メディアグランプリ

結んで開いて、踵を床に


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
 
 
「あれ、思ったより背ちっちゃいんだね」
そう言われて、思わずドキッとした。
でも、それも一瞬のことで、すぐに皮肉で取り繕う。
「態度でかいから、普段は大きく見えるのかも」
いつぶりに会うかも思い出せない友人は、『なんだそれ』と呆れ顔のまま授業へ向かう。
取り残された私は、なんとなく最後まで友人の背中を見送った。
そして、友人が2号館へと姿を消したとき、私は目線を足下に落としたのだ。
「まあ、そらそうだろうよ」
今日の天気は、晴れ。
1年ぶりに、洗ったばかりの白いサンダルを履いてきたのだ。
ぺったんこの、白いビーチサンダル。
いつも履いてるヒールの黒いローファーは、暑苦しくて止めた。
「でも、なんか変だ」
なんだか足下から崩れてしまいそうな、そんな感じ。
ぺたんこサンダルのバランスは抜群なはずなのに、何故か私はアンバランスだった。
 
昔から、背の高い人に憧れていた。
それは、テレビで見かけるモデルだったり、街ですれ違う女の人だったり。
でも、特別憧れていたのは『ルパン三世』の峰不二子だった。
「不二子ちゃ〜ん」
スタイル抜群、おまけに顔も良くて、ずる賢い。
こんな完璧な女、世の中に2人も居たら世界がぶっ壊れてしまう。
楊貴妃もビックリな、世界の傾き方をするだろう。
そんな不二子ちゃんの一番目を惹く部分は、なんとっても脚だった。
足下を彩る、真っ赤なハイヒール。
「いつかアレをはける女になりたい!」
この頃から、“高いヒールを履く女はイイ女”という先入観が埋め込まれていったのだ。
しかし、方や世をとどろかす美女、方や地味女の私である。
「どう頑張ってもこの差は埋められない」
それに薄々気がついていたのもまた事実だった。
それでも諦めきれず、密かにヒールの靴を狙っていた。
「いつか、絶対履いてやる」
そんな私の野望は、微妙な形で叶えられることとなった。
 
「背筋を伸ばして、まっすぐ歩いて」
就職活動中、初めて行ったマナー指導は、歩くところから始まった。
短大の入学式以来履いていなかった黒のパンプスは、随分踵が高く感じた。
それを面接官に悟らせずに歩くことは、苦難の技だったといえる。
マナー指導前の私の合い言葉は『抜き足、差し足、扉は3回ノック』。
効果はてきめん!
「2社落ちました」
マナー指導を担当している先生に、私は正直に答えた。
先生は「ちょっと来るのが遅かったね」と苦笑い。
そして、こう言ったのだ。
「まず、歩く練習から始めようか」
「歩く練習からですか」
てっきり入室のマナーからかと思っていた練習は、日常生活で欠かせない『歩く』という行為から始まったのである。
 
「背筋を伸ばして、まっすぐ歩いて」
言われるがまま、学生課の前の廊下を歩く。少し恥ずかしいけどやるしかない。
もちろん心で、あの言葉を唱えながら。
『抜き足、差し足』
「はい、ストップ」
思わず先生の方を振り返る。先生の顔に浮かんでいたのは、またもや苦笑いだった。
何が悪かったんだろう。
歩き方から注意されるなんて、私の就職活動は既にどん底なのでは。
ただでさえ2社落ちていて、身の丈に合わないヒールが痛い私は、何をやらかしたかとビクビクしていた。
「小林さん、ヒールは鳴らして良いんだよ」
思いも寄らない言葉に、思わずポカンとする。
しかし、そんな私のことなど気にせずに先生は続けたのだ。
「だって、ヒールを鳴らした方がかっこいいでしょ」
……おじさんである。大変失礼だが、私よりも1周りも2周りも年上のおじさんが言ったのである。
先生の足下は茶色い革靴。場違いだけど、随分大切に履いているんだなと思った。
そんな人が『ヒールの音はかっこいい』と言ったのだ。
……正直、「ふざけるな」とも思った。
ストッキング越しでも分かる靴擦れの痛みなんか知らないだろう。
ふくらはぎがつりそうになるのを、知らないだろう。
「あんたにこの気持ちが分かるもんか」
それでも、このセリフが飛び出てこなかったのは、私が妙に納得してしまったからだ。
「確かに、そうですね」
思い出すのは、赤いハイヒール。
私が憧れた“イイ女”は、いつだって華麗にヒールを響かせて登場していた。
そして奇遇にも、私が履いているのは黒いローヒールのパンプス。
「これを乗り越えなきゃ、“イイ女”にはなれないな」
とりあえず、今度こそ華麗に登場するべく、先生の居るスタート地点へ一歩踏み出したのだ。
 
そして、背伸びする必要は無くなった。
「あれ、就活もう終わったの?」
今日はなぜだかよく会う友人に、私はここ最近で一番明るいトップニュースを伝えた。
友人は軽く笑って「おめでとう」と言って、妙に納得した顔でうなずいた。
「ああ、そっか。ヒールじゃ無いからちっちゃいのか」
「そうそう、ほんとはしおらしガールだから」
そう、本当は自信もくそも無い地味な女だ。
だから、就活が終わった今、もう自分を立派に見せようと背伸びをする必要は無いのだ。
「もう靴擦れの心配もない」
でも、それでも何かが物足りないのは、きっとぺたんこのサンダルを履いているからだ。
“イイ女”を演じて臨んだ面接の、気持ちよさを知ってしまったからだ。
「やっぱり、また靴擦れしちゃうかも」
だけど、それでいい。
一度あげてしまった踵を床に付けるのは、今日のこの一瞬だけ許して貰おう。
だって、不二子ちゃんはぺたんこのサンダルなんて履かないだろう!
「明日はヒールだな」
“イイ女”は、踵を床につかないのだから。
***

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2018-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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