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週刊READING LIFE vol.143

文章がしゃべれないすてきなあなたへ《週刊READING LIFE Vol.143 もしも世界から「文章」がなくなったとしたら》


2021/09/13/公開
記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

物事はシンプルな方がピュアでいられるのではないか、私は最近そう思ってる。

活字中毒気味の私は、小説を好む。長編の、さまざまな仕掛けや設定が織り込まれた、濃厚な物語は心を満たしてくれる。
だが、短い、一瞬で読めてしまうものも味わい深い。
五・七・五の俳句の世界は、その中で季節と風情を語ってくれる。

古池や 蛙飛び込む 水の音

松尾芭蕉のこの有名な句を口ずさめば、美しい日本の風景が瞼の裏に浮かぶようだ。

有名小説家のブログは、熟練の表現が光り、目が離せない。
だが、それよりも、ツイッターの140文字で描かれた、一般の方の呟きが、世界中の人々の共感の波を生み、心を鷲掴みすることもある。

膨大な情報量を持つ物の方が、一見優れているように見え、世間では評価も高い。
豊富な語彙を巧みに扱い、読むことにも、聞くことにも時間を要する話の方が、利口であると多くの方は感じるかもしれない。
それができる者の方がすばらしい。それを目指すのが当たり前のように言われる。
時には、それができないことを批評されてしまうことさえある。

私には、Aという友達がいる。彼女とは、大学で同じクラスとなったことをきっかけに親しくなった。学生時代、休日の多くは彼女と過ごし、おバカなチャレンジもしたし、大ゲンカもした、苦楽を共にした大切な友人だ。
20代後半、彼女はめでたくも彼氏とゴールインし、既婚者となった。
私はと言うと、結婚願望がまったくないわけではなかったが、恋のペーパードライバー外道まっしぐらだ。
Aの結婚を祝えど、妬ましい、とは一度も思ったことはない。
Aは、結婚し家庭を持つことで拓ける人生。
私は、仕事と趣味で社会貢献することで拓ける人生。
それぞれの幸せと運命がある、人生いろいろなのだと私は思っている。
数年後には、かわいい男の子が生まれた。B君は、A譲りの大きなお目々が印象的な子だった。
B君が2歳を過ぎたころだったろうか。
友人たちとAとB君とピクニックにでかけた。
レジャーシートを広げ、みんなが買い集めたおやつなどを食べる楽しい時間。なのに、B君を見つめるAは浮かない顔をしていた。
それに気がついた私は、Aの隣に座る。
「何か、あった?」
「……実は」
未就学児は、公的機関の健康検診を受けることを推奨されるそうで、Aは先日B君をそれに連れて行ったのだそうだ。
「そこでね、B君はおしゃべりが遅いですねって。他の子は、もっとおしゃべりしますよって、言われたの」
身体に何か問題があるのではないか、そう言われたのだという。
私は、思わず眉間に深くシワを刻んだ。
医学的な統計の話だ。
日本人の平均的に、心身の発達のデータがあり、それと比べているのだ。
医者は、親切心で言ったのだろう。だが、それを言われた母親や家族がどんな気持ちになるか、想像に欠けている。

私の母も、私達兄弟が幼い時、同じことを公的機関の健康検診で言われたと聞いていた。
「目の前が真っ暗になった。心配で苦しくて眠れなくなったわ。かかりつけの小児科の先生に相談したら、まったく問題ないと言われたの。そこでやっと安心して、号泣しちゃった、お母さん」
その沈痛な母の表情とAが重なる。

なぜ、子どもの成長まで、平均や優位性が求められるのだろう。

確かに、B君は大人しく、口少なだ。
でも、私は、彼は大丈夫だと、短期間のふれあいで確信を持った。

機械好きな私は、大きなシルバーの時計を腕にはめている。それを見つけたB君の目がまんまるになった。
「コレ、なに?」
「ん? 時計だよ」
「とけい?」
B君はかわいらしく首を傾げた。私は彼に手招きした。
「時計好き? 触ってみる?」
「すき! みる!」
瞳をキラキラさせて、彼は私の隣にちょこんと座った。
しばらく私の腕時計を観察した後、彼の興味は私の水筒に移った。透明なプラスチックのボトル、外蓋と中蓋の二重構造になっている。
空になったそのボトルを分解し、パズルのように組み立てる遊びをした。
大人用のボトルの蓋は、もみじの様なB君の手には大きすぎた。なかなか、決まった位置にはまらない。
私は、側で見守りつつ、アドバイスをした。
「ボトルを手でしっかり持って。そうしたら、動かなくなるから。そうそう、うまいうまい!」
B君は、真剣な眼差しで、その単純な遊びを辛抱強く続けた。
気がつけば、人見知りのB君は私に随分馴染んでくれた。母親のAの所には戻らず、私のあぐらの上に座り、大人しくおやつを食べていた。

「いいな~まなさんB君を独り占めして! どうして、そんな扱い方がうまいの?」
子ども好きの他の友人が口を尖らす。私自身、苦笑いして首を傾げる。子育ての経験も、子ども好きなわけでもない。すると、Aが眉を下げて笑う。
「たぶんね、まなさんはBを人間の子ども扱いしてないからだよ」
友人たちと一緒に首を傾げる。
「まなさんは、B個人として扱ってくれてるの、だから好かれるんだよ」

周りの大人のように、誰かと比べない、自分のために子どもをコントロールしない。
この子は変だと、否定をしない。

流石、Aだと私は苦笑いした。
他者を否定しない、優劣をつけないは、私の目指す所だった。

私の友人のCさんも、B君のように言葉を扱うのが苦手な方だ。
医学的に、『ADHD』と診断されている彼女は、日々大変な苦労の中にある。
人より多くのことを考え、自分の置かれている状況の情報量の多さに翻弄されている。なので、とっさに自分がどのような状況で、どの行動をすべきか、わからなくなるのだそうだ。
なので、人との会話も苦労するのだという。

この間、カフェに行ってね、あ、その前に散歩に行ったの。そしたら、友達に会ってね、その子はバーで出会った子なんだけど。そのバーでこんな感じの話をして。あれ、私、今、どこまで話したっけ?

頭の中の状況を、思い出した順に話すため、本来の話題から道筋がずれていく。
起承転結の整った文章のような流れるような言葉を編み出せない。
ポツポツと、五月雨のように、彼女の言葉の雨が降る。

会話だけでなく、スケジュールを立てるのも苦手だ。自分の目の前に広がる情報の多さと、自分のやるべきことリストが混ざり合って優先順位が作れない。
なので、他人と時間を決めて待ち合わせをするのが苦手だ。
まれにパニックになって、もうどうしたらいいかわからず、思考停止。そのまま、約束の時間が過ぎてしまった、という事柄も多発する。
『ADHD』は、「注意欠如・多動症」、発達障害の1種に分類されている。
世間の決まりごと通りに、生きられない少数の人。それを悪のように言う人も中にはいる。
確かに、約束時間を守れないのはいけないことだ。だが、彼女はわざとやっているわけではない。その度に、苦しんで、悩んで悔やんでいるのだ。それを私に打ち明けるのもきっと勇気がいったはずだ。
彼女は、やさしく、心配りができる人だ。年下の友人である私をいつも気にかけてくれ、何度も助けてくれた。集中力もあり、勉強家でもある。
とてもすばらしい女性なのだ。
だから、私も彼女を尊敬し、寄り添う。

「まなみちゃん、ごめん約束の時間なのに。私、今、仕事終わって。自宅だから化粧もしてないし、掃除と、あと、洗濯もしてない。あ、シャワーも浴びなきゃだし!」
パニックになる彼女の声を、スマートフォン越しに聞きながら、私は静かに声をかける。
「わかりました。では、私が今からCさんの家の方にゆっくり歩いて行きます。私相手だから、化粧は大丈夫です。部屋が散らかっていても気にしません。できそうなことからやってみてください」
「うん、うん、わかった、ありがとう!」

少数派の人間は、平均的なことができない人間は、劣っているのだろうか。
それは違うと思うのだ。
人それぞれ、得意なこと、不得意なことがある。
きちんと観察すれば、とてもすばらしい所が必ずあるはずなのだ。
無理して横並びになる必要はない。
不得意なことは、得意な人の手を借りればいい。
迷惑をかけたと思ったら謝ればいい。自分のことを卑下する必要はない。
みんなそれぞれ違うから社会が成り立っている。
その違いを個性だと、私は思い、尊重したい。
完璧な人間なんていない。
得意なことは自分にあった方法で伸ばしていけばいい。不得意なことは、できる範囲でかまわない。

B君もCさんも整理整頓された文章は不得意だ。でも、五月雨のように、ポツリポツリと語る言葉に深みを感じる。
「ごめん」
「ありがとう」
「好き」
その打算も含みもない、純粋な単語の中に、彼女たちの心が詰まっている。
たった一言でも、十分思いは伝わる。
その瞳を見つめれば、心を汲み取ることができる。こちらも心を開けば、いい関係を紡げるのだ。

だから、私は、Aに言った。
「A、B君はすごい子だよ」
目を丸くするAに私は語る。
「私の話を聞いて、自分の考えを答えてくれたよ。それにね、集中力がある。一つのことに向き合って、やり遂げる力がある」
Aは、ハッとした。
「B君は、おしゃべりが苦手なのかもしれない。でもね、まっすぐ目で見て、手でお話するのが得意なんだ。これは、B君の個性だよ、だから、どこもおかしくなんてない。A、B君は、大丈夫だよ」
「そうか、そうだね。うん、私もそう思うよ」
B君を腕に抱き、Aは愛おしそうに笑った。

もし、文章がなくなってしまったら。
活字中毒者気味の私としては、由々しき事態。さまざまな濃厚な物語に触れられないなんて、悲しいしつらい。
でも、その分、見えてくるものがあるかもしれない。
俳句のような、短い作品の中に、趣を感じて、味わうことができるように。
日々、口に出す言葉も心で感じて、気を配るようになるかもしれない。

論文やスピーチのような整理整頓された言葉もすばらしい。
だが、「好き」「ありがとう」のたった一言にこそ、その人の感情や思いが染みている気がするのだ。
文章や言葉として表現しなくても、共に居る雰囲気や瞳を見つめる方が、何倍もその人の思いを汲み取ることができる。
シンプルな中に、ピュアな心が詰まってる。
時には、言葉もいらないのかもしれない。

丁寧に織り込まれた巧みな文章も捨てがたい。
でも、私は、ポツリポツリと降り注ぐ、ピュアな言の葉も愛してる。

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。カメラ、ドイツ語、タロット占い、マヤ暦アドバイザーなどの多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォト・ライター」。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動中。

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2021-09-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.143

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