週刊READING LIFE vol.181

正式名称よりオノマトペが通じるアレ《週刊READING LIFE Vol.181 オノマトペ》


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2022/08/15/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
『ぶーぶー』
豚が鳴いているのではない。子供が自動車を表現しているのだ。
これが、犬だと鳴き声の、
『わんわん』
と、変化する。
事程左様に、幼児言葉は『オノマトペ』の宝庫だ。

しかしこの、“擬音語・擬声語・擬態語”を包括的にいう『オノマトペ』は、幼児言葉専用ではない。
何しろ、犬の鳴き声は『キャンキャン』と、世代によって変化するからだ。
自動車もそうだ。『ぶーぶー』は自動車のエンジン音、特に発進する時にアクセルペダルを踏み込んだ際の音を擬音語化したものだ。
こうなると、問題が一つ生じてくる。それは、現代の子供達が運転免許意を取得し、自動車を運転する様に為る時代に、果たしてエンジン自動車が残っているかという問題だ。
10年後は兎も角、20年後には、世の中を走る自動車はその殆どが電気自動車と為ってしまい、独特のエンジン音を発生することが無いかも知れないからだ。
20年後の子供は、自動車のことを『しー』とか『すー』と表現するのだろうか。

子供の頃、『ぶーぶー』に『わんわん』を乗せながら運転することを夢みていた60年前の私からすると、この『オノマトペ』には特別な思い入れがある。
『ぶーぶー』の響きに、早く大人に為りたいとの想いが詰まっているからだ。
そしてこの先、自動車が電動化されることに心配している。子供達が私と同じ様な‘車’を‘自’ら‘動’かす、自動車本来の喜びを味わえないのでないかと思うからだ。
しかしそれは、冷静に為れば無用な心配だ。
自動車が全て電動化される頃には、私は死んでいるか少なくとも免許証を取り上げられていると思うからだ。

子供の頃、私が勝手に『オノマトペ』で呼んでいた物が有る。
それは、『タ・タ・タ・チーン』というものだ。
現代で『チーン』といえば、電子レンジの代名詞だ。ところが私が、『タ・タ・タ・チーン』を使っていたのは、55年前以上の話だ。電子レンジ等、存在していたかもしれないが、庶民は見たことも無い頃だ。

私が、『タ・タ・タ・チーン』と表現していたのは、タイプライターのことだ。肝心なのは“チーン”の部分だ。
タイプライターというものを、日本の幼稚園児だった私は見たことが無かった。
ところが、私が5歳だった1964年のこと、前回の東京オリンピックの舞台裏を紹介するテレビ番組で、横一列に並んだ外国人記者が、一斉に何かを叩いている映像が流れた。
叩いているといっても、拳で叩いているのではない。指先で何やら、綺麗に並んだ丸い物を記者達が叩いていたのだ。共通していたのは、皆、真剣な顔付で、そして同じ様に赤鉛筆を口に咥えていたのだ。
その、記者達が叩いている丸い物が付いた装置のことを、ナレーションでは“タイプライター”と呼んでいて、私は直ぐに覚えていた。
しかし、丸いキーを叩くと打ち出される活字が、行一杯に為った時に聞こえるベルの音が、私に印象を残してしまった。肝心なのは丸いキーを叩く“タ・タ・タ”ではなく、改行を知らせるベルの“チーン”だった。

タイプライターのベルの音は、後年、私に妙な拘りをもたらした。
幼稚園児の頃は、タイプライターの名称を知っても、何をする装置なのか皆目見当が付かなかった。何しろ英語とは無縁な生活だったし、無学で無教養な両親が、タイプライターなんぞを持っている訳が無かったからだ。
当時、私が通っていた幼稚園の園長さんの息子で、上智大学で神学を専攻していた御子息が居た。私達には、色々と教えてくれる優しい御兄さんだった。
その御兄さんが或る時、私にタイプライターを見せてくれた記憶がある。多分、私がテレビで見たタイプライターのことを話したからだろう。
御兄さんは、私の前にタイプライターを置くと、紙を取り出しセットした。
両手をキーに添えると、“タ・タ・タ”と一気に何やら打ち始めた。瞬く間に、“チーン”とベルが鳴った。御兄さんは、タイプライターの右に付いているバーを、左に“ギー”という音と共に押しやった。
そして、改行された紙に再びアルファベットを打ち込み始めた。私が、
「何を打ってるの?」
と、尋ねると、御兄さんは、
「聖書の一節さ」
と、気障っぽくも牧師の卵らしいことを言ってくれた。私が、
「“チーン”って、ベルが良いね」
と、ませたことを言うと、
「おっ! 将坊は、良いことに気が付くね。これは、オリベッティという舶来物だ。日本製や、他の舶来物とは音が違うんだよ」
と、教えてくれた。
私は、御兄さんが立てる『タ・タ・タ・チーン』を飽きずに聞いていた。
私が高校生に為った頃、一人の若い英語教師が、職員室でタイプライターを叩いていた。私達に配布するプリントを作っている様だった。
私は、暫くして鳴った“チーン”の音に、どこかン懐かしさを覚えた。
「先生、そのタイプライターはオリベッティですか?」
そう尋ねると、先生は、
「そうだよ。音を聞いただけで良く解かったな」
と、感心していた。
私は、幼稚園時代の思い出を話した。その、若い英語教師は、
「そうかい。俺も、オリベッティの音が好きでね」
と、喜んでくれた。その上、
「山田、良かったら俺が使い古したオリベッティをあげようか。使い方は教えるから」
と、嬉しいことを言ってくれた。

後日、英語教師からオリベッティを譲り受けた私は、暇さえあれば『タ・タ・タ・チーン』と鳴らしていた。
ただ、鳴らしていただけだ。
英語教師が譲ってくれたオリベッティは、使い古されて赤い文字が打てなかった。
私には、それで良かった。タイピングが出来ず、ただただ『タ・タ・タ・チーン』の音がすれば、オリベッティの役目は済んでいるのだから。

幼稚園時代の御兄さんは、もう一つ、私に『オノマトペ』を残した。
私達の遠足に付いて来た御兄さんは、羽田空港に着くと“行先表示板”を指差し、
「あれ、何ていうか知っているかい?」
と、幼い私に尋ねて来た。
私は知る由も無く、首を振った。御兄さんは、
「あれはな、“ソラリ―式反転フラップ式案内表示機”って言うんだ。でも将坊には難し過ぎるから『空港のパタパタ』と覚えて置けばいい」
と、教えてくれた。
そういえば、“ソラリ―式反転フラップ式案内表示機”の『パタパタ』という音は、妙に印象に残る音だ。しかも、大半の人が正式名称等覚えている筈も無いものだ。
ただ、『空港のパタパタ』と言えば誰しも、行先案内板のことだと気が付く筈だ。

私等は、『空港のパタパタ』音が気に入り、暫くの間、反転フラップ式の時計を使っていた程だ。

『空港のパタパタ』は、
「じゃぱーん・えあらいん……」
と、平仮名表記したくなる、妙なイントネーションの館内放送と共に、郷愁をそそる存在だ。

ただ、『空港のパタパタ』は、発着便数が多く為った現代では、単にうるさい存在に為ってしまった様だ。何しろ、1分と開けず“パタパタ”と音を立てていては、乗降客に注目されても安定した表示に為らないからだ。
時代と共に『空港のパタパタ』は、姿を消すことに為った。特に、空港が新設されたり改装されたりすると、行先表示板はLED式の横に流れる形の物に代わってしまったのだ。

これも時代と言ってしまえばそれまでだが、私と同じ思いの人は数多く居る様だ。それも、空港をよく使う人ではなく、鉄道ファン、俗に言う“鉄ちゃん”の中にも。
羽田空港の玄関口でもある京浜急行品川駅には、空港と同じ『空港のパタパタ』が行先表示板として長い間残っていた。
ところが、品川駅の『空港のパタパタ』が改修される際には、多くの“鉄ちゃん”が別れを惜しみ、カメラ片手に押し寄せた。
そこは、別れを数多く経験している“鉄ちゃん”のこと、
「ありがとう!」
の言葉と共に、『空港のパタパタ』(品川駅のだが)の別れを惜しんでいた。


現在、現役の『空港のパタパタ』は、北海道の函館空港に残っているらしい。

久し振りに、飛行機に乗って、『空港のパタパタ』をカメラに収める旅でもしてみようか。


固有名詞に近い、『オノマトペ』を観る旅も、大人としては乙なものかも知れない。

そして、久し振りに『空港のパタパタ』も聞いてみたいし。

できたら、『空港のパタパタ』の下にタイプライターを持って行って、『タ・タ・タ・チーン』と、鳴らしてみようか。


猛暑の中、そんなことを考えてみた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeasonChampion

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2022-08-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.181

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