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週刊READING LIFE vol.92

風になれ!《週刊READING LIFE Vol,92 もっと、遠くへ》


記事:篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
音楽は国境を越える
 
昔から良く聞く言葉だ。
 
例えば、、ビートルズやローリングストーンズ、ボン・ジョヴィ、エアロスミス、マイケル・ジャクソンなどなど日本を席巻した海外のアーティストは多い。
 
しかしながら、その逆はほぼいないに等しい。
 
だからといって海外進出をした日本人アーティストが皆無だったわけではない。
 
矢沢永吉、松田聖子、BOOWY、宇多田ヒカルなど海外でアルバムを発売して世界各国でライブをした経験がある。
 
しかし結果は見るも無惨として言えなかった。現在ロンドンに拠点を構えて生活をしながら音楽活動をしている布袋寅泰もかつて海外進出に失敗したアーティストの一人。
 
1980年代後半に大ブームを起こして東京ドームの解散ライブでは電話線をパンクさせるほどの人気を誇ったBOOWYのギタリストは、他のメンバーに海外進出をしたいからと話していた。
 
解散から半年した1988年10月。布袋はソロプロジェクト開始の合図としてアルバムをリリースした。全編英語の歌詞で当時に人気だったコンピュータを駆使したサイバーミュージックは明らかに海外を意識した仕上がりだった。
 
「いつかデヴィッド・ボウイの横でギターを弾きたい」
 
その夢を叶える第一歩として華々しい道のりを歩くはずだった。だが、初のソロアルバムは国内では初登場1位を獲得するもイギリスでは僅か4日で発売中止と誰がどう見ても失敗に終わった。
 
布袋はこの時、「いくら海外進出だと言っても待っていてくれたのは日本のファンだった。だからCOMPLEX(吉川晃司と組んだユニット)を結成した」
 
こう後に語っている。そのイギリスで誰もが知っているのは故・坂本九の「SUKIYAKI」こと「上を向いて歩こう」だ。今から50年前にイギリスでケニー・ボールによるインスト(ディキシーランド・ジャズ・アレンジ)曲としてリリースされた曲は、全英チャートで10位にランクイン。アメリカではヒットしなかったが偶然に坂本本人の歌唱によるシングルを入手したカリフォルニア州フレズノのDJが紹介したところ、問合せが殺到。それを受けて63年5月3日に全米リリースされた。
 
すると、5月11日付けHot100で79位に登場後、コンスタントに順位を上げ、79位→45位→20位→10位→2位→1位→1位→1位→2位→6位→8位→14位→18位→37位と、8月10日付けまで、実に3か月間14週に亘ってHot100にチャートインし続けた。これにより同年イヤーエンド・チャートでも13位を獲得。最終的にはBillboard1位にまで上り詰めて「音楽は国境を越える」ことを証明して見せた。
 
もう一つイギリスの一部でお馴染みとなっている日本の歌がある。
 
それは中村あゆみの「風になれ」という曲だ。中村あゆみは1984年にデビューした女性シンガーで今でも現役の歌手として精力的に活動している。若い人は知らないと思うが「翼の折れたエンジェル」という曲でスマッシュヒットを飛ばし、女性シンガーの走りのような人だ。
 
しかし、彼女は海外進出などしたことはない。ずっと日本国内限定で活動をしてきた。
 
それなのにどうしてイギリスで彼女の歌が知られているのか?
 
それには理由がある。
 
答えは一人のプロレスラーのことを話さなくてならない。そのレスラーとは鈴木みのるである。
 
鈴木は、今年でレスラー生活32年を迎える大ベテランながら現在も最前線で戦っている。若い頃からとんがっていて、今でも「世界一性格の悪い男」と異名を付けられるほどあちこちの団体で喧嘩を売ってはリングを荒らし回っている。
 
その鈴木が中村あゆみの「風になれ」を入場テーマにしているのだ。この歌はタイアップも、歌番組でも、オリコンにも取り上げられていない。中村が鈴木のために作った曲なのである。
 
鈴木は中学生になった頃にプロレスラーになると決めて、レスリングの強豪校・横浜高校へと入学。そこで腕を磨いて新日本プロレスの門を叩いた。当時の夢が
 
「有名なプロレスラーになること」
「プロレスラーになるだけでなく、自分の入場テーマ曲を中村あゆみに書いて歌ってもらうんだ!」
 
この二つだった。実は鈴木は17歳のときに発売されたばかりの中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」を深夜放送のAMラジオで聞き、一発で好きになり、その翌日に横浜のレコード店で、曲名がわからないので自分で「もしオレがヒーローだったら〜♪」とレジで熱唱し(笑)、レコードを買い求めてから中村あゆみのファンなのである。
 
鈴木の夢を周りの人は「何を言っているんだ」と笑い飛ばしたが、叶えてしまったわけだ。
 
最初の出会いはハウンド・ドッグのベーシストだった鮫島秀樹が共通の知り合いである中村あゆみをプロレス会場に連れてきてくれたことから始まる。その時は一緒にツーショット写真を撮影するだけで何も言い出せなかったが、理想の団体を作った時に「後悔したくない」という想いから自分の持っているありとあらゆる人脈を使い、自分の夢を人づてにお願いしたという。そしてある日、一本の電話がかかってきた。
 
「みのるくんのテーマソングの件、中村あゆみさんがOKだって!」
 
それから何度も打ち合わせを重ねて1995年5月、中村あゆみが見にきてくれた大会で鈴木みのるはチャンピオンとなった。曲もお互いにチャンピオンのイメージを語り尽くし、ほぼ完成した頃に鈴木の元へ一本の電話が鳴った。電話の相手は中村あゆみ。中村は自分の半生と心境と本当の嘘偽りのない本当の気持ちを語り尽くした後、
 
「…なんか…想像してたのと違うね…みのるくん自体も…私の歌も……ヨシッ!…作り直すよ!だって…本物の鈴木みのるの歌にしたいモン!」
 
と曲の作り直しを宣言。そして生まれたのが「風になれ」だった。1995年11月にインディーズレーベルで発売された曲は25年間鈴木みのると共に歩んで来た。
 
鈴木が首のヘルニアによる不調で引退を考えたときも
 
自ら作った格闘技団体を捨ててプロレスに復帰したときも
 
日本のプロレスを生み出した力道山が作ったベルトを獲得したときも
 
仲間と一緒にメジャー団体に乗り込んでペットボトルを投げられたときも
 
常に入場テーマでかかっていたのは「風になれ」だった。そう、鈴木と「風になれ」は切っても切れない関係になっていたのだ。
 
その鈴木は、海外でも人気が高い。海外でプロレスといえば世界最大のプロレス団体・WWEが思い浮かぶ。何せ世界100カ国以上に放映されているWWEネットワークを駆使して国境を越えた団体だ。アメリカ国内でライバル団体としのぎを削り合い勝利を収めて、プロレス団体として初めてニューヨーク証券市場に株式上場するほどの規模になった。アメリカ国内はもちろん世界中に大勢のファンを抱えており、年間売上は約800億円を誇り、新日本プロレスの10倍と相手にならないほどの規模。日本でも毎年両国国技館と大阪府立体育館で大会を開催しており、日本人レスラーの多数所属している。
 
しかし、世界にはWWE以外にもプロレス団体があり、コアなプロレスファンが集っている。その中では日本のプロレス団体が人気で新日本プロレスに所属しているオカダカズチカや内藤哲也、石井智宏などが知られている。しかし、鈴木は彼ら以上に人気を呼んでおり、しばしば大会にも出場しているのだ。
 
イギリスのプロレス団体・RPWやアメリカ団体・ROHに参戦し、そこでも異様な人気を誇っていた鈴木が一緒に連れて行ったのが「風になれ」である。
 
いつもと変わらない入場テーマを流し、日本と変わらず恐ろしい表情を浮かべて入場し、楽しそうに相手を殴り、悪態をつく。そこにコアなプロレスファンが熱狂をして「日本と同じだ!」と喜んでいるのだ。
 
団体に所属していないフリーのプロレスラーだからこそできる気軽さで海外を飛び回り現地で試合を続けてくると一つの儀式のようなものが生まれてくる。
 
そう、日本で試合をするのと同じようなことが起きてしまうのだ。
 
それは鈴木が入場するときのこと。いつものように「風になれ」を流し。顔が見えないように頭に長いバスタオルを被せて入場した鈴木へファンが声援を送る。
 
鈴木はいつもサビの部分が流れてからリングインをするのだが、ファンは歌に合わせて「風になれ!」と大合唱をする。日本ではお馴染みの光景が海外でも行われたのだ。
 
2018年2月、オーストラリアのメルボルンでも、2019年4月、ニューヨークのマジソンスクエアガーデンでも、同年8月イギリス・ロンドンのザ・カッパー ボックスでタイトルマッチが行われたときも、
 
リングアナウンサーが鈴木みのるの名前をコールすると中村あゆみの歌声が流れてくる。日本語なんて知らないファンが曲に合わせて大声で「風になれ」を歌い、戦闘態勢を取る鈴木みのるを出迎える。
 
サビの部分と同時にリングに入ると会場から一番大きな歌声が聞こえてくる。
 
「風になれ」のサビは、今や万国共通の合唱フレーズになっているのだ。鈴木はこの風景をリング上で見たとき「プロレスも俺ももっと遠くへいける」と確信をしたそうだ。
 
「だってそうだろ? 日本語も知らない連中が日本語で風になれを合唱するんだぜ。言葉なんて関係ないよ」
 
そう語る鈴木みのるはニヤリと笑った。そう、もっと遠くへいくために、もっと強くなるために今日も練習をする。そして、いつもと同じように「風になれ」を携えてリングへと向かう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって都内に仕事で通うほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーライターとして日々を過ごす。

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2020-08-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.92

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