メディアグランプリ

クリーム色のクワガタが私に教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:望月祥子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「望月さん、私ね。あの子を残してあっちに行っちゃうのが本当に辛いの」
彼女は真夜中の3時に泣きそうな声を必死に隠しながらそう言った。
 
私が看護師2年目の頃、Aさんという女性が入院してきた。胃がんの終末期と診断され手術や抗がん剤治療もすることができなかった。
Aさんは30代半ば。5歳になる息子さんは私と同じニックネームでショウちゃんと呼ばれていた。ショウちゃんは一人っ子で、それも私と同じだった。
面会に来てはすぐに「ママー!」とAさんに抱きついて膝の上に乗る。そして塗り絵をしたり折り紙をしたりして遊んでいた。男の子だからか、ヒーロー戦隊の塗り絵や大好きな青色や黒色の折り紙で飛行機や手裏剣を折っていた。
「ママ、早く良くなってお家でいっぱい遊ぼうね」
そう言ってショウちゃんはママの似顔絵を描いていた。Aさんはどんな時だってニコニコ笑っていて穏やかだった。病室のそっけない白い壁には、ショウちゃんが描いた絵が飾ってあった。
Aさんは少しずつ思うように動かなくなる身体と向き合いながら、それでも弱音を吐くことはなかった。
優しくて強くて可愛いママ。それがAさんの印象だった。
 
病状が少しずつ悪化していく中で、医師はAさん夫妻に予後のことなどの病状説明をした。私はその病状説明に同席していて、泣き叫んだりすることなく最後まで淡々と聞いていたAさんが印象的だったと同時に少し気がかりだった。
医師の話を聞きながらAさんの手が震えていたからだ。ご主人は医師の話を聞くのに精一杯で、Aさんの手が震えていることに気がついていない様子だった。
 
病状説明の翌日私は夜勤でAさんを担当していた。ショウちゃんは面会時間までAさんと過ごして、私にもバイバイと手を振って帰っていった。いつもならその日ショウちゃんが折った折り紙や描いた絵が病室の壁に飾られている。今日はそれがないことが気になった。
夜勤の巡回中にAさんが病室にいなかった。
「あれ? どこに行ったんだろう」
そう思ったら、Aさんはナースステーションの近くにあるソファに座りながら窓を見ていた。
私は隣に座りがながら「眠れないですか?」
と声をかけたらAさんは泣き出しそうだった。
「私は息子に何がしてあげられるかな? 毎日笑って話すのが精一杯。望月さん、私ね。あの子を残しあっちに行っちゃうのが本当に辛いの」
そうやって私がAさんと話した時間は真夜中の3時。初めて不安な気持ちを見せてくれたのに、私はAさんの手を握って隣にいることしかできなかった。
 
それから私たち看護師はAさんやショウちゃん、そしてご家族にどんな看護をしていくかカンファレンスをする日々が続いた。
小さい子は、両親や大切な家族を亡くしたときに
「亡くなったのは自分のせいだ。自分があの時悪いことをしたからだ」
そうやって責めることがある。
そういったことがないように、私たちはAさんたち家族が穏やかに過ごせる時間をつくっていった。
ショウちゃんは相変わらずAさんの膝の上に乗って折り紙や塗り絵をしている。
今日はAさんからクワガタの折り方を教えてもらっているらしい。
「できたよー!」
と黒や茶色で折ったクワガタを見せてくれた。
 
少しずつAさんが起きていられる時間や会話をする時間が短くなっていった。ショウちゃんは不思議そうな顔をしながらも「ママ」と話しかけてAさんの側にいた。
 
そしてお別れの日がやってきた。
看取ったとき、ショウちゃんは
「ママー!」
と病棟の廊下にまで響く大きな声を出した。
私はショウちゃんと一緒に亡くなったAさんにお化粧をした。私は彼にこんなことを話した。
「ねえ、ショウちゃん。またママの話がしたくなったり寂しくなったりしたらまたいつでもこの病棟に来てね。ここにいる人たちは皆ママのことが大好きで、ずっとママのことを覚えているよ」
 
Aさんが亡くなってから数ヶ月後、ショウちゃんはパパと一緒に病棟にやってきた。保育園ではサッカーをして遊んでいると教えてくれた。
元気そうにしているけれど、やっぱり寂しいだろうな。そう思っていたら
「はい、これあげるね」
そう言ってショウちゃんが私にプレゼントしてくれたものがある。あれ? と不思議に思った。だってショウちゃんが好きな色や格好いいって思う色は黒や青のはずなのに。
「ねえ、ショウちゃん。何でこの色で折ったの?」
ショウちゃんが私にくれたのはクリーム色の折り紙で折られたクワガタだった。「ママに一番似合う色!」
そうやって教えてくれた。
 
最近電車の中で夢中で折り紙の本を読んでいる子がいた。あの時のショウちゃんと同じ年くらいの子だった。
私がショウちゃんからクリーム色のクワガタをプレゼントしてもらってから10年が経った。今でも大事に手帳に挟んで持ち歩いている。
仕事に嫌なことがあった時や落ち込んだ時、私はそのクワガタを眺める。
「ああ、こんなことで落ち込んでられないな」
そうやって自分自身を元気づける。
 
クリーム色のクワガタにはもう1つのサプライズがあった。
Aさんが私たち看護師に内緒でショウちゃんに教えていたらしい。そこには
「かんごしさんへ」
と覚えたての文字が並んでいた。
 
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2019-01-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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