頂上に到達して初めて見えてくる景色
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:福田 冠司(ライティング・ゼミ日曜コース)
数年前のことです。システムエンジニアである私は、とあるお客様の職場に常駐していました。そこでは私を含めた数名のチームで日々の業務をこなしていました。
同じチームの中に、休みのたびに山登りに出かけているメンバーがいました。金曜日に仕事が終わると、一度帰宅しあらかじめ用意していた装備一式を持って出かけ、土日を使って日本各地の山々に登っていくのだとか。土日だけで収まらないときは有休を取得して出かけてましたし、長期休暇も複数の山々を縦走するのに充てていました。
また、彼の登山話はとても面白く、彼が経験したことはもちろん、土地ごとの地理的・歴史的背景やグルメなどの周辺知識にも長けていました。そのため、チーム内だけでなく、客先の担当者からも一目置かれるほどでした。
そんな彼が、当初目標としていた日本百名山すべて登頂したとのこと。さぞかし喜んでいるのかと思い職場で声をかけてみると、思いのほか元気がありません。体調が悪いのかとも思いましたが、そうではないようでした。
後日、彼の日本百名山登頂を祝した飲み会を開催しました。チームメンバー始め、客先の担当者や登山好きなども集まった飲み会は大変盛り上がりました。しかし、締めの挨拶で主役である彼から出た言葉は、我々が想像していたものとは大きく異なりました。
「日本の主な山々はすべて登頂しました。しかし、達成感より先に虚しさを感じました……」
と泣きながら言うのです。その涙はとても嬉し涙には見えません。我々は慌ててその場をお開きにしました。そして帰り際、チームメンバー内で、なんで彼はあんなことを言ったのだろうと疑問が残りました。そして私も、彼の言っていたことを当時は理解できませんでした。
今年になって、私はとあるオフ会(と称した飲み会)に参加しました。国内外のゲームセンターを巡るのが好きなメンバーで集まって、情報交換をするためです。ゲームセンターにあるゲームも進化を遂げていて、ゲームによってはネットワーク回線を通じてプレイヤーのプレイの記録が残せるようになりました。また、プレイの記録のみならず、いつどこのゲームセンターを訪問したかの記録も併せて残せるようになりました。さらに、日本のゲームがアジア圏にも輸出され、ネットワーク回線で繋げられるようになり、海外でのプレイ記録なども残せるようになり、わざわざ海外に足を運んでプレイする「強者」まで現れました。オフ会にはこういった強者も複数名いらっしゃるので、大変楽しみにしていました。
オフ会の参加者は10人ぐらいでした。ひとしきり自己紹介が終わると、さっそく内容の濃い話題が繰り広げられます。どう見ても外観がピザ屋にしか見えない店舗の話、47都道府県すべて巡るのに必要な日数と予算の話、都内から台湾への日帰りは可能かどうかという話など、普段まず話に挙がってこないようなことばかりでしたが、どれも興味深い内容で、思わず前のめりになって聞いていました。
オフ会が盛り上がってきたとき、ある参加者からこんな話が出てきました。「国内外のゲーセン全部回ったヤツがいたじゃん? そいつが全部回ったときに、『新規の店舗ができない限り、店舗数のカウントは増えないんだよね……。そう思うと急に虚しくなっちゃった』ってツイートしてて。それ見てオレ、『はぁ?』ってなって」
その話を聞いて、みんなキョトンとしてしまいました。何を言っているのか訳がわからないといった困惑の表情が表れていたことは、私でもわかりました。
そのとき、一人だけ「わかるー!」と強く頷く参加者がいました。しかし、私を含め他の参加者はさっぱりわかりません。そのうち話を続けて、次のたとえ話を始めました。
「例えば登山でさ、一歩登るとその分高いところに行くじゃん。また一歩登ると、さらに高いところに行けるじゃん。そうやって一歩一歩高いところに歩を進めるのって、辛いけど楽しいわけよ。だけど、いつかそのうち頂上に到着するでしょ。頂上に着いたら、その山ではそれ以上高いところに行けないわけよ。そう思った瞬間、虚しくなるわけ。わかる?」
この例え話を聞いて、参加者一同ようやく納得したのです。ああそうだったのかと。そして私も、そのツイートの真意が分かったと同時に、登山好きの彼の発言をふと思い出したのです。単に頂上に登るだけではなく、日本全国の山々を巡った結果、これ以上登頂しても新しく制覇できる山が無くなってしまったとわかった途端、達成感より先に虚しさが出てきてしまったのだと。ようやく、彼の発言の真意が分かったのです。
そういえば登山好きの彼は、私が客先を離れてから間もなく転職し、今も引き続き山登りを楽しんでいるようです。鉄道好きの私が客先を離れる前に、宮脇俊三先生の著書の中にあった内容をもとに、こう伝えたことがありました。「日本には四季があり、それぞれの季節で違う景色を見せてくれる。だから、季節を変えて再訪してごらん」と。
つい最近、登山好きの彼から連絡がありました。「あなたの言うとおりでした。これからも山登りを楽しめそうです!」と。そして、いつの間にか見つけた奥さんと一緒に山登りを楽しむ画像を見て、私は安心したのです。
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