メディアグランプリ

ネギを腐らせる妻、ネギを食べない夫


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記事:西元 はる香(ライティング・ゼミ土曜コース)
 
 
「冷蔵庫に入ってるネギ、いいかげん捨ててくれんかな」
ゴミの持ち出し日である金曜日、私に向かって夫がそう言った。差し出されたタッパからは、ネギ独特の臭いがぷぅんと漂っている。それは10日ほど前、私が特売で買ってきたものだった。1袋39円、3袋買うと98円という底値の小ネギたちだ。主婦としてこれを買わないわけにはいかなかった。
タッパを覗き込むと、小口切りにされたネギたちが水分を含んでぐちょぐちょになっている。はぁ、勿体ないけど捨てるか。そう思ってビニル袋にネギを移していると、隣にいる夫の口から、続きの言葉が飛び出てきた。
「安いのは分かるけど、食べないんなら買わんければいいやん」
はい?
その瞬間、私の中のイライラ度数は一気に沸点に達した。このネギは、ネギが好きな夫のために買ってきたものだ。炒め物の上に乗せたりおにぎりに混ぜたりすると、夫は喜んでこれを食べる。いつでも食べられるように小口切りにしてタッパに詰めていたというのに、食べなかったのはそっちの方じゃないか。
「もういい! 知らん! 捨てるけん」
私はそう返して、ゴミ袋にネギ入りのビニル袋を捨てた。憤慨したままゴミ袋を抱え、それを捨てに行く。お前がゴミ出せよ!と言わんばかりに、重いです感を醸し出しながら。
 
ゴミ出しから帰り、イライラMAXのままTwitterを開く。次男の出産を機に作ったママアカウントだ。するとタイムラインは、妻たちによる夫の愚痴オンパレードだった。
『今日もワンオペで疲れた~! 旦那は役に立たないよ~!』
『買い物行く間だけ子ども見ててって言ったら本当に見てるだけ! 余計仕事増えたし』
『女だけが家事育児してるよね』
そういった文章たちが、Twitterのタイムラインを埋めている。読んでいるだけで鬱々とした気分になってきて、私はTwitterの画面を趣味のオタク用アカウントに切り替えた。ネギなんてマシな方かもしれない。
そう思いつつも、彼女たちのツイートに共感してしまう自分もいる。 Twitterの愚痴オンパレードを見る気分にはなれないのに、彼女たちと同じことを考えているのだ。
『安いのは分かるけど、食べないんなら買わんければいいやん』
先ほどの言葉が頭の中に出現して、私はまたイライラとモヤモヤに包まれる。そうだよ、ネギを食べなかったのはあなたの方じゃないか。せっかく手間をかけたのに。こうなるなら、冷凍保存しておけば良かった。でも、冷凍保存していても結局使わないから捨てるよね。大体毎日家事で忙しいのに、食材の管理を完璧にできるわけがない。みんな絶対腐らせてる! この前も友人が、「今日いいかげんほうれん草使わないと~!」って言っていたし。
「あ~もう! イライラしてきた~!」
もう何度目か分からないモヤモヤとイライラを抱えて、その夜は眠りについたのだった。
 
ネギ事件の翌日、私は小児科の待合室にいた。長女と次男の予防接種に訪れたのだ。昨年新しく建て替わったばかりの小児科はキレイで、子どもたちが遊ぶキッズスペースが備え付けられている。予防接種の人だけの待合室もあり、そこにもおもちゃやテレビが置かれていた。
「お兄ちゃんが赤ちゃんのときは、こんな設備なかったなぁ」
長男が赤ちゃんの頃、予防接種の続く時期が真冬だったため、私は小児科でインフルエンザをもらって帰った。その頃は予防接種の部屋が置かれていなかったからだ。そして小さな長男を連れ、自分のインフルエンザの受診に訪れたのだが、退屈した長男がグズりはじめて大変だった思い出がある。
病院はこんなに進化してるのに、女はワンオペ育児ワンオペ家事だよね。男も進化すればいいのに。
そんなことを考えながら、待合室にあった雑誌を手に取った。目次に目をやると、『家事を分担するかどうか』といった趣旨の特集が組まれている。
分担なんかできるわけないじゃん。こういう雑誌の特集って、結構ムリでしょってこと書いてるんだよね。社宅で家賃一万円の家のやり繰り術とか、育メン夫が定時退社だとか。
予防接種までの暇つぶしだと思って、その特集のページをめくる。すると、そこに書いてあったのは『夫たちによる言い訳』だった。
これまで聞いたことのない、男たちの意見。Twitterのママアカウントではもちろんママたちとしか繋がっていないし、主婦友達と集まれば家事育児の愚痴が出てくる。女の意見しか知らない私にとって、男たちの意見は新鮮なものだった。
『男は言われたことしか分からない。察して! とか思われても察せないから、こうしてほしいとか言ってほしい』
そういった言葉が書いてあり、私は昨日のネギ事件が頭をよぎった。男と女では脳の造りが異なるらしく、根本的なものの見方が違うらしい。私は、「このネギ食べてね」と言っただろうか? たぶん、言っていない。「自分で好きなときにかけて食べてね」と言っておけば、ネギが腐ることはなかったのかもしれない。
なんだか、自分側からでしか物事を見ていなかったなぁ。私がネギを腐らせたのに理由があったように、夫にもネギを食べなかった理由がある。Twitterで見かけた愚痴たちだってきっとそう。ネギを食べない理由があるのだ。
「予防接種、次ですよ~」
「あ、ハイ!」
予防接種が終わったら、ネギを買って帰ろう。今度は腐らせないように、きざんだ後にひと言を添えて。そんなことを考えた、土曜の昼下がりだった。
 
 
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2019-04-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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