人も、犬と同じように目標達成できるのか?《週刊READING LIFE Vol.164 「面白い」と「つまらない」の差はどこにある?》
2022/04/04/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
目標達成までの道のりで、行動を続けられるのか、挫折してしまうのか。
その差は、目標達成までの過程の行動そのものが、楽しいとか面白いとか、心がポジティブだと、きっとその行動が続けられて、成功する可能性も高まると思う。
挫折はその反対で、行動そのものが辛いとかつまらないとか、ネガティブに感じてしまうことだろう。
もちろん、成功とはそんな単純なことではないけれど、でも自分自身がポジティブか、ネガティブかということは重要なポイントとなるだろうし、さらに自分自身でも人からもほめられるとか認められるという要素があれば、さらに頑張ることができて相乗効果となるだろう。けなされたり、怒られ続けたら、やはり落ち込んでやる気をなくしてしまうだろう。
それは、人間でも、犬でも、同じこと。
頑張ったり行動を続けられること、またはあきらめてしまう構造というか、仕組みというのか、それは人間も犬も変わらないようだ。
犬のトレーニング方法のひとつに、『クリッカートレーニング』というものがある。
私がこのトレーニング法に出会ったのは、愛犬が1歳になる少し前で、知り合いのトレーナーさんが、友人3人を集めて勉強会をしてくれた。
これは、今、子どもの教育や部下の育成でも主流の「ほめて伸ばす」というのと同じで、犬のできた行動をほめて伸ばしていくというもの。
『クリッカー』とは、ボタンを押すと「カチッ」と音が鳴る小さなトレーニングツールだ。もとはイルカの調教に使われていたそうだが、今は犬や猫、インコなど、幅広く動物のトレーニングに使われているそうだ。
まずはクリッカーが「カチッ」と鳴ったら、「犬にとっていいこと=おやつがもらえる」ということを教える。これは、犬は大好きなおやつをもらえることで、どの犬でもすぐに覚えてくれる。
ここからがトレーニングのスタートで、犬が望ましい行動をしたのなら、すかさず「カチッ」と鳴らしておやつをあげる。
なぜ、ただ人がほめるのではなく、「カチッ」が必要なのかというと、人のほめ方はいつも一定ではなく、その人のそのときの気分でほめ方が変わってしまう。犬は敏感にその違いを察知するので、人がいくら同じようにほめているつもりでも、犬は「今日はほめてくれない」と感じてしまうこともあるのだ。その点「カチッ」は常に一定で、そして「カチッ」のあとには必ずおやつがもらえるから、毎回ほめられていると感じられて、やる気が継続するとのことだった。
たとえば、自分の手のひらに鼻先をタッチする行動を教えたいとする。
まず、なにもできない状態から、飼い主の手のひらにタッチできるようになるまでの行動を細分化する。手のひらを見る、手のひらに近づく、手のひらを手でさわる、鼻先を手のひらに付ける、のように。この段階をひとつずつクリアして、最終的に望む行動ができるようになったら、徐々に飼い主が決めた指示語でできるように移行していく。
クリッカートレーニングにはルールがあって、最後の指示語に置き換えていく段階になるまでは、声は出さない、目線は合わせない、リアクションはしない、できなくても決して叱らない、ダメ出しをしない、とのことだった。飼い主の声や目線に犬は敏感に反応してしまうからトレーニングの妨げになるし、あくまでも犬が自ら考えて、行動して覚えてもらう為にそうするように、とのことだった。
勉強会後、まずはベルをチーンと鳴らす技に取り組んでみましょう、途中経過を報告し合いましょう、となった。
そこから、私と愛犬の挑戦が始まった。
まずは、行動の細分化だ。
『ベルを見る→ベルに一歩近づく→ベルにもっと近づく→ベルの端を触る→ベルの真ん中に近いところを触る→ベルの真ん中に触る→ベルの音を鳴らす→チーンといい音で鳴らせるようになる』
これを、勉強会で教わった通り、階段の絵を描き、一段ずつにこの文言を書いて、壁に貼った。
トレーニングの始まりと終わりには同じ号令でメリハリを付けるようにと言われたため、「クリッカー始めるよ!」「クリッカー終わり!」の号令も忘れずかけた。
犬の集中力は短いから、最初は1分程度、長くても5分で一区切り。勉強会で教わったことは、とにかく真面目に全部言われた通りにやった。
今まで、こんなに教わった通りに、忠実に何かを実行したことがあっただろうか? この情熱を、犬以外のことに向けられたら、私はすごいかも……などと思ったりもした。
それからは、朝晩の散歩の前後や時間があるときに、トレーニングを繰り返した。
ベルを床に置き、ベルを見たらカチッ、おやつ。ベルを見たら、カチッ、おやつ。
それが当たり前にできるようになったら、次の段階へ移る。
最初は見ただけで「カチッ、おやつ」だったのに、もらえないことに戸惑って、ずっと私を見つめている。「どうしてカチッと鳴らないの! おやつをくれないの!」と。
しかし、そのうちにベルを見ただけではカチッとは鳴らないことに気づき、他の行動を試すようになる。私に近づいて来たり、おすわりをしたり、歩き回ったり。そのうちにベルに少し近づくと「カチッ、おやつ」
「あれ、どうして?」と最初はどの行動をほめられたのかわからず、またうろうろとし始める。そこで、ベルに近づくとほめてもらえると気づけばいいのだが、わからないままだとあれこれ試しているうちにやる気がなくなり、あきらめてしまう。
設定時間を過ぎたり、明らかにやる気がなくなったときは、そこで終了、次回へ課題は持ち越しとなる。時間を置くと忘れてしまうことも多く、また最初の段階へ戻ることもあるし、私が設定した次の段階へなかなか移れないときは、さらにハードルを低くしたり細分化するなどして、課題をひとつずつクリアできるようにした。途中、違う行動を正しいと思い込んでしまい、私も修正方法がわからず、トレーナーさんにメールで相談しながら迷走した期間もあった。私も愛犬もやる気を失いしばらくさぼった時期もあった。
しかし、その迷走を乗り越えると、愛犬が次々とハードルをクリアし、はっきりとは覚えていないのだが1か月ほどで、他に勉強会に参加した友人たちよりもだいぶ早く、愛犬はベルをチーンと鳴らせるようになった。
この経験が、私と愛犬にもたらした影響は大きかった。
愛犬は、社会化期という大切な子犬の時期に、いろんなものに慣らす等の必要なしつけがうまくできなかった私のせいで、臆病で飼い主以外の人間も他の犬も嫌いで、威嚇して吠えてしまうなど問題も多く、私自身もそのことで悩むことが多かった。
でも、二人で協力して頑張って、技をひとつ覚えたこと、そして一緒に教わった他の犬たちよりも早くできるようになったことで、自信が持てるようになった。愛犬の個性を認め、得意をもっと伸ばしてあげればいい、無理に他の犬や人と仲良くできなくても、周りに迷惑をかけない程度にしつけができればいい、何より私との信頼関係があればいいのだと、おおらかに構えられるようになった。
愛犬もできるようになる喜び、飼い主の期待に応える喜びを知って、クリッカートレーニングが大好きになり、学ぶことも大好きになった。頭を使うことは、今後シニア期に突入したときの認知症の予防にもなるから、これからも一緒にいろんなことに挑戦して、元気でいてもらいたいと思う。
クリッカートレーニングとは、行動力や継続力に関する自己啓発書に書かれている内容と同じだと思う。
まずはハードルを低くしてできることから始める、小さなステップの積み重ねで達成感を味わう、達成感を味わうことで自己肯定感が上がる、自分を否定したりダメ出しはせずできていることに注目する、最初はご褒美が必要でも慣れてくるとご褒美なしでもできるようになる……等々。
少しでもできるようになると、面白いと感じるようになり、もっとできるようになりたい、もっとほめられたい、認められたい、と行動が続く。
反対に、ハードルが高過ぎてできないと、とたんにつまらなくなってやる気をなくし、行動しなくなってしまう。
行動できるのかできないのか、その行動を面白いと感じられるのかつまらないと感じてしまうのかの境界線は、このハードルの高さなのだ。そのときの状況や場合によって、その人にもよって、段差が何メートルもの高い壁だったり、なんとかジャンプすれば届きそうな高さだったり。段差が高過ぎてつならなくなってしまった場合は、低く設定し直したり、細分化して一段ずつを飛び越えられる高さにして、飛び越える喜びを味わえるようにすればいい。
この仕組みは、人も犬も同じなのだ。
こうやって身をもって体験をしたことで、愛犬を尊敬するようにもなったし、ますますいとおしいとも思うようになった。
よし、私も愛犬と一緒に頑張ろう。私だって、やればできる。
それからは、最初の一歩はとにかく小さくすることを心がけた。筋トレも、まずはスクワット3回から、とか。
仕事のタスクも細分化して、タスクリストにチェックを入れるたびに達成感を味わえるようにした。
そして、私にとってのクリッカーはタイマーとし、タイマーが鳴ったらご褒美、チョコレートを食べる! と設定してみたり。
自分で自分をほめて伸ばすために、反省はするけれど、自分にダメ出しをしたり責めることは極力しない、と決めたり。
愛犬とはじめてクリッカートレーニングに取り組んだときのように、人や本からの学びは、まずは言われた通りに、忠実に再現する、ということも大切だ。
もちろん、うまくいかないことも多いけれど、でも本を読んだり学びつつ人生経験を重ねるうちに、自分のやるべきことをクリッカートレーニングに置き換えて実践することが、目標達成や自己肯定感を上げる近道なのだと実感している。
犬は賢い。私も、犬と同じくらい賢くなりたい。
まっすぐで、欲望に忠実で、ただ飼い主に喜ばれること、愛されることだけを目指して行動しているように。
私も自分の目標に向かって、自分の気持ちに正直に、誰かに貢献できること、役に立つことを目指して、行動を継続できるようになりたい。もちろん、愛犬のためにもできる限りのことはしたい。
行動するまでにうだうだ考えたり悩んだりしがちだが、いつでも行動の第一歩は、階段の一段目は小さく小さく設定して、まずはとにかく行動に着手して、目標までの道のりを歩んでいきたい。
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