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若葉マークの嘘つき


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:きむらあや(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「早く手を洗ってきなさい!!」
「イヤだ! 洗った! 洗ったもん! ちゃんと洗った!」
 
カーテンの後ろに逃げ込むわが子。その隙間から、すっかり日の暮れた夜空が見える。
また声を荒げて怒ってしまった、と頭の片隅で後悔する。
それに対し、同レベル怒鳴り声で言葉が倍の量返ってきて、思わず天井を見上げる。
平日の19時近く、早く夕食を作って食べさせてしまいたいのに、今日もまた思った通りにいかない。なぜだ。
 
4歳4ヶ月になったわが子とは、毎日のように小競り合いを繰り広げている。
YouTubeを観すぎだからもうやめなさい、とか、使ったものは片づけなさい、とか、ちょっとした小言から反抗的なセリフが返ってくることはこれまでもよくあった。
しかし、この数日、私はわが子について、一つ気づいたことがあった。
「嘘をつくようになった」ということだ。
 
と言っても、「嘘」にもいろいろあると思う。
 
現実ではないことを、さも実際に体験したかのように言う「ファンタジーな嘘」は、以前からよく口にしていた。
例えば、「きのうバスでえんそくに行って、おべんとうもっていったんだ。おともだちがおべんとうわすれちゃったから、わたしのおにぎりをいっこあげたんだよ。わたしはおにぎりを2こもってたからね」といったもの。(もちろん、前日遠足には行ってないし、そもそも保育園にお弁当を持たせたこともない)
それは現実と想像の境目があいまいな子どもだからこそ出てくる、イマジネーションにあふれたかわいらしいものとして受け取っていて、むしろほほえましく思っていた。
 
でも、最近出てきた嘘は違う。
この場合の「嘘」は、正確には「怒られないために自分を守る嘘」とか、「自分の落ち度をごまかすための嘘」だ。
 
嘘をつくようになったきっかけは、「トイレの後、ハンドソープで手を洗ったかどうか」の問答だ。
トイレから洗面所へ行ったな、と言うことは、キッチンにいても、物音でわかる。洗面台で水を出していることもわかる。その、水音のする時間が異常に短い。
「これは面倒くさくて洗ってないな……」と思ったので、つい、「泡で洗ってないでしょ?!」と怒り口調で言ってしまった。
それに対して、「洗った」と言い張るようになったのが、事の発端。
嘘をつくとき、ものすごく動揺して怒鳴ってくるので、嘘だということもバレバレだ。
 
同じ内容での押し問答を数日続け、いい加減疲れていたある日、どうしたらいいのか考えているとき、ふと思った。
 
こういった自分のためにつく嘘は、実はとても高度なコミュニケーションなのではないか。
 
相手がどう言うかを先読みし、それが自分にとって不利なものになりそうだったら、事実とは別のことを言ってその場をやり過ごそうとする。見通す力と、自分の行動を判断する力がないと、この嘘はつけない。
 
日常のルーティンをこなすことに気を取られすぎて、それを阻むイレギュラーな事件として、ついその場しのぎで叱って終わらせてしまったけれど、そのときわが子は、実は大きな成長の1ステップをのぼったところだったのではないだろうか。
 
そう思うと、このわが子の変化は、喜ぶべきことだ。
首が座ったとき、一人で歩けたとき、言葉が出てきたとき。私たちは、今までこの子が見せてくれたいろいろな成長を喜び、ありがたく思ってきた。
「嘘をつくようになったこと」も、今までできなかったことができるようになった、という意味では立派な成長だ。嘘はよくない、という大人の価値基準で、悪い変化としてしまうべきではない。
 
そもそも、「嘘はよくない」という価値観自体もずいぶん表層的だ。
どんな人間も、多かれ少なかれ、大小さまざまな嘘をついて生きている。正直に生きることはいいことだということは否定できないけれど、嘘をつかない大人はいないし、必要な嘘もいくらでもある。
それなら、子どもに伝えるべきことは、「絶対に嘘をつくな」ではなく、「意味のない嘘はやめた方がいい」ということ、「嘘をつくにしてもうまくつきあおう」ことなんじゃないか。
また気持ちは変わるかもしれないけれど、少なくとも今の私はそう思っている。
 
 
次の日、またトイレに行ったあと、水で適当に手を流しただけのまま、リビングに帰ってきたわが子。
こちらが聞かないうちから、先手を打って「手洗ったよ!」と言うので、確かめてみた。
「泡できれいに洗ったのかな?」
「洗ったよ! いいにおいだよ!」
バレバレの怒鳴り声ではなく、普段の声で帰ってくる。
嘘のつき方が高度になっている……。
改めて成長を目の当たりにし、驚きとこの先どれだけ嘘をつかれるのだろうか、と、未来の苦労を思ってめまいがしそうだったが、家事の手を止め、子どもを隣に座らせ、なるべく穏やかに、「話したいことが3つある」と前置きして、こんな話をした。
 
1.きみと、家族や友だちが元気に過ごすために、泡できれいに手を洗ってほしい。
 
2.嘘をつくと、きみ自身も、お父さんお母さんも、残念とか、悲しいとか、ちょっと嫌な気持ちになるので、あまりしてほしくない。
 
3.もし嘘をついてしまって、自分でちょっと悲しい気持ちになってしまったら、いつでもいいからお母さんに言ってほしい。
 
この話をした意図としては、手洗いで不毛なやり取りをしたくない、ということがひとつ。
それから、これから成長していく中で、数えきれないくらい嘘をついていくだろうわが子が、一番嘘をつくだろう練習相手として、必要な信頼関係を作っておきたい、ということだ。
嘘つき初心者がうまく嘘に乗りこなすことを教えるべく、教官になったつもりになって、嘘を真っ向から否定するのではなく、まずはデメリットを軽く伝えて、そのデメリットを感じたら、いつでもリセットできるように、3.を提案した。
あまりにも嘘が悪いことであると脅しすぎると、嘘をつくことは避けられない以上、罪悪感で苦しみすぎたり、それを打ち明けられなくなったりする方がよくないと感じたからだ。
もし苦しいなら、まずは親である私に安心して伝えてほしい、という意味での信頼関係を作りたかった。
 
この話をしたら、そのすぐ後に、ちょっと言いにくそうに、「さっき、あわで手あらったってうそついちゃった……」と教えてくれた。
「やっぱり嘘なんじゃないか!」とツッコミたい気持ちを、ぐっっっと抑えて、「教えてくれてありがとう」と伝える。
 
その日から、素直に手を洗うようになったし、嘘をつくということも落ち着いたように感じる。
今のところは、こんな感じで、初心者の嘘につきあって行こうと思う。
 
 
ところで、私自身は、今までに何回嘘をついてきたのだろう。
嘘で失敗したこともたくさんあるし、罪悪感で苦しくなったこともある。
 
これからも、数えきれないくらい、ちょっとした嘘を重ねていくだろう。それこそわが子に対しても、「小銭がなくてガチャガチャできない」とか、「早く寝ないと、もうそこまでお化けが来てるよ」とか、つい誤魔化すための嘘をつきがちだ。
初心者のわが子を導く教官として、自分自身の嘘についても、きちんと向き合わねばと思う。
 
 
 
 
***
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2024-04-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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