メディアグランプリ

上等の娘


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記事:前野祐恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「写生の絵が入選したよ」
「あら! 上等」
「テスト、90点だったよ!」
「まぁ! 上等」
 
「上等」母は大抵この2文字で褒めた。
 
『上等』とは。出来栄えが優れていて良いこと。優秀なこと。らしいのだが、私はこの2文字で褒められてもうれしくはなかった。なぜなら、落書きの絵を見せても「はい、上等」テストが60点だったとしても「まぁ、上等」 頑張っても頑張らなくても、母から返ってくる言葉は『上等』だったから。
『上等』は『最高』ではない。『まぁまぁ』『まずまず』だね、といった感じのニュアンスが含まれる。どちらにしても最上級ではないのだ。
 
子供の時から、容姿、運動能力、学力、芸術的、日常動作にいたるまで、多くのことが人より劣っていることを自覚していた私は、なんでもいいから『最高』といわれる才能はないものかといつも考えていた気がする。
中学生になり高校生になるころには、他の子達に少しずつ追いつき、そんなにコンプレックスを感じなくなったが『最高』の才能は見つからず、『上等』という不本意な褒め言葉のまま大人になった。母の口癖なのだ。そんなに真剣に考えることではない、とは分かっているのに、『上等』を聞くたびに落胆する自分がいる。
それは大人になっても変わることなく、料理を作れば「美味しい。上等やね」母の日にプレゼントを贈れば「わぁ、上等。ありがとね」 挙句の果てに、結婚式の日、私の花嫁姿を見た母の言葉が「上等、上等」だったのだ。実際『まぁまぁ』『まずまず』であったとしてもそこは親の欲目でというか、娘の花嫁姿を目の前にしたら、もっと言い方あるんじゃないの?と、ツッコミそうになった。
そういえば、母は元々慎ましい人だった。人前に出て意見を述べたり、目立つようなことは決してせず控え目で謙虚だった。だから自分の子供を大げさに褒めたたえることは美学に反すると思っていた節がある。
 
さすがに嫁いでからは、『上等』を聞くことは少なくなった。娘が生まれ、息子が生まれ、私も母になった。その2文字の記憶を思い出さないくらい、育児に家事に忙殺された。
 
母が55歳の時に入院することになった。肺がんだった。ステージⅢで手術はしたが、すべてを取り除けなかった。しばらくは体調も回復し家で過ごすこともできたが、数年後に骨や脳にも転移が見つかり放射線と抗がん剤で治療するため入退院を繰り返すことになる。
還暦の春、ついに余命が宣告された。もって2か月……病院の敷地内は桜が満開だった。
脳に転移しているからか、きつい薬の副作用なのか、意味が分からないことを話したり、ぼんやりしていることも多くなった。でも、どうしても最後の春に、桜を見せてあげたかった。
「お天気も良いし、お花見行かへん?」
私の問いにうなずいた母を車いすに乗せ、病院内の桜並木を歩いた。真っ青の空に満開の淡いピンクが映えて、それはそれは、美しかった。あぁ、連れてきてよかった。最後に一緒に見られてよかった。
私が「きれい。最高やね」と言うと
母が「きれい…さいこう」と真似をした。似合わないよ。そこは『上等』って言うんちゃうの、と記憶の彼方から2文字が蘇る。
 
最後の花見から1か月経ち、母の命が消えゆく日が迫っていた。お見舞いに来てくれる人も誰なのかわからないようだった。私達子供さえ、はっきりと認識できていたかどうか。
意識があったりなかったりする母の傍らに座っていた時、眠っていると思っていた母が、私をじっと見つめていた。
「何?」びっくりして母を見返した。「て……て……」と手のひらを差し出す。「手?」本当に手のことを言っているのかわからなかったけど、母の手のひらに私の手のひらを重ねた。母と手を繋いだことなど子供の時以来だ。懐かしいような恥ずかしいような。
私はそのころ悩みを抱えていて誰にも言えずにいた。手のひらから何もかも見透かされているようで、思わず重ねた手を引っ込めて目を伏せた。いや、こんな状態で気づくはずはない。ゆっくり顔を上げると、母はまだ私を見つめ続けていた。
そして、穏やかに微笑んでつぶやいた。
「うん……上等」
最後の母との会話だった。何が『上等』だったのだろう。今の私には褒めてもらえることなど何もない。
 
それから17年経ち、当時10歳だった娘が結婚することになった。
娘の花嫁姿を目の前にした私は「わぁ~……」と言ったきり、言葉が出なかった。「最高にきれいだよ」とか「世界一かわいい」とか、そんな薄っぺらなことは言いたくなかった。ただただ、皆から祝福され、賛美され、愛する人と微笑みあう娘が幸せそうで、うれしくて誇らしかった。
私の娘にしては、上出来だ。
 
あぁ、そうか……母もきっとそう思ってくれたのだ。私がテストで90点取った時も、料理を作った時も、結婚式の日も、そして最後の会話の時も……
 
私の娘にしては上出来だ。上等の娘だ。
 
 
 
 
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2019-05-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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