週刊READING LIFE vol.181

同じ景色が違って見えても《週刊READING LIFE Vol.181 オノマトペ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/15/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
※このお話はフィクションです。
 
フェリー乗り場の鎖が上がった。
係員が車の誘導を始める。あと5分くらいで出港だな、とあたりをつけて、ジュースでも買おうと財布をあけてから、しまった、と高樹雅也はつぶやく。
 
「おばちゃーん、回数券切れた! ちょうだい!」
 
「マサ君、夏期講習いつまでなの?」
 
「来週! もう、海に行きてえ。泳ぎたい」
 
「ほーよねえ。しっかし、大きくなったねえ。来年高校生か」
 
「もう、おばちゃん、早くしてよ。ジュース買えんじゃん」
 
「おお、ごめんな。行っといで」
 
自転車のハンドルを握り、乗り場までひたすら走る。握りしめていた回数券がヒラヒラと揺れた。
 
「おおーい、出港するぞー」
 
係員の声を聞きながら、間一髪滑り込んだ。
 
ボーっと鳴る汽笛が熱風と共に耳に流れてくる。
 
自転車を停め、汗をぬぐって、買ったばかりのペットボトルの蓋をあけた。喉が潤って息をついたとき、一筋の風が抜けていった。
 
客室に上がろうとしたときに、背後から「タカギ?」と声をかけられた。少し落ち着いたはずの心臓がキュっとしたのは、きっと気のせいだ。息を整えながらゆっくりと振り返った。
 
「おう、金井さん、今日はどこか行くの?」
 
金井優希の淡々とした表情がなんだかいつもより冴えない感じがする。けれど、彼女の表情は読みづらくて、本当に沈んでいるのかは、わからない。優希はオレの質問には答えずに客室への階段を上がっていった。慌てて追いかけると、客室には入らず、舳先に置かれている椅子に腰かけた。
 
くっつきすぎない距離感で隣に軽く腰かける。彼女が眉根をよせたらすぐに立ち上がるつもりだった。優希は何も言わず海を眺めている。少しホッとして彼女に気づかれないように深く座り直す。
 
船首が波をかき分け白い飛沫を立てているのを二人でぼんやりと眺めた。何かしゃべることはないかな……、頭をフル回転させている時に優希がつぶやいた。
 
「タカギはこの景色がどんな風に見えるの?」
 
「え、……水がキラキラして見えるけど」
 
「……私にはギザギザして見えるよ」
 
「ギザギザ? え? 俺、なんだか恥ずかしいじゃん!」
 
俺、乙女かよ! 顔が赤くなるのがわかったけど、優希は全然違うことを考えているようで何も反応してくれなかった。
 
「私たち、同じ景色を見ても全然違って見えるんだね」
 
「え? どういうこと?」
 
なんでもない、そうつぶやいて、優希はそれっきり黙って座っていた。波の音がうるさくなければとても居心地の悪い時間だった。優希に会えた時のテンションがどんどんしぼんでいく。
 
「まもなく、港に到着します」というアナウンスが入って、フェリーがゆっくりと船着き場に近づいていく。優希は無言のまま椅子を立ち、階段に向かう。客室の乗客もすこしずつ動き始めているのが窓から見えた。
 
優希の後ろについて階段を降りていく。
不意に彼女が後ろを振り返って、息を深く吸った。「私、高校から島を、出るかもしれない」という言葉が吐く息とともにこぼれ落ちた。
 
思いがけない言葉に、
 
「え? ちょっ、どういうこと?」
 
と聞き返すことしかできなかった。
 
そんな俺を見ながら、優希の目だけが笑った気がした。

 

 

 

「高樹君、最近はだいぶ集中して勉強に取り組んでいたのに、今日はどうしたの?」
 
夏期講習が大変なのは生徒ばかりではない。数学担当の先生も疲れてイライラしているように見えた。
 
「いや、俺、ちょっとよくわからなくて」
 
優希が島を出るって、どういうことだ? そして、どうしてあの時にあいつ、笑ったんだ? 笑ったのか? いや、あれは笑った、何で笑ったんだ。島を出られるのがそんなに嬉しいのか?
 
「どこら辺がわからなかったの?」
 
「ん? あ、先生、違う、ゴメン。授業が分からなかったんじゃなくて」
 
そもそも、なんで今ここに呼び出されているんだろう、時計が12時半を指していた。
 
「先生、時計止まってない? 今、12時半とかになってるけど?」
 
「高樹君、もう正真正銘の12時半だよ? なにかあった? 本当に大丈夫なのか?」
 
港を降りて、父親と待ち合わせているという優希と別れて、そこからの記憶がなく、今、既に12時半ということらしい。午前中の授業どころか、どうやって塾までたどり着いたのかすら覚えていない。
 
「やべ、昼ご飯買ってくるの忘れた。ちょっとコンビニ行ってくるわ」
 
「13時からの授業はちゃんと頑張れよ!」
 
先生の声が背中を追いかけてきて「はーい」と返事をした。
 
昼ご飯を買って、教室に戻ると、山ちゃんがニヤニヤと近づいてきた。
 
「マサ、怒られた?」
 
「あー、ダメだ、今日、午前中の授業、全然覚えてねえ」
 
「どしたん? ホント、朝から話しかけても全く反応しないもんな。誰かから告白された?」
 
「んなわけ……あるのか、アレは」
 
「え、告白されたんか?! 島の同級生か?」
 
クラスの何人かがコチラを見る。目が明らかに興味津々だった。
 
「いや、付き合ってとかそういう告白じゃねーんだよ」
 
声のトーンを抑えて山ちゃんに事情をかいつまんで話すと、太った体をゆすらせながらますますニヤニヤと笑う。彼なりに気遣って声のトーンは小さめにしてくれた。
 
「それは、お前、その子のことが好きなんだろう?」
 
「え? いや、そういうわけじゃ……ただ、一緒に海岸で掃除するだけの同級生だって」
 
しかし、山ちゃんにはバレないようにさりげなく後ろに下がった。俺、なんでこんなに心臓がバクバクしてんだ。口の中が干上がりそうだった。
 
その時に、先生が教室に入ってきた。ああ、救われた。俺は席について大きくため息をついた。

 

 

 

夏の海は、レンタル中だ。海水浴目的に地元以外の人達が沢山訪れるから。海の家や屋台が出てにぎやかなのは嬉しいけれど、地元の学生が放課後に寄って遊ぶ海にくらべてだいぶよそ行きだった。自分が遊べないのもまた、よそよそしさに拍車をかける。
 
夏はいつまでも日が沈まない。少し沖にある飛び込み台から飛び降りる水しぶきや、歓声が遠くからこだましてきた。
 
自転車を停めて防波堤によじ登った。寄せては返す波が少しずつこちらにむかってきた。もうすぐ満潮を迎えるらしい。
 
まだ日は高いけれど、17時のサイレンを潮に、遊びに来ていた人達が駐車場のほうに動き始めた。
 
「ゴミ、持って帰れよなあ……、満潮になったら、ゴミが流れていくじゃねえか」
 
もう少ししたら家に帰ろうと思ったのに、海辺に散らばるゴミが目についておもわず独り言がもれた。堤防から飛び降りて自転車を走らせる。
 
『中瀬マリンスポーツ』と屋根に書かれた店の前で自転車を降りる。店の脇には清掃道具があって、ボランティアのゴミ拾い用の袋も置いてあり借りていいことになっている。店員に声をかけて、自転車を置かせてもらい、袋や清掃道具を脇に抱えた。
 
「おう、受験生、サボリか?」
 
中からオーナーが出てきてニカっと笑う。日に焼けた顔にやたら白い歯が眩しい。
 
「息抜きです、息抜き」
 
「息抜きにデートか? 近頃の若いのはソツがないのう」
 
「え?」
 
「彼女もさっき犬連れて来たぞ、すれ違わなかったんか?」
 
「マジすか?! 俺行ってくる!」
 
「お、違いますって真っ赤にならなくなったのは本当に付き合っとるんか? 受験生、隅に置けんなー」
 
「いや、違う、違うけど、聞きたいことがあるから!」
 
あんまり、ぐいぐい、行くなよー、受験生なんだから、というオーナーの一言にうっせー、と言いたかったけど、今は、優希を探す方が先だ。
 
どうしても、あの話を聞かなければ、俺の夏期講習が全部記憶喪失になっちまう!
 
店の往復は10分ほどだったけれど、だいぶ人影が少なくなった。遠くでテントを張っているあたりからは、BBQでもしているのか、白い煙が上がっている。
 
大きな犬を連れた優希を、案外簡単に見つけることができた。ゴミを拾っているから動きはゆっくりだ。
 
「金井さん!」
 
「あ、タカギ、朝ぶり」
 
優希は、いつもの淡々とした受け答えでそう答えると、再びゴミを拾い始めた。横で、ルナも光ったものを集めて、ワンと吠えた。
 
「ねえ、金井さん、朝のフェリーのことなんだけど」
 
「うん」
 
「あれ、どうして笑ったの?」
 
拾ってきたルナのゴミを袋に入れて、ルナありがとう、とつぶやきながらコチラを見る。
 
「それは……言わない」
 
「どうしてだよ? もう、こっちに戻らないってことだろ? 島から出るのが嬉しいのかよ?!」
 
落ち着け、俺……そうは言ってもつい、優希を責めるような口調になってしまう。そういうわけではないよ、と優希は言った。
 
「あのね、うち、ずっとお父さんと別々に住んでいるの」
 
「え、そうなの? 初めて聞いたけど」
 
「初めて、話したよ。だって、別に私のことなんか、興味ないでしょう? 誰にも話したこと、なかったもの。おばあちゃんの介護で、私とお母さんだけ、おばあちゃんの家に小4の時から住んでいるの。お父さんは、港から車で20分くらいのところに住んでいる」
 
それから、小学生の時にはまだ料理がおぼつかなかったから、転校して島に来たこと、でも高校生になったら、お父さんと住んだ方がなにかと便利だから、今一生懸命家事を習っているんだ、と優希は続けた。
 
「つまらないこと話しちゃって、ゴメンね」
 
「いや、つまらないとか興味ないとかさ、さっきからなんで、俺の気持ちを金井さんが決めるんだよ!」
 
「え、なんで怒っているの?」
 
「知らねえよ!」
 
優希がきょとんとするのも無理はない。自分でもなんでこんなに腹が立つのかわからなかった。イライラと砂浜を蹴飛ばした。砂とゴミがいっぺんに目に入る。
 
「痛てぇ」
 
「大丈夫?」
 
「金井さんも、俺のことなんか、興味ないんだろ?! ほっといてくれよ!」
 
ゴミ袋と掃除道具を抱えて走り出した。背中にルナのくぅーんという声が聞こえる。その鳴き声が風に流されて消えていく。
 
水場で目に勢いよく水をかける。目から涙が出てきた。
薄暗くなってきた海岸線がぼんやりとかすんだ。

 

 

 

島に戻るフェリーの舳先の椅子に一人で座っていた。
夏期講習が終わっても、受験生に本当の意味で夏休みはない。それでも、明日からの休みは嬉しいはずだった。
 
なのに、気分が浮かない。先週、優希の隣に座った時の自分の気持ちが思い出せなかった。
 
「くそっ」
 
甲板を蹴ると、ガッと金属音がむなしく響いた。
 
島について、自転車で降りていくと、おばちゃんが回数券を回収しながら、
 
「今日は、暑いのう、おつかれさんだなー」
 
と声をかけてくれた。
 
改札を抜けて、自転車にまたがると、少し離れたところからワンっという大きな声がした。
 
待合所のベンチに、優希がいた。
 
いつもに比べてだいぶ元気がなさそうだった。いつもは視線も表情も動かないのに、今日は、すこし俯いて、なんだか泣きそうな顔をしている。
 
そのまま、黙って通り過ぎようかとも思った、でも、自転車をゆっくりと降りた。
 
「金井さん、誰か、待っているの?」
 
「タカギのこと待ってた」
 
「ちょっとまって、いつから?! そのベンチに座って待ってて」
 
慌てて、自販機で飲み物を買う。なんなんだ、一体。そうは思いつつも、口元がゆるむ。奥歯を噛んで、ぶっきらぼうに2本のボトルを差し出した。
 
「どっちか好きな方を選んで」
 
優希は水を手に取った。暑かったのだろう、ペットボトルの水がどんどんなくなっていく。
 
「熱中症になるだろ? 何考えてるんだよ!」
 
「何にも考えられなかった。だって、タカギがなんで怒っているのかも、私がどうしてこんなに悲しいのかも全然わからなくて」
 
いつも通り、淡々とした口調ではあるけれど、あきらかに戸惑った様子の優希を初めて見た。
 
無言で港から海を眺める。波間が青くきらめいた。
 
「俺も、実際のところは、よくわからないんだ。金井さんの話を聞いた時に、つまらないとはおもわなかったし、教えてもらったのは嬉しかった。でも、聞いてもつまらないでしょと言われたのはムカついた。そんなこと思ってないのに決めつけられて腹が立った。あと、金井さんが自分のこと話すのが、つまらないことなら、俺が自分のことを話すことも金井さんにとってはつまらないのかなって思ったらますますモヤモヤする」
 
「そんなこと、ないよ……」
 
「うそつけ、昔の金井さんなら、興味ないじゃん」
 
優希はバツが悪そうにうなずいた。
 
「うん、なかったと思う。今でも、人の話には興味がない。でもね、タカギの話は別だよ。タカギの狙っている高校とかどこなのかな、とか聞きたいし、できたら一緒だったらいいな、とか思うし。あと、あのとき……島をでるかもしれない、って言った時に、あっそう、って流されるかなと思っていたから……すごく嬉しかったの」
 
空になったペットボトルを握りしめる優希を見下ろしていた。
 
「私が、ギザギザに見えた景色を、タカギがキラキラっていっていたでしょ。タカギと私は同じ景色を見ても、きっと見ているものも、囲まれている仲間も違って、全然違うところを歩いているじゃない。出会った時もそうで、私がただ黙々としていた海岸清掃を、タカギが面白いって言ってくれて、今では本当に面白くなったから、私……」
 
また、タカギと、同じ景色を見たいと思うの、沢山。
 
そう言った優希はこちらを見てくれなかった。
優希の隣にゆっくりと座る。右肩に緊張の気配を感じたけれど、何も言われない。フェリーのベンチで座った時よりも体温が近かった。
 
山ちゃん、やっぱり、俺、金井さんのことが好きらしい。
 
いつまでも、二人で海を眺めていた。
この景色を、彼女なら、何と表現するんだろうか?
キラキラかギザギザか。
 
どちらでも、二人で見られるのなら、きっと大した違いじゃない。
 
熱い風がゆっくりと吹いていった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

2022年は“背中を押す人”やっています。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season総合優勝。

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2022-08-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.181

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