メディアグランプリ

マット一枚分の居場所を探して


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:藤原 幸生(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
「あぁ,俺も終わったな」
 
文字がかすみはじめるのは,突然だ。先輩達の会話を思い出す。まったくの他人ゴトとして聞き流していた。
 
長期休暇に学生の頃の友人が集まる話題が,老眼鏡や病気の話にシフトしてゆく。40を越えてから自分の体や脳力の変化にうろたえはじめ,気力や体力,記憶力の劣化にどうつきあって行けば良いのか?
 
僕の40代を振り返ると,体重が80Kgオーバーから65kgまで大きく揺れ動いた。
 
まるで,霧につつまれた海の中にひとり,古いボードにしがみついて右往左往していた様だ。突然の大波に打ちのめされ,はい上がってはのみ込まれ,海の底にたたきつけられた。まったく波に乗れず,自己イメージと現実とが,大幅にずれていた。
 
もし,誰かに,弱音を吐いたり,人に助けを求めたりすることができたら,もっと楽だったろう。問題が解決しなくても,自分のことを分かろうとしてもらえるのが,ありがたい。一人じゃないと思えるだけで,次にまた頑張ろうと力がわいてくる。
 
しかし,「男は泣いちゃダメだ」という思い込みの強い僕には,無理だった。腹を割って何でも語りあえる親友なんて,いない。アルコールで理性を溶かして馬鹿騒ぎしては,翌朝,深いため息をつくばかりだった。
 
そんな自己破壊的40男も,ヨガだけは一貫して続けた。マットの上では,心地よく呼吸することができた。
 
体が硬い40男にとっては,ホットヨガが良かった。
室温と湿度の高い環境で柔軟性を高めることは,けがを防ぐ上でも大切である。なにより,少しの運動量で滝のようにかく汗が,気持ちいい。
 
スタジオ探しは難航した。
少数派の男性でも気兼ねなく,少しでも居心地がいいところにしたかった。シャワーや更衣室にまで配慮が行き届いているところを探した。男性専用というのは,なんだかかえって抵抗があった。そうなると,選択肢は大手に限られる。全国展開しているスタジオは多店舗利用ができるので,ライフスタイルにあわせて,平日は仕事場の近く,週末は自宅の近くと,使い分けできるのは便利だった。
 
個人経営の独立系では,そういかない。大抵スペースは狭く,「更衣室は? 」と聞いて,トイレを指さされると,疎まれているような空気を感じた。些細なことでも,余計な障害を取り払っておいた方が新しい習慣は身につきやすい。そう思ったのだけれど,今振り返ると,なんだか,必要以上にこだわって自分の居場所を探していたようだ。
 
何でもすぐに飽きてしまう僕が,ヨガだけは続いた。
 
仕事をしていると,常に他人の評価を気にしなければならないが,ヨガは自分に集中するものなので,基本,他人のことを気にしなくて良い。いわば「他人モード」から解放されて,「自分モード」に入ることができる。
 
ごくまれに,マットの位置を変えて露骨に距離を開けられ,疎外感に打ちひしがれそうになるが,気にしない。その場にいるほかの多くのひとが分かっていてくれていることなので,心配しなくていい。
 
そして,同じ場所に集まった人が,同じ方向を向いてアサナ(ポーズ)に集中している時に,自分がそのコミュニティ全体の一部に溶け込んでいる感じがしてくる。
 
これら「自分モード」「相互信頼」「一体感」が,ヨガを続けてこられた理由だろう。
 
2018年5月4日,ヨガをはじめて8年が経った時に,さらに違う場所を探した。早朝から練習のあるアシュタンガヨガをはじめたのだ。
 
アシュタンガヨガは,ヨガの中でも,パワーヨガの原型となったもので,運動量が多い。
 
アシュタンガヨガは,「動く瞑想」とも呼ばれる。瞑想というと,座ってじっと動かないことをイメージされがちではあるが,瞑想(導入部分)にはたくさんのバリエーションがあり,普段,デスクワークの多い人には,むしろ,体を動かす方が瞑想状態に入りやすい。
 
アシュタンガヨガは,マイソールスタイルという朝の自主練形式で行われる。朝日を浴びて,反復運動を繰り返すと,ストレス耐性を促すホルモン,セロトニンの分泌が活性化される。孤立した仕事場に向かう前に最適だと思った。
 
そして,今日,1年が経った。振り返って数えてみると186回。二日に一回のペースで通っていたことになる。
 
個人経営の独立系スタジオで,シャワールームも多店舗利用もないが,そんなことは全く関係なかったのだ。夏場,汗を滝のようにかいた後に,シャワーも浴びずにオフィスに出社するなんて,どうすればいいんだろう? なんて悩んでいたことも忘れてしまった。
 
通う頻度が高くなったことで,マットの上での整った呼吸が,マットの外でも持続する。外の世界で大きな波が押し寄せても,心の中の湖面は穏やかに平静を保っている。
 
ヨガは,朝一番にやると,その日一日を心穏やかでありながら,体にエネルギーを感じていられる。朝日を浴びること,反復運動を繰り返すこと,瞑想すること,これらが体に与える好影響を自らの体で確かめることができた。
 
同じ時間で,同じ場所で行う。脳はルーティンを好み,努力しなくても自動モードが働く。習慣化するには,最初に苦労をともなうが,それも,週に4回,8週間続けると定着する。これらも脳科学的に証明されていることだが,Yes,その通りだ。
 
アシュタンガヨガは運動力が多く,中・上級者向けと表記されることもあるが,マイソールスタイルという自主練形式では,それぞれのレベルに応じたアサナ(ポーズ)が与えられる。だから,むしろ,通常行われる講師主導型のレッスンよりも,初心者用にカスタマイズされやすい。
 
旅にたとえると,はじめは,周到に準備の整ったパッケージツアー型の大手チェーンを選んでいたのだけれど,バックパッカーとして自らの足で歩き始め,マット一枚分の居場所を探し続けた。その結果,ついに見つけたのがアシュタンガヨガ,マイソールスタイルだった。
 
おかげで,僕は,70kgという理想体重を1年間キープし続けることができている。
 
しかし,問題がある。
月謝を値上げしたにもかかわらず,練習生が増える一方だ。そして,4月から,スペースが拡張されたにもかかわらず,すでに,一杯だ。
 
マット一枚分の居場所がありがたい。
 
 
 
 
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2019-05-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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