メディアグランプリ

ディープブルーに魅せられて。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:不破 肇(6月開講 ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
「5、4、3、2、1」
涸沢カールの夜空が宇宙になった。
ディープブルーの空に天の川が現れた。
 
14年前、山と溪谷社が主催する涸沢フェスティバルという山のイベントでの出来事だった。涸沢カールは、上高地から7時間ほど登った標高2,300mの場所にある日本最大規模のカールで、標高3,000m級の山々が壁となってそびえている。登山者はここをベースキャンプとしてテントを張り、荷物を軽くして前穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、そして槍ヶ岳などを目指していく所謂登山者の聖地なのである。
イベントは、涸沢小屋と涸沢ヒュッテの2つの施設の灯りをカウントダウンに合わせて消して、星空をみんなで見るという目的のアトラクションだった。この時から、深い青の宇宙に取り憑かれた。
 
6月12日夕方、次の日の予定がキャンセルになった。ぽっかりと1日空いたスケジュール帳を見て、撮影に行くことを決めた。行き先の長野県安曇野の上高地の天気予報を調べると雨。
「ダメ元で行ってみよう」
その日も仕事を早めに切り上げ、荷物を用意して車を走らせた。
上高地には、自家用車は沢渡(さわんど)の駐車場において、シャトルバスに乗って入山する。自宅のある横浜を午前0時に出発して、沢渡駐車場には午前3時に着いた。車の外に出ると、空気が体に染み込んできた。この山の空気が大好きだ。車で仮眠を取り、シャトルバスの始発に乗り込む。
上高地から、平坦な道をひたすら3時間歩く。登山をする友人は、この道を嫌いだと言う人が多い。でも私は、梓川から穂高岳を見ながら歩くこのコースがなぜか好きだ。
さて、目的地の徳沢キャンプ場に着いた。ずっと小雨が降っている。
今回は1泊2日、チャンスは今夜しかない。
テントの中で雨音を聞きながら、仮眠に入る。
20時になってテントを叩く雨音が止んだ。
6月中旬とはいえ、この日の夜はテントの中でシェラフに入っていても震えてしまうほどの冷え込みだ。
ヘッドライトをつけて、完全防寒をしてテントから這い出る。
眩しいほどの月明かりが、辺りを照らしていた。
月明かりが強いと星空は撮影が難しい。月が沈むのを待つしかない。
月は上弦。月の右側が光っている状態で、この時は12時にのぼり、24時にしずむ。「天気が持てばひょっとすると月明かりの無い状態の星空が現れるかもしれない」と思い、テントに戻りシェラフに包まる。
そして待つこと約3時間、24時少し前に芋虫のようにテントから這い出ると見たこともないような天の川が現れた。
 
私は星空の撮影では、キャノン広角ズームレンズ16-35mmを使う。
カメラを三脚にしっかり固定する。星の撮影ではピントを肉眼では合わせられないので、オートフォーカス機能を使わない。レンズの距離目安の窓を見て、ほぼ無限大にフォーカスリングを合わせる。ISOは2500、シャッタースピードは30秒以内。30秒を超えると、画面の星が動いてボケたようになってしまうからだ。
それと星空撮影で大切なのは、星がどんな動きをするかを知ること。そのために私は携帯を空にかざすと、どの方角にどんな星が見えるかが分かるstarwalkというアプリを使っている。これは私の必須アイテムになっているが、都会でもどこでも使えるので持っていて損のないアプリだからおすすめだ。
さて、いよいよ撮影を開始する。
13年前見たあのディープブルーの星空が写った。
 
今回の写真をSNSにアップをしたところ、沢山の人から「いいね」がもらえた。それは13年前の感動を多くの人に伝えたくて、山を登り、星を追いかけてきた目標でもあったので、達成出来て嬉しく思った。
一方で、
 
「これで終わり?」
 
「目標が達成されたのだから、もうあんな重い荷物を担いで、めちゃくちゃしんどい思いをして山になんか登らなくてもいいではないか。」
 
そんなことを自問自答した。
 
そして気がついた。
14年前、ディープブルーに魅せられたあの時から、美しい星空を撮ることよりも、星空を撮りにいくという行為そのものが好きになっていたのだと。
重い荷物を持って歩く、テントを張る、寒い中でシェラフに包まって寝る、自炊して一人でビールを飲みながら飯を食べる。そんな時間を過ごしていくことで、心の歪みが取り除かれいく。そして、心身が自然に溶け込んでいく感覚に惹かれているのだ。
 
美しい写真を撮ることが出来ればラッキー。撮れなくてもOK。
私にとって星空撮影は、本当の自分を取り戻せる大切な儀式なのだから。
 
 
 
 
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2019-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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