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週刊READING LIFE vol.143

「文章を読まないんです」と言い切るあなたにも読んでもらえる文を書こうか《週刊READING LIFE Vol.143 もしも世界から「文章」がなくなったとしたら》


2021/09/13/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「わたし、本、読まないのよねえ」
 
クラスメートはそう言って、私が持っていた本を一瞥してカラカラと笑った。
 
耳にしてから何十年も経っているというのに、いつまでも忘れられない言葉が人生にはいくつか登場してくる。そのセリフもたぶん、その中の1つだ。
 
中学に入った頃、熱狂的に片岡義男の本が好きになり、片っ端から買い漁って読みふけっていた。毎月書店をチェックして、彼の新刊が文庫本で出ると待ちかねたようにお小遣いの中から買っていた。電車通学だったので、行き帰りの電車内で何度も何度も読み返し、家に帰ってからも何度も読み、日本人の彼が描くアメリカナイズされた世界や、まだ乗ったことのないオートバイの風景を楽しんでいた。
 
その時私は、買ったばかりのその文庫本を学校に持ってきていた。カバンから本を取り出してロッカーの上に乗せていると、隣のロッカーを使っている子が尋ねてきた。
 
「それ、なあに?」
「片岡義男の本だよ」
「へえ、どんなの?」
「割とおしゃれなこと書いてるよ」
 
書店のカバーを取って、私は文庫本の表紙を彼女に見せた。『and I Love Her』と書かれた表紙には、車のワイパーとフロントガラスだけが切り取られた写真があった。
 
「面白いの?」
「うん、面白いよ」
「そうなんだ。……わたし、本、読まないのよねえ」
「……あ、そう」
 
本って、文章って、こんなに面白いのに、何故「読まないんです」って断言できるんだろう。
 
本を見せてと言うから見せてあげたけど、この子、本、読まないんだ。だったら見せてもしょうがなかったかも。まあ、読まなさそうな子なんじゃないかなとは思ってたんだよね。漫画とか好きそうだし。男子と話している方が楽しかったら読まないか、本なんて。
 
一瞬にして彼女の分析をしたけど、そういえば周りで本が好きな人というか、本を読んでいるクラスメートって思い浮かばないことに気がついた。みんな休み時間はしゃべったり遊んだりしていた。教室で黙って本を読みふける子はほとんどいなかった。
 
そりゃ私だって休み時間のたびごとに本を広げてはいないけど、でもこうして待ちかねて本屋で新刊は買うし、図書館や図書室の本だって結構借りている。なんだかんだで本は身近にあるし手に取っていたから「本を読まないんです」という人が信じられなかった。
 
文章に触れるということは、本というまとまった1冊の中で1つの世界を提示してくれることもあれば、雑誌やパンフレット、新聞、Webなどのように一過性の文章でも世界観を共有できることは十分できる。どの読みものも、興味を引けば面白く感じることができる。自分が知らないことを知らしめてくれるためには、どんな形であっても文章が介在しないと実現しないのではないだろうか。知らないことがわかったら、嬉しくないのかな。そのために文章は存在していると思うのに。

 

 

 

本を読まない彼女の話から数十年後の今、文章をめぐる動きは大きく変わっている。
あの時の彼女の言葉がそのまま現実になっている。すなわち、本を読まない人の割合が増えた。言い換えれば、本が売れなくなった。
 
先日まであったはずの書店がなくなっている。あるいは、書店の中でも書籍の割合がおそろしく減っている。雑誌や実用書、中にはおもちゃだか本だかわからないくらいの付録の大きさだけが目立つ「本」が売り場の大半を占める書店も珍しくなくなった。
 
しかしインターネットの出現とスマートフォンの登場で、いつでも手のひらの中に情報を持てるようになった私たちは、すぐ自分が知りたいことが飛び込んでこないことにじれったさを感じるようになった。そして紙よりもWebで情報を取るようになった。
 
今すぐ知りたい、1秒でも早く。そのためには長ったらしい文章は敬遠される。読むのが面倒くさい、時間がないから。そんな主張が目立ってくると、実はもうすでに文章がなくても自分の世界が成立している層があるんじゃないかと思っている。文章を一旦脳内に取り込んで処理するよりも、視覚・感覚に訴える方が思考に到達するのが速い。より刺激的で楽な方へと人は流れ、文章や言葉から相手の文脈を想像すること自体が少なくなっている。
 
相手を思いやりましょう、そんなこと面倒だし自分にはなんの義務もないし。だからしたくない。やろうと思えば、1日中誰とも言葉を交わさないで過ごすことだってできるじゃないか。
家の中で、街の中で。コンビニで、スーパーで、電車で。もしかしたら職場だって、仕事の種類によっては無言で成立するものもある。そしてこのコロナ禍によって、人と人との分断はより一層進んでしまった。
 
それぞれの人が「孤」として存在する世界。それは「個性」の「個」ではなく「孤立」の「孤」だ。人は自分でもよくわからないままに、1つずつ何となく存在しているに過ぎない社会になっている。しかし厄介なことに、人のことを推し量ることはしたくないけど、自分の主張はしたいし情報は手に入れたい人が多くなった。「孤」なのにかまってほしい、承認欲求だけは満たされたい。高度に難しい人、「面倒くさい人」ばかりが残ってしまっているのが、今なのだろう。

 

 

 

突き詰めて考えれば、こんなに文章に対して厳しい世の中だっていうのに、自分ときたら「文章を書くこと」を始めてしまった。自分が書いたものなんて、一体誰の、なんの役に立っているのだろうか。そう思うこともよくある。
 
それでも書くのをやめたくはない理由、それは「誰かに自分の想いを伝えたい」からなのだろう。
 
自分のことを伝える手段は人によって違う。
ある人は写真で、ある人はSNSで、アートで、音楽で、ダンスで……。私はこんなことができます、私を見て! 気がつけばWeb上には様々な主張が溢れかえっている。その中の1つが文章表現だ。
 
こんなにダンスが上達した、料理が上手くできた、自分が目にしている一瞬の景色を残したい、だからみんなに見てもらいたい。文章を書くのだって、たぶんそれと同じだ。承認されたいがための文章書きなのだ。私はこう感じた、それを形にしたい。ただそれだけだ。
 
だから「もしも世界から『文章』がなくなったとしたら」などということは、およそ考えられない。私に文章を読ませている誰かだって、言いたいことがあるから書いている。伝えたいことがあるから書くのだ。
 
内輪で褒めてくれたり、耳障りのいいことを言ってくれていても、それは単なるヨイショじゃない保証なんてどこにもない。「誰かが書いた文章なんて、そうそう簡単に読みませんよ」、もしかしたら心の中ではそういう揶揄をされているかもしれないのに。実におめでたいなと思う。書いて形になった時は嬉しいけど、しばらく経つとふと気がつく。「私、こんなこと書いてたんだ」と。
 
ものを書くことは、もしかしたら自傷行為なのかもしれない、と思うこともある。
伝えたい、そのためには技巧が必要だ。どうしたら自分の文章を目に留めてもらえるのか、どうしたら最後まで読んでくれるのだろうか。キャッチーなタイトルにして、中身も強いものにして……とやっているうちに、いつの間にか自分の心を晒して、切り刻んでいるような感覚になることがある。誇張しているわけではないのに、最初に考えていたものとはまるで違うテイストになることもある。それでも、自分が伝えたいことを最後まで書き切った、伝えきった時は達成感があるのだ。
 
あなたの書いたものなんて好きじゃないから、読まないから。そう思う人は残念ながら一定数いる。それは仕方がないことだ。全ての人に好かれようとは思っていないし、読みたくなければ読まなくてもいい。それでももしかしたら「本なんて、文章なんて読まないんだよね」と笑っている人の目を惹くようなものを書けるのかもしれない。
 
誰かを敢えて狙って書くわけじゃないけど、「文章を読まないんです」と言い切る人にも読んでもらえる文がもし書けたら、それはそれで身を削った甲斐があるというものだ。ささやかすぎる希望だけど、ひたすら伝えたいことを思いのままに綴りたくて走った先にそんなことが待っているのならば、それはそれで嬉しく、光栄なことだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)

「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月READING LIFE編集部公認ライター。

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2021-09-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.143

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