生きることは供養
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記事:井垣友里(ライティングゼミ・日曜コース)
「神様は存在しないの?」
春の匂いが日常に混ざり始めていた。本来なら多くの人がその迎える新しい季節の前触れに心躍りくすぶり始める3月の始め、突然母が朝方目を覚まさずに他界した。私は小学校6年生で10歳だった。
第一発見者は隣で寝ていた私だ。いつもなら台所に音が響いている時間に違和感を抱いて駆けつけてきた父親が、顔の色を変えて人が変わったように思いつく限りの救命処置を始める。電話帳を探し、早朝にも関わらず近所の先生に電話をかけている。その非日常の光景に、行動から結びつくイメージにただならぬ空気を感じて、私の心には恐怖が広がり始めていた。
離れた部屋で待機させられる。何が起こっているのか分からない、信じられない……といったのが正直な思いで、慌てる父親、先生が死因を検証している時間、私はただじっと離れた部屋で自身の溢れる疑問に逃げ場のない体を部屋に縫い付けながら耐えていた。
死因は脳梗塞、不整脈により大きな血の血栓が生じて脳で破裂したとのことだった。時間なんて来てほしくなかった、大丈夫だよって言ってほしかった。それは届かない願いだった。
私の心には1つの考えが支配していた。
「私がもっと早く気づいていたら、母は助かったかもしれない……。」
それからの私は1人心を閉ざすようになった。ただ、家族には心配をかけまいと、当時小学校1年生の妹と必死に家庭を支えようと頑張る父親を支えることだけが私の生きる理由だった。いわゆる「良い子」、次第に私の心は疲れておかしくなっていく。心だけが、自分で墜ちていくのが分かる、抵抗するすべが思いつかなかった。きっと傍から見ても分かるほど鬱になりかけていたのだろう、それを察して学校で出会う人たちがとてもよく心を気遣って助けてくれた。その優しさが心に響いて私は何度心の涙を流すことができただろうか。親に対して、もうちょっとしっかりしてよ! なんて思ってしまうところはちょっと所か結構思ってキツく当たってしまうことはあるけれど、私の勝手なわがままだって受け入れてここまで育ててくれた親にはやはり本当に感謝しかない。色んな縁が私を生かせてくれたことを私はささやかながらも人生で感じることができた。
それからの私は、人に恩を返すことで自身の生きる理由を与えて過ごしてきたように思う。それだけが私を生きていると実感させてくれる。仕事もきちんとし、親祖母の面倒も私なりに気にかけて人生の選択をしてきた。積極的に地域のコミュニティ活動にも参加し、私のような子が少しでも救われるように思って懸命に精を出す毎日を送っていた。
「私は生きている!」
明日死んでも悔いはないなんて大げさにほとばしる感情。けれども一方で、どうしても虚しさが時折顔御出す。私はその違和感を消せずにいた。どうしてこんなに頑張っているのに、感謝されて喜んでもらっているのに……、充実した気持ちになるのは初めだけで私の心は苦しく窮屈になってしまうのか。別に不幸ではない、けど、義務感が私を支配しているのが分かる。
「幸せな気持ちって何だろう……?」
幸せを思い起こした時、私はある感覚を思い出すことができた。それは、春も過ぎ温かくなってきた季節、ほっぺや袖のない服からあらわになった腕にあたるシーツのきめ細やかな優しい肌触りに、窓から吹く少し涼しげな風がその肌を爽やかに撫でてくれる、無心に広がる気持ちよさに浸れる瞬間だ。そういえば、そういう時間を私は忘れていたように思う。夕暮れの風に流れる雲や色染まる鮮やかな夕日の美しさに心預ける瞬間。そんなささやかな時間が私には持てていなかったのだ。子どもの頃はただ地球の美しい姿を見て感じていたいと願っていた私がいた。とても大切で尊い感情。その感情を思い出した時、空が見えるカフェに行きたいと心から思った。それまで、家で飲む方が効率的なんて考えていた私からすると、心境の変化だ。自転車で駆け出すちょっと自分のためにおしゃれをした私、出先でであった景色に私はほっと安らぎを覚える。
美しい……。
「生きているって、幸せだな……」
ただ、こうして生きていることが幸せだとそう自身の中でぽつり感情がこぼれた時、私の心を支配していた鎖が消えていくような感覚を覚えた。そう、誰かの中に証明される私の人生という側面ではない、私という「命」に幸せを自身が感じた時、私は何だか本当の親孝行ができたような気がした。
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