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週刊READING LIFE vol,110

主婦に転職しました。《週刊READING LIFE vol.110「転職」》


2021/01/11/公開
記事:中川文香(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
昨年の夏、主婦に転職しました。
ちょっと昔風に言えば “永久就職” したのです。
 
大学卒業後に一般企業に入社してその後何度か転職しながらも、体調を崩して休んだ一か月を除いて、いつもサラリーパーソンとして働いてきました。
平日の朝起きて会社に行き、一日仕事をして夜帰る。
そんな生活が当たり前、自分でお金を稼ぐことが当たり前なのだと、特に深く考えるでもなく思っていました。
「たとえ結婚したとしても、仕事は続けたい」
そう思っていたはずの自分が、まさか専業主婦になるなんて思ってもみませんでした。

 

 

 

私の父親は地方公務員で、母親は専業主婦でした。
母は、結婚して私を生むときに、仕事を辞めて専業主婦になると決めたそうです。
「共働きになると自分の母親に負担をかけるかもしれない、立て続けに家族の看病をして看取ったばかりの母に負担をかけたくない」と思って、専業主婦になることにしたそうです。
当時はバブル景気に差し掛かり、仕事に就く女性が増えてきた頃でした。
ご近所には私の母以外に専業主婦は数人しかいなかったようで、肩身の狭い思いをしたのではないかと思います。
祖母は「あんたのお母さんは働かなくていいんだから幸せだ」と口癖のように言いますが、当の本人である母もそう思っているのかは疑問です。
それはあくまで祖母の固定概念で、何が幸せかなんて本人にしか分かりませんから。
 
学校から帰るといつも家にはお母さんがいて、食卓には手作りのご飯が並んでいました。
それは、私にとってはとても幸せな経験だったと思います。
 
父は「家事は女がやるものだ」の考え方の人で、料理はしないし、洗濯物もたたまないし、お茶も母が淹れます。
「働いて無いんだから、家事は全てやって当然だ」
という感覚でいるのだろうと思います。
今60代半ばの父の世代では一般的な考え方なのかもしれません。
確かに、家族が十分暮らしていけるだけの稼ぎがあったことは素晴らしいことだと思うし、父も家族を養うために色々と我慢をしてきたこともあったでしょう。
“母がお金を稼いでいない” ということに関して、父はいつもどこか口調が上からだったように思いますし、母もまた、自分にお金を使うことに対して後ろめたさのようなものを感じているように見えました。
そんな話がされていたわけではなく、あくまで私の感覚ですが。
だから、私は「結婚しても自分でお金を稼ぐ。自分でお金を稼がないことによって下に見られるのはごめんだ」と強く思っていました。
そんな私が、まさか専業主婦になる日が来るなんて、夢にも思いませんでした。

 

 

 

きっかけは簡単です。
当時お付き合いしていた彼氏の、転勤が決まりました。
「結婚しよう」という話になりました。
転勤は県外への引っ越しを伴うので、当時勤めていた会社は辞めざるをえませんでした。
退職・入籍の手続き・引っ越し……色々済ませて、ハローワークに通って仕事を探しもしました。
けれど、ふと考えました。
 
このまま転職活動をして仕事を探しても良い。
でも、今30代半ばに差し掛かっている私は、子供を生んで育ててみたいと思っている。
年齢を考えるとちょっと急いだ方が良い。
そうしたら、転職してすぐ妊娠、なんて話になったら転職先にもちょっと迷惑だよな。
旦那さんは、転勤の可能性もある仕事をしている。
転勤になってついていくために、自分が仕事を辞めなければならないリスクもある。
そう思うと、勤務地固定の定職に就くことにはあまり積極的になれませんでした。
 
「今はリモートワークが拡大してきているし、在宅でも出来る仕事をちょっとずつ増やして行けばよい。今のところは夫婦だけで子供もペットもいないし、贅沢しなければ二人で暮らしていける」
 
そう思って、これまでの私の中での当たり前だった “企業に正社員として就職” という固定概念がぱらぱらと崩れていきました。

 

 

 

そうして主婦に転職したわけですが、今度は周りからの目が気になります。
親戚や友人から「仕事は何をしているの?」と聞かれるたびに、「なんで子供もいないのに働いて無いの?」と責められているような気分になりました。
もちろん、面と向かってそんなことを言う人はいません。
ただ、私がそう言われているように感じただけです。
そう感じた理由は、周りの人が “仕事をしている前提” で聞いてくるからです。
 
そうだよね、今の時代、結婚しても働き続けるのが当たり前だよね。
子供が生まれても産休・育休を取って数年後に職場復帰するのが当たり前だよね。
ましてや、子供がまだいないのであれば、外に働きに出るのが当然の流れだよね。
 
こんな気持ちに絡めとられました。
 
旦那さんは言いました。
「仕事をするかどうかは、好きにしていい」
子供がいないのなら働くのが当然、と言わない人もいるんだな、と思いました。
また、私の固定概念がぱらぱらと崩れていきました。
 
旦那さんは、残業の多い仕事をしています。
生活リズムも不規則で、控えめに言うとおなかがムチッとした、いわゆるわがままボディの持ち主です。
「運動するために」と引っ越しの際、わざと駅から少し歩く場所に家を借りました。
 
半年経って、今では私が駅まで毎日送迎しています。
引っ越したての初夏、
「夏は暑くて、朝から汗かいて駅まで行って満員電車に乗るの嫌だし」
と旦那さんが言いました。
 
なるほど。
確かに私も同じ立場だったらそう思うかもしれません。
 
季節が移り、秋になりました。
ちょうど旦那さんの仕事が忙しい時期に差し掛かり、深夜の帰宅も多かったため、やはり送迎しました。
 
冬になると、
「こんな寒い中、駅まで自転車こいでいくのやだなぁ……」
と言い出しました。
 
……ダイエットはどうした?
そう思いました。
何のために駅徒歩のある家を借りたんだ。
自分で「大丈夫、ちゃんと歩く」って言っただろ。
 
毎日、ダイエットはいつ始まるのだろう? と思いながら送迎しています。
先日、生命保険の加入を検討した際に代理店の方から、「健康体料率特約という保険料の割引が利くぎりぎりのBMIかもしれません……」と言われたばかりなのにです。
でも、旦那さんの仕事は相変わらず忙しいし、私は外に仕事しに出てないし、まあいいか、ということにしています。
旦那さんの仕事のサポートや健康に過ごせるようにすることも、主婦である私の仕事ですから。
 
ただ、私も全く仕事をしていない、というわけではありません。
少しずつですが、在宅で出来る仕事をしています。
もちろん、主婦業もやらなければなりません。
掃除、洗濯、料理といった日常的に行うものから、家計の管理、保険等の手続きや生活する上で出てくる各種サービスの手続きといった雑事、そういった大小さまざま、名のある家事も、名もなき家事もこなさなければなりません。
あいにく、私は料理があまり得意でないうえに好きではないので、毎日の献立を考えたりご飯を作ったりするのに結構な時間がかかってしまいます。
数字も得意ではないので、家計管理も「今月いくら使ったっけ?」というのが分からなくなり、何度も確認したりします。
 
これに “仕事(通勤を伴う)” や “子育て” というタスクが加わったらいったいどうなるんでしょう?
世の中のワーママはいったいどうやって生きているのですか?
なにか、時間を倍にする魔法でも使えるのでしょうか?
そんなわけありません。
きっとそれぞれ自分なりの効率化の魔法を、主婦業をする上で身に付けているのです。
世の中の主婦の皆様に尊敬の念が芽生えました。
 
一人暮らしをしていた私は、これまでも一通りの家事は自分でしてきました。
ただ、人が一人増えただけなのに。
なんでこんなに家事を負担に感じるようになるのだろう?
それは、 “すべてを自分のペースで行うことが出来ない” ためだと最近になって気付きました。
一人暮らしだったら、好きな時にごはんを作って好きな時に洗濯して好きな時に寝て起きることが出来ます。
それが、家族が出来るとそうはいかなくなるのです。
私のお腹がすいてなくても旦那さんのお腹はすいているかもしれないし、私が眠くても旦那さんは起きてごそごそ何かやっていたりします。
相手を全く無視して自分だけのペースで生きてしまうと、「じゃあなんで結婚したの?」という話になってしまいますので、やっぱり多少は相手に合わせることが必要です。
家族が増えるということは、こんなにも無意識の自分のペースを乱されるものなのか、とまたもや固定概念がぱらぱらと崩れていきました。
 
先日ネットで、 “リモートワークが増えた昨今、妻が夫にイライラする理由” というのを書いた記事を読みました。
書いてある内容は「ほう、確かに」と思うことばかりだったのですが、とりわけ、 “旦那さんは家事にお手伝い感覚を持っていて、自分主体でやることと思っていない” というフレーズに激しく同意しました。
というのも、全く同じ理由で私も旦那さんに怒ったことがあったからでした。
 
「ちょっとした言葉のあやで」とか「そんな揚げ足ばっかりとらないでよ」という旦那様方が世の中には多いかもしれません。
でも、これは重要な問題です。
“手伝う” ということは “メインでするのは君だから、自分は出来る限りサポートするよ” というニュアンスが多分に含まれています。
でも、家事って、生活する上で必要なことです。
それって、夫婦二人で解決することじゃないですか?
分担の割合とかの詳細な話はここでは触れませんが、そもそも「家事をするのは妻の役目」と思う気持ちがどこかにあるから、その言葉が出てくるのではないでしょうか?
これまで、 “家事は妻の役目” という過去の考え方に縛られて、家事も子育ても無理をして家庭を支えてきた奥様方はきっとたくさんいると思います。
そして時代が変わり、その子供世代が家庭を持ち、親になってからも、無意識のどこかにその固定概念がくっついているのです。
そして厄介なのは、その固定概念を持っていることを認識しないまま生活しているということです。
だから、コロナウイルスの感染拡大防止の為にリモートワークが加速度的に普及した昨年、旦那様にイラつく奥様方が世の中に増えたのではないでしょうか?
昭和の時代から連綿と受け継がれているこの固定概念が、ぱらぱらと音を立てて剥がれ落ちることを切に願っています。
 
「主婦を時給換算すると、年収いくらになるのか?」
という話題が出てきては消えしていますが、家事は、とりわけ自分の為だけでなく家族の分も含まれる家事は、私が結婚前に予想していた以上に心理的な負担になる、ということが最近になって自分事として分かりました。
年始にも続編の放送があった『逃げるは恥だが役に立つ』は、新垣結衣さんが “家事代行者として住み込みで働くために契約結婚し、周囲にばれないように夫婦らしく過ごす” という大胆な設定のドラマでした。
2016年に放送されたこのドラマの中で、結婚相手は “共同経営責任者” である、という話がありました。
つまり “永久就職” ではなく、結婚して “家庭という会社を二人で立ち上げる” んですね。
 
共同経営者である相手が健康で居心地よく暮らせるようにルールを定め、子供やペットといった家族の構成員が増えれば、その健康管理ももちろん行います。
今後、両親が年老いてくると、介護という問題も出てきます。
両親や義両親は、私と旦那さんという一つの家族のルーツとなる、さながら会長職のようなものでしょうか?
会長の進退についても、会長本人や家庭内で話し合う必要があります。
会社の会計管理もしなければなりません。
家庭内に外貨を稼いでくることも必要ですし、収入として入ってきたお金で家計をまわすことも必要です。
会計管理が上手く回れば、より家庭の居心地も良いものになるでしょう。
もしも外貨が足りなければ、収入を増やす方法を考えたり、コストカットするところを考えたりしなければならなくなります。
この方法は家庭によってさまざまで、必要な金額も違えば、何に幸せを感じるかも異なります。
外貨を増やす・コストカットをするバランスは、家庭ごとに上手いポイントを見つけることが、その後の満足度につながっていくでしょう。
そして、何よりも大切なのは、踏ん張るときは一緒に踏ん張り、楽しむときは一緒に楽しむ、というスタンスではないでしょうか?
家庭を経営していく上で、これから予想もしないような出来事がたくさん起こるはずです。
その時に、一緒に踏ん張れるか。
一緒に楽しめるか。
それが、長期経営につながる鍵ではないでしょうか?
 
そのためには “相手は自分とは違う生き物だ” ということを理解することが大切だと思います。
自分の当たり前が相手にとっても当たり前だと思わないこと。
生きていく上でいつの間にか身についている固定概念というのはたくさんありますからね。
そのことをいつも自分に言い聞かせるのが重要だな、と最近思っています。
人間、忘れる生き物ですから、気付いた時に言い聞かせるのが大事です。
 
この半年という短期間で、私がこれまで生きてきて身にまとっていたたくさんの固定概念がいとも簡単にぱらぱらと崩れ去っていきました。
でも、まだまだ崩れていない固定概念もあります。
お互いの間にそびえたつ、そして社会の中にそびえたつ “固定概念” という壁をなんとか取り払っていきたいと思います。
 
まだまだ設立間もない家庭の、共同経営者になりたての私は、些細なことで旦那さんにイライラしてしまいます。
でも、私だって完璧じゃないし。
でも、私の勝手な思い込みかもしれないし。
まあ、いっか。
そんなおおらかな心でいられるように、日々邁進するのみです。
これからも永く経営して行けるように。
 
しかし、たった半年でこんなにたくさんの鱗が目から落ちるとは。
なんということでしょう。
主婦業、おそるべし。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE編集部公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。

Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。

興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2021-01-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol,110

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