メディアグランプリ

素敵なお姉さん、注入


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記事:大場 安希子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
いま、私は中村紘子さんにハマっている。
中村紘子さんは日本の音楽界に多大な影響を与えた世界的なピアニストだ。
私の世代だと、90年代くらいまでよくテレビで流れていたハウス食品のカレーのコマーシャルでピアノを弾いている人、と言えば分かるかもしれない。
2016年に72歳で亡くなられた。亡くなるにはまだお若く、本当に本当に惜しい方を失った。
 
中村紘子さんのことは、私は小さな頃から存じ上げており、私の出身地である秋田市でリサイタルをされたときに母が連れて行ってくれた。
小学1年生だった私は、夜の音楽会まで体力が持たず途中で寝てしまったが、当時大好きだったショパンの「子犬のワルツ」が始まった瞬間にぱちりと目が覚めて聞き入ったことを覚えている。
このコンサートの物販で母は彼女のショパンのピアノ曲集のカセットテープを買い、車ではしばらくそのテープがかかっていたから、私にはショパン=中村紘子として刷り込まれていった。
 
最近ハマったのは、ある時YouTubeに彼女のレッスン動画がサジェストされて、それを観たことがきっかけだ。
80年代前半にNHKで放送していた「ピアノとともに」という教育番組で、30代後半の中村紘子さんが講師をされており、中学生から大学生の生徒さんに教えている連続ものだ。
1曲をストーリーとして見立てた時の解釈、そのイマジネーションを表すための指の使い方や角度、それを伝える日本語の上品さ、生徒の弾き方を指摘する際の言葉選びなど、どこを取っても素晴らしく素敵なのだ。
だから私はこの動画を、「憧れのお姉さんの立ち居振る舞いと言葉をもっともっと浴びたい!」という気持ちで見ている。
この素敵なお姉さんから「あなたはワタクシの申し上げたことをすぐに音に反映できていて、大変感心しちゃったのね」なんて言われたあの生徒さん、どんなに嬉しかったことだろう。
私なら収録後にひとり廊下で小躍りする。
 
私がハマる人にはある一定の傾向がある。
芯があり、独自の美意識を持った年上の女性が大好きなのだ。
ある時期は、向田邦子さんにどハマりした。
直木賞作家でありテレビドラマの脚本化でもあった彼女の文章は、人に対する鋭い観察力や、物に対する独特の美学を感じる描写が多い。
ファッションや食器など美しさへのこだわりも強く、ご本人のお写真を見てもシックなお洋服とたたずまいがとても淡麗だ。
ミーハーで流されやすい私と対極にある、自分にしかない確たる審美眼をお持ちの向田さんは、私にとってお手本にしたい憧れのお姉さんなのだ。
『向田邦子 おしゃれの流儀』という彼女のファッションに特化した本まで出ているから、彼女の美意識には、私だけでなくたくさんの人が憧れを抱いていたのだろう。
文章だけ読むと、今も40~50代のまま生きていそうに感じるが、時々戦後間もないころのお話が出てきたりすると、「そうか、生きていたらもう90代なのだ」とハッとさせられる。
でもそれくらい、考え方に古さがなく、今に通じるものがあるのだ。
本を読み、展覧会へ足を運び、お話しされる肉声を聞き、一時私は向田邦子を浴びた。
 
小説家の西加奈子さんも素敵なお姉さんだ。
子どもの頃ってこう思っていたよなぁという感覚を、この人は大人になった今も持っていて、ピュアに表現しているように思う。そこが好き。
テレビの対談番組で、動く西加奈子さんを初めて見て、憧れは増大した。
意外に高い声で、柔らかな関西弁でお話しされる姿がとても可愛らしく、飾らない笑顔がとってもチャーミングだった。
その後、NHKの「SWITCHインタビュー 達人たち」に椎名林檎さんとの対談で出演された際は、放送開始後10分ほどで地震が起きて番組が中断するという事態が起きた。
楽しみで録画もしていたのに中断したことがショックで、私は人生で初めてNHKに「もう一度放送してください」とメールで嘆願した。
3か月後にNHKから返信が届き、無事に観られた再放送は、感動もひとしおだった。
西加奈子さんのご自宅にもカメラが入っており、これまた私が理想とするような素敵なお部屋で、エスニックな小物やご自身が描かれた色鮮やかな絵が並ぶセンスの良さに、憧れは増すばかりだった。
 
こうして、憧れのお姉さん達は時期をおいて私に影響を与えていく。
どの方々も、内面の機知と美しさが表面に漏れ出している。
だから、「自分の中に美しいものを注入したい」と欲する時期が来ると、しばらく浴びて自分の脳にインストールしていく。
アラフォーになった今の私は、外見の若さや肌艶はなかなか向上させられないが、脳みそはまだまだレベルアップさせられる。しなければならない!
 
中村紘子さんは、ピアニストながら著書も多く、文章が大変面白い。
著書を読むと、彼女が接してきた師匠や音楽仲間に対する観察眼が鋭く、正直で、時に辛辣だ。
それは彼女の芯のある考え方に照らし合わせた時の合致や違和感が明確に表現されるからだと思うし、そこが面白さになっている。
中村紘子さんは、NHKの人間講座という番組で「国際コンクールの光と影」というタイトルでコンクールの解説などもされており、ご自身が方々で審査員をされているからこその様々なエピソードを織り交ぜたお話が、リアリティがありとても機知に富んでいる。
私もこんなふうに話せる人になりたいし、こんなふうに年を重ねていきたい。
私の人生の目標として、やはり素敵なお姉さん達の存在は必要不可欠だ。
 
さて、私の中の中村紘子ブームはもうしばらく続きそうだ。
今夜も寝る前に彼女の素敵な語り口を浴びよう。
上品な夢が見られそうだし、明日の私がちょっとだけ素敵なお姉さんに近づける気がする。
 
 
 
 
***
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2024-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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