つまらないのはむしろラッキーだ《週刊READING LIFE Vol.164 「面白い」と「つまらない」の差はどこにある?》
2022/04/04/公開
記事:izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
はぁはぁ……。
呼吸の音が聞こえる。
全身のリズムに合わせて、体温がどんどんあがっている。
天気は晴れていて、3月にしては、気温が暖かい。
先週までは寒かったのに、半袖で走るのにはちょうどいい。
その日の最高気温は、19度近くになっていた。
500m先には、仲間が走っている。
彼女たちは、軽やかな足取りで、息もあがっていない。
一生懸命に追いつこうと、走るスピードをあげる。
だが、前を走る彼女たちに追いつけない。
滋賀で開催された、ロゲイニングに参加していた。
ロゲイニングとは、地図、コンパスを使って、あらかじめ設置されているチェックポイントをまわるスポーツだ。
スマートフォンを使用して、チェックポイントにいくのではなく、地図読みをする。
できるだけ多く制限時間内にまわり、獲得したポイントを競う。
チェックポイントをまわるルートは、決められていない。
スタート前に地図を渡されて、チームでどうまわるのかを作戦会議するのだ。
チームはわたしを含めて4人。
チーム名は「ゆるゆるランラン」
友達がつけた、ゆるゆるという名前のネーミングに、油断していた。
おしゃべりできる速度で、ゆっくり走る。
楽しさ優先のチームだと、勘違いしていた。
ゆるゆるランランチームは、作戦会議をはじめた。
「この幅がだいたい1kmだから、チェックポイントまで3km位かな?」
「まず、スタートから先の3kmを走る。それから戻ってきて、他にある場所のポイントをまわる」
あらかじめ、まわる順番を決めてスタートした。
スタートしてから、3km先を目指して走りだす。
走りはじめてすぐに、他の3人の走る速さに、ついていけなくなった。
3人は、あきらかに速さが違う。
「あれ? ゆるゆるランではないのかな」
ふと思った時に、友達が後ろを振り向いて、大丈夫? という顔をしてくる。
走りながら、大丈夫と目で合図を送った。
地図通りに走れているか、確認の時に止まる。
そのタイミングで、3人にやっと追いつく。
追いつくと、すぐに走りはじめる。
友達2人がチラチラとこちらを見て、気にするようになった。
チームにいるリーダーには、一度しか会ったことがない。
一緒に走った記憶がなく、私が遅れているのに、気づいていないのだ。
あとの2人は、何度も一緒に走っているため、わたしの走る速度が遅いと知っている。
ついていくために、必死に黙々と走る。
「まったくしゃべらなくなったけど、大丈夫?」
「うん……大丈夫」
大丈夫って答えるしかないのだ。
「申し訳ないんだけれど、もうちょっとだけ、ゆっくり走ってもらえませんか」
お願いをしようと、何度も思ったがやめた。
もし、わたしの走る速度に、合わせるとする。
予定しているチェックポイントを、まわれない。
責任を感じるし、みんなが楽しめないのではないか。
そう思うと、がんばってついていく方がいいと判断した。
4時間で17kmほど走り、ゴールした。
とにかく必死についていき、修行かと思った。
「きょうは、しんどかったのにがんばったね」
友達に声をかけられた。
わたしが楽ではない速度だと、分かっているのだ。
「楽しかったー」と言えなかった。
ついていくのに必死で、楽しめなかった。
久しぶりに友達と会えたし、楽しいはずだった。
1日楽しむつもりでいたが、現実は違う。
なんて走るのが遅いんだ。
ついていくのに必死で、地図は読んでいない。
もっと速く走れていたら、楽しめるのに……。
終わって数日たった日に、気づいた。
わたし以外の3人は、100kmのウルトラマラソンの練習会に参加している。
夏の暑い日に、40km近く走る人たちだ。
レベルが高くて、わたしとは違いすぎる。
彼女たちにとっては、ゆるゆるランだったのだ。
チーム名はあっていたが、そもそも、わたしのレベルだけが違っていた。
楽しみにしていたのに、面白くないと思った。
定期的に走って練習しても、楽しもうという時に、ついていけない。
練習しても、成長していない。
みんなで一緒に走りに行く時、ついていけるだろうか? といつも心配になる。
走っている意味は、あるのかなと悲しくなった。
数日、自分の気持ちのモヤモヤが、消化できずにいた。
練習するしかないのかなと、気持ちの整理をつけた。
とにかく参加している、ランニング練習会には、休まずにいこう。
8年ほど前から、大阪城公園のランニング練習会に通っている。
今週末の練習会は雨予報だった。
予報では、午前11時から雨が降るらしい。
練習会は午前9時開始だったため、天気がくずれる前に、走り終える予定にしていた。
朝、大阪城公園についた時には、すでに小雨がパラついていた。
「雨のなかを走るのはいやだな」
以前フルマラソンを雨の日に走って、翌週熱が出た記憶がよみがえった。
大丈夫かな。
今の時期に熱を出すと、なかなかやっかいだ。
会社に雨の日に走っていて、熱をだしましたと報告した日には、変人扱いをされるのは間違いない。
走っていない人は、雨の日にわざわざ走るのは、理解できないだろう。
ここまで来てしまったからには、小雨で走るのを止めるのはもったいない。
風邪をひきたくないから、やめようかな。
いや、やっぱり走ろうと葛藤したすえに、走る決意をした。
まわりで、雨だからやめるというメンバーは、誰もいなかった。
いつも一緒に走っている仲間は、お休みだった。
世間話をしながら、一緒に走る仲間がいないので寂しい。
1人で黙々と走る。
4kmほど走った時に、いつもと体の感覚が違うのに気づいた。
走って体温があがっている体が、小雨に打たれてちょうどよい。
天然のアイシングになっているのだ。
大阪城公園は、いつもにぎやかだ。
ランニングしている人。
観光客。
梅や桜の写真を撮影している人。
野球部の子供たち。
お芝居の劇場に並んでいる人たち。
最近は暖かくなってきているので、レジャーシートをひいて、のんびりしている人もいる。
いつも笑い声や、野球部のかけ声などが聞こえる。
雨の日の大阪城公園は、いつもと違った顔をしていた。
いつものにぎやかな顔から、渋い大人の雰囲気を醸し出している。
人はいつもの2割ほどしかいない。
走っている人もいるが、ほんのちょっとだ。
静まり返った公園内を走る。
ポツポツと雨の音が聞こえる。
道路にポツポツと雨が落ちる音。
公園内にある、たくさんの木に落ちる雨音。
鳥がチュンチュンとさえずっている声。
カフェからは、音楽が流れているのに気づいた。
「雨の日に走ると、発見がある。面白い」
走りながら、集中して考え事が出来た。
感覚が研ぎ澄まされたような気がしてくる。
やりたいアイデアが、パッと浮かぶ。
大会でもないのに、雨の日に走るのはいやだ。
ランニングウエアはぬれてしまうし、そもそも、風邪をひくかもしれない。
いままで、マイナスの面しか想像できなかったが、実際は違っていた。
いつもとは違う様子の公園を経験できた。
マイナスな面も、経験してみないと、良さが分からない。
つまらないことの先には、面白さがある。
つまらないを経験するのは、おみくじで大吉をひくようなものだ。
大吉ではなく、凶じゃないのかと思うだろう。
だけど、はじめから「面白い」を経験するより、「つまらない」を経験した後に面白いと気づく。
その方が、面白くなった時には、何倍にも喜びが増す。
雨の日のフルマラソンで熱を出して、よい思い出がないが、あえて練習をしてみる。
状況が悪くても、楽しめた自分がいた。
以前より成長できている。
雨の日に練習できたわたしはえらいよー! と心の中で叫んだ。
自分で自分を、褒めてあげたい気分になった。
雨の日に走ってみたら楽しかった経験のように、ロゲイニングも面白い経験に変えられるはずだ。
次に大会があった時に、また参加できるようにしたい。
楽しかったと言えるようにしておくのだ。
つまらない先には、面白いことが待っている。
こうでないと楽しめないという、思い込みを捨てる。
一緒の速さで走るのだけが、楽しむ方法ではない。
たとえば、悔しさをバネにして、長時間走れるための、体作りをしておく。
速さではない、楽しみ方を見つける。
地図とコンパスの使い方を、誰よりも練習する。
楽しむための方法は、自分で探していくからいいのだ。
前回より楽しめた時には、喜びが倍増する。
こどもみたいに、すねている場合ではないと分かった。
うまくできなくて、やめてしまうのは、もったいない。
わたしの気持ちは、少し成長したと分かると、楽しいと変化するのだ。
つまらないと思った気持ちを否定しないで、認めてあげる。
「つまらないと思ったのはなぜだろう。なにをプラスしたら面白くなるのかな」
プラスして、自分が少し成長した先には、楽しくなる。
やりたいことは、あきらめないでいい。
わたしの心の中にある、うまくできないコンプレックスが、つまらない気持ちを作るのだ。
固定観念を捨てて、もう少し成長できる工夫をしよう。
成長は、やりたいことを続けるための燃料だ。
まだまだ伸びしろはある。
待っててね、心の中のコンプレックス。
もうちょっと成長して、つまらないから、面白いに変わるから。
いまより面白いと思えることが、たくさん増えていくはずだ。
□ライターズプロフィール
izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2021年7月よりライティング・ゼミ超通信コースを受講。2022年1月よりライターズ倶楽部に参加。ランニング、トレイルランニング歴10年。最近山登りにハマってテント泊を実現したい。誰かの応援になる文章を、書けるようになりたいと日々特訓中。
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