週刊READING LIFE Vol,94

刻み込む言葉たち《週刊READING LIFE Vol,94 コミュニケーションは○○が肝心》


記事:菅恒弘(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あのぁ……、いえ、すみません」
 
なかなかうまく会話に入れない。そんな経験をずいぶんとしてきた。
 
特に大勢で話しているような場面では、うまくタイミングを見て会話に入るということが苦手。特にお酒が入る場では、お酒が飲めないこともあって、その場のノリについていけない。そうなると会話に入ろうとしても、その場の雰囲気やノリに合わずにうまく入れない。そういう経験を繰り返してしまうと、普段でも会話に入ることを妙に意識してしまう。すると妙な緊張感が出てしまい、さらにうまくいかなくなる。そんな負の連鎖にはまり込んでしまっている。
場数を踏むことで改善されてきてはいるものの、心のどこかに苦手意識は残ってしまっている。
 
少しずつ改善された苦手意識を、最近改めて感じさせる場面が増えてきている。
それは最近増えてきたリモートでの会議や飲み会。
会議の中で発言するタイミングだったり、飲み会で会話に入ったり。そういったことがリモートではさらに難しい。会議の場で発言したものの議論が進まなかったり、飲み会の場で発言したら、ちょっと会話の流れが悪くなってしまったり。
そんな経験は1度や2度ではない。気にしすぎなのかもしれないけれど、どうしてもそういったことを敏感に感じてしまう。
 
リアルの場の飲み会であれば、隣の人とコソコソと話したり、話しやすい少人数のグループに分かれたりということも可能だけれど、リモート飲み会ではそうはいかない。そういった逃げ場がない。気がつくとすっかり会話に入って行けずに、ひたすら愛想笑いをしているといったことも。そのうちに、そんな状況にいたたまれなくなってしまって、「ちょっとトイレに」「飲み物がなくなったので」といった雰囲気をだしながらパソコンの前から席を外すという逃亡をはかることもしばしば。リモートだからこそ自由になったはずなのに、また違った難しさを感じてしまっている。
 
リモートでの難しさは、きっとこれまでのリアルの場の会議や飲み会の場では感じ取ることができてきた、その場の雰囲気や参加している人たちの熱量を感じることできなくなったから。会話に入ることが苦手だった私は、苦手でない人以上にその場の雰囲気や参加者の熱量といった、画面越しには伝わらないものを頼りにしていたのだろう。もちろん、経験を積むことによる「慣れ」もあるのかもしれないけれど、それまでには時間がかかりそうだ。
 
大勢の中でのコミュニケーションには苦手意識があるものの、対個人でのコミュニケーションはちょっと違った感覚を持っている。もともと人見知りがあって苦手意識があったものの、あることをきっかけに対個人のコミュニケーションの面白さと奥深さを気づかされることになった。
 
そのきっかけは、取材を経験したこと。
地域や社会的な課題の解決に取り組む社会起業家や地域の活性化に取り組む人たちを支援する団体を社会人仲間と運営している。その活動を通じて、そんな人たちの取り組みを知っていく中で、そんな活動があることを、そしてその活動に取り組んでいる人たちの思いを、より多くの人たちに知ってもらいたいという思いが強まってきた。
 
そこで社会起業家や地域活性化に取り組む人たちをゲストに迎えたトークイベントを開催したりもしたのが、どうしても参加できる人数は限られてしまう。
そこで他に手はないかと考えたのが、取材記事を書いてネットで公開すること。といっても、団体内には取材経験のあるメンバーはおらず、もちろん取材記事の書き方も誰も知らない。ノウハウ本を飲んだり、講座に参加したりしたものの、なかなか取材するということのイメージが掴めず、とりあえず実践あるのみということで始めてみることに。
 
それから10件ほど取材をし、取材記事は書いているものの、もちろんそう簡単にかけるものではない。そして何より苦労したのが、人見知りで普段でも会話を続けることに苦労しているのに、初対面の人にも話を聞くということ。
ただ、実際に取材を初めてみると、そんな心配は必要なかった。実際に話を聞き始めると、もっと聞きたい、もっと知りたいということが出てきて、気がつけばどんどん会話が続いていくのだ。
 
そして、そんな取材を通じて、これまでにない経験をすることができた。
それは、心に刻みつけられるような言葉を受け取ることができたこと。
社会起業家や地域活性化に取り組む人たちから発せられる言葉には、思いや願い、事業や活動への情熱、そして未来へ向けたパワーがこもっている。そんな言葉が目の前で発せられ、それを単なる音として聞くのではなく、その言葉に込められたパワーとして受け止める。本を読んだり、講演会を聞いたりといった場では感じられないような、そんな言葉の力を間近に感じることができたのだ。
 
この経験は、それまでコミュニケーションにどこか苦手意識を持っていた私にとって刺激的な経験だった。苦手意識を持っていたことで、どこかで誰かと話す時に壁を作ってしまい、そんな相手の気持ちや思いを感じられるほどの言葉を聞くことができていなかったのかもしれない。
それが取材という形をとることで、相手の力がこもった言葉に触発されるようにして自分自身も熱くなり、思いがけないような言葉たちに出会うことができたのではないだろうか。
取材時間は、1時間半から2時間程度としているが、いつもあっという間に過ぎ去ってしまう。そして、取材後には大きな疲労感。ただその疲労感は、ダラダラと愚痴や噂話ばかりの飲み会後の疲労感とは全く違った、どこか清々しさを感じる疲労感だ。
 
この取材の経験から、普通のコミュニケーションにもちょっと変化が現れてきた。
今まで気にしなかったような相手の言葉にも、「あれ、何でそんなふうに感じたんだろう?」と疑問をもったり、「ん? 今の言葉では語り切れていない何かがあるな」と感じたり。そういった疑問や関心を持つことで、いつの間にか普段のコミュニケーションも、以前に比べて苦手意識が薄くなり、ぎこちなさがなくなってきたように感じる。
 
そして、取材を通じて改めて感じたことは、コミュニケーションの力について。
コミュニケーションは、言葉で意思疎通することを通じて、お互いを理解すること。
それぞれが発する言葉1つ1つで、相手がどう考え、どう感じるかといった、相手に対するイメージを作り上げていく。自分の発する言葉の1つ1つは、相手の心の中にある自分の像(イメージ)を作り上げていくノミの一打ち一打ちのようなもの。
 
時間をかけて少しずつ作り上げていく場合もあれば、ある一言が大きな一打ちになって大きな印象を残したりすることもあれば、何気ない一言が思いもよらない一打ちになって、それまでの像(イメージ)が大きく変わってしまうことも。
その一打ちは言葉に込められた力によっても大きく変わってくる。
何気なく聞き流している言葉では、心に刻み付けられるようなことはなくても、取材を通じて出会った社会起業家や地域活性化に取り組む人たちの思いや願い、情熱がこもった力強い言葉は、多くのものを心に刻み込んでいったのだ。
そうやって、言葉を通じて、ある人の思いや願い、情熱は誰かの心に火を付けたり、心に残り続けたりするんだろう。そんな言葉のやり取りであるコミュニケーションには、本当に大きな力が宿っている。
 
そんなコミュニケーションでは、目の前にいない誰かのことも、深く心に刻み付けることがある。
 
数年前、母方の祖母が亡くなった時のこと。
 
四十九日の法要が終わり、お坊さんが帰った後、
「集まった人たちで亡くなった人のことを話すのは、何よりの供養になるんだよ」
と母が言った。
 
その言葉を聞いて、祖母について知っていること、そして祖母と一緒に過ごした記憶も本当に少ないことに気がついた。
 
亡くなってからの慌ただしい日々が続き、祖母のことをゆっくりと話す機会もなかった。
そもそも祖母は遠方に住んでいたため、ほとんど一緒に過ごすことはなかった。亡くなるまでの数年間、母が実家に呼び寄せるまでは数年に1度会う程度。祖母が実家に来てからも、会うのは年に数回程度といったところだった。
 
そんな限られた祖母との記憶で印象に残っているのは、小学生だった時、大阪に住んでいた祖母を訪ねた時のこと。
甲子園球場に高校野球を見に行ったのだが、とにかく暑くて早く帰りたかった。良かれと思って連れてきてくれた祖母の思いも知らず、「早く帰りたい」と言い出し、試合もソコソコに連れて帰ってもらった。そんな思い出さえも、祖母と過ごした記憶というよりも、甲子園の夏の暑さが鮮明に記憶されてしまっている。
 
そこで、古いアルバムを引っ張り出してきて、祖母のことをあれこれと話すことに。
祖母の結婚した経緯や若くして大きな病気をしたこと。
長年働きながら、趣味の三味線を楽しんでいたこと。
社交的で多くの友人がいたこと。
お酒が好きで、毎晩ビールで晩酌していたこと。
 
そんな話を聞きながら、祖母の新たな一面を知ったり、「あ、やっぱり血が繋がっているんだな」と思えるような発見があったり。そんな話を祖母と直接できなかったことを後悔しながらも、改めて祖母のことを知ることができたことは単純に嬉しかった。
そんな話しながら、祖母のことを近くに感じ、その存在を記憶にとどめる、そんな貴重な体験となった。
 
そうやって、ここにはいない誰かのことも、コミュニケーションを通じて、また他の誰かの心に刻み込まれていく。歴史的な偉人のように、語り継がれるような存在ではなくても、その人のストーリーはコミュニケーションを通じて、家族や友人、知人の記憶の中で生き続けることになるんだろうと思う。
 
どうしても長年慣れ親しんだリアルの場でのコミュニケーションでしか、そのコミュニケーションが持つ力を感じることができないけれど、言葉が持つ力というのは、リモートでも十分に伝わるんだろうと思う。結局は慣れの問題で、「リモートコミュニケーションネイティブ」と呼ばれるような世代が現れたとしたら、そこには対面とリモートには大きな違いはなくなっているのかもしれない。
 
とはいえ、現状では、まだまだリモートとリアルの場によるコミュニケーションには、やはり何か違いを感じてしまう。ある人は「リモートによるコミュニケーションは、関係を維持することはできるが、関係を深めることはできない」と言っていた。少なくとも自分にとってはそういうことなんだろうと思ってしまう。
便利さを手に入れる一方で、そこには失われているものもある。そんなことを意識して、どうコミュニケーションをとっていくかを考えることが大切なのかもしれない。
 
ただ、どんなコミュニケーションの方法であっても、コミュニケーションの持つ力、言葉の持つ力を忘れないこと。
誰かの思いや願い、情熱のこもった力のある言葉で勇気づけられたり、誰かの何気ない言葉で悲しくなったり。一方で、自分の発する言葉で、誰かが喜んでくれたり、もしかしたら傷つけてしまったり。
 
そんな風に、言葉の1つ1つは、誰かの心に刻み込むノミの一打ち、一打ちなのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
菅恒弘(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県北九州市出身。
地方自治体の職員とNPOや社会起業家を応援する社会人集団の代表という2足のわらじを履く。ライティングに出会い、その奥深さを実感し、3足目のわらじを目指して悪戦苦闘中。そんなわらじ好きを許してくれる妻に感謝しながら日々を送る。
趣味はマラソンとトレイルランニング。

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2020-08-31 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,94

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