恵まれているはずの現代人が幸せになれない理由
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:OLおかめ(ライティング・ゼミ火曜コース)
「目標を設定しないやつって、基本的に馬鹿だよな。人生単位でも、それは言えてると思う」
同僚のA男が、吐き捨てるようにそう言った。会社から徒歩数分の位置にある眺めのいいバーで、夜景なんて目に入っていない様子の彼は、ここに来てから何杯目かの高いウイスキーを、味わうこともなく飲み干した。すかさず、空気を読んだバーテンダーさんが年代物のウイスキーをグラスに注ぐ。
どうやら、A男は最近同じ部署に異動してきた一年下の後輩くんが気に入らないらしい。A男曰く、その後輩くんは「行き当たりばったり」のタイプで、目標から逆算して計画を立てるということをせず、お客様のためにとがむしゃらに突っ走ってしまいがちなのだそうだ。
それでもその後輩くんは一定の成果を出しており、社内的には認められている。そして、何より後輩くんは毎日笑顔で幸せそうだった。そんな人当たりがよく、いつも目の前のことに一生懸命な後輩くんは先輩後輩問わず可愛がられ、ランチの時間は各部署から引っ張りだこの人気者である。A男がそれを口にすることはないが、そのあたりも彼が後輩くんを気に入らない理由なのではないだろうか、と私は推測していた。
「おまえは将来のビジョンとかって、あるの?」
私はその問いに、すぐに答えることはできなかった。どちらかというと、私も後輩くんと同じようなタイプなのかもしれない。A男はそんな私を可哀そうなやつだと言わんばかりの目で一瞥して、ウイスキーを一気に喉に流し込んだ。
「ゴールが決まっていないと、目的地にはたどり着けないだろ。何となく歩いていて、気付いたら富士山に登っていたなんてことはあり得ないんだから」
それはその通りだ、と私は静かに頷いた。
A男は常に合理的で仕事熱心なタイプだ。長期的な目標を定めて、そこから短期的な目標に落とし込み、ゴールから逆算して最適なプランを策定することで、成果を出してきた。彼は自分自身が立てた計画を、その通りに着実に進めていく。さらに、彼は仕事における無駄な時間を極限まで減らし、ほぼすべての時間を目標達成のために捧げていた。同僚とのランチや先輩との雑談などは無駄だと切り捨て、その時間も仕事に当てていた。
「目標達成のためには、逆算思考が重要だ。ゴールを定めてそこから逆算することで、最短距離で目標を達成することができるからな。無駄な努力をしなくて済む」
だかこそ、戦略的なA男と真逆で「たまたま」大きな成果を上げて同じ部署に異動してきた後輩くんが目障りなのだろう。日々を精一杯に生きる後輩くんはアリとキリギリスでいうならキリギリス、A男はさしずめアリだろう。
「だから、おまえも充実した人生を歩むために目標は持った方がいいと思うぞ」
彼は残りのウイスキーを空にして、勢いよくテーブルに叩き付けた。それを見たマスターは、年代物のウイスキーではなく、安価なボトルを彼のグラスに傾けた。
「人生100年時代って言われているだろ? AIに仕事が代替されるとか、そんな話だってある。代替されない力を身に付けなきゃいけない。それに、俺らの世代は年金もあてにはできない。それなら、将来に備えて今のうちにたくさん働いておくべきだ」
若いうちに仕事に打ち込むことが自分自身への投資であり、長期的に見て充実した人生を送るために必要なことだと彼は言う。
「ああいうやつは、後で痛い目を見るんだ」
後輩くんは仕事もそうだが、プライベートでも先を見通した目標設定をしないらしい。長期休暇には両親と海外旅行に行ったり、週末は彼女と出かけたり友達とパーティーをしたりと、貯金もそれほどしていないらしく、彼はそれも気に食わないらしかった。
「俺は、休みの日も無駄にしない。なぜなら、明確な目標があるからだ」
彼の明確な目標とは、5年後には課長に上り詰め、10年後には部長、そして15年後に取締役、20年後には社長になるというものだった。彼はウイスキーを煽り、鼻で笑った。
「もちろん、もっと早くその目標を達成できたなら、目標はどんどん高くしていくつもりさ。目標は、常に今より高く設定しないとな。俺が社長になったら、うちの会社を世界規模で大きくするんだ。20年後、目の前のお客様を大事にしたいとか綺麗ごとを並べるあいつと、目標を常にアップデートしていく俺との差は、今よりもっと大きく開いているだろうな」
彼は残りのウイスキーを素早く飲み下し、グラスを傾けてマスターにおかわりをねだった。さっきマスターが注いだウイスキーが、最初飲んでいたウイスキーと違う安物の酒だと、彼は気付いていないに違いない。それはもちろん酔いが回っているせいもあるかもしれないが、おそらく彼は入店したときよりもビルの電気が消え、美しかった夜景がその輝きを落としていることにも気付いていないだろう。
私は、彼の愚痴が始まってから初めて口を開いた。
「でも、今のあなたはあまり幸せそうじゃないわね。目標が達成されるまで、あなたは幸せじゃないってことかしら。それって、つまり……」
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