなんて1mmもないし、周りの景色を見るだけでも楽しいから何も問題ない。それに、二人があんなに楽しそうに話しているのは、私の本望です」
そうやって、心の中でふんふんと鼻歌を歌い始める。外壁や窓の形がおもしろいビルを見つけたり、ものすごく前のめりに歩いているチワワに微笑んだりして、この場を楽しもうと努める。
そうやって過ごしていると、周りからこんなふうに言われることがある。
「みくちゃんって、本当に優しいよね!」
私は嬉々として母に報告した。しかし母は首を横に振って、苦い顔をした。
「いや、その子は分かってへんわ。あんたの優しさはなあ、ホンマの優しさじゃないねん。優しい人やと思われたいから、相手にとって都合の良いように振る舞ってるだけや。でもそれは自分のためであって、ホンマに相手のことを思ってるわけじゃない。それは、ホンマに優しい人とは違うで。あんたのは、偽善やねん。ギ・ゼ・ン。分かる?」
望んでいた返事と、全然違う。歯に物を着せぬ母の言い草に、胸のあたりが「グサリ」と音を立てた気がした。
そして、考え込んでいた。優しさって、なんだろう。「人を思いやれる人になれ」とはよく言うけれど、私は自分の感情を後回しにして、相手が欲しい言葉や望んでいる行動ばかり考えている。それが思いやりであり、優しさなんだろうか。しかし私は、相手のことを大事に思っているわけではない。相手に嫌われたくない、良いイメージを持たれたいだけだ。だから私の心の中は、ちっとも優しくない。
「あんたはまず、自分のことを好きにならなあかんで。自分のことを大事にせな、人のことも大事にできへんと思う。私はあんたが大事やからこそ、もっと優しくしてほしいねん。周りじゃなくて、まずはあんた自身に」
心臓がヒュッとなる。相手に求められている自分。相手が捉えている「私」。知らないうちに、それを真っ先に考える癖が抜けなくなっていた。
内心は許していないのに、「全然大丈夫」と言う。本当は限界が近くても「全く問題ない」と言う。他人には配慮できても、自分という人間をぞんざいに扱っている人間が、本当に他人を思いやれるのだろうか。相手にとって都合の良い返事ばかりして、私はいつまで優しいフリを続けるのだろうか。
周りの人を気遣うのと同じように、自分自身のことを気遣うこと。自分の感情を大事にしてあげること。
たった一人の「私」なのだから、私は私にそういう優しさを与えてあげよう。
***
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