あなたの素顔、占いカウンセリングでお教えします《週刊READING LIFE vol,98「 私の仮面」》
記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「あの番組見た?」
「見ました、今回もかなりおもしろかったですよね!」
「え、なになに、何の話?」
「見たほうがいいですよ!」
最近弊社では、よくこの会話が飛びかう。
何でも占いの番組が巷で人気らしい。著名な占い師が出演、道行く一般人や、俳優などを占うのだという。私も一度だけ、拝見したことがある。占星術などのさまざまな占いのエキスパートが、相手の過去をズバリ的中、時には未来の出来事まで予想するのだ。
「占いの番組見たら、占ってもらいたくなりますよね!」
弊社の女性陣たちが沸き立つ。私は、その輪を遠巻きに見つめながら、なるほどと一人うなづく。
「このご時世だもんな。みんな見失っちゃってもしょうがないか」
占いが流行る時。それは、世界の情勢が良くも悪くも変化している時だ。そうすると、ある物が見えなくなってしまう。
人々はそれに、なんとなく気が付き、それを探すために、占い師に会いに行くのだ。
それは、未来でも過去でもない。近すぎて見えない大切なものだ。
なぜ、私がそんなことを分析できるのか。
私自身、過去に同じように見失った当人であり、占い師だからだ。
数年前、私は途方にくれていた。
様々な不運なことがらが重なり、突然の無職、療養もするようにと医者から言われてしまったのだった。先行き不安で堪らず、脚が震え、めまいがする。でも、どうすることもできない。淀んだ目で、ふらふらと商店街の道を歩いていた。
ふと、視界にきらびやかな物がチラッと見えた。
商店街の奥、ガラス張りの小さな店。立ち止まってよく見ると、店中には、大きな丸い水晶、紫色の大きな原石、さまざまな宝石がケースに並んでいるのが見えた。
「パワーストーン屋さんか。こんな所にもあるんだ」
当時、スピリチュアルブーム真っ盛り。道行く老若男女は、手首にさまざまな石を飾った数珠のような天然石ブレスレットを当たり前のようにしていた。石には、それぞれ意味がある。金運、恋愛運、健康運など、自分の上昇させて欲しい効能の石を当てはめオーダーメイドしてくれる店が、多くあった。
時間だけはあるから、ちょっとのぞいて見ようか?
自分で、少し驚いてしまった。普段警戒心の強い気質の私は、怪しい店には入らないし、流行り物も好きではない。でもなぜだかその時は、吸い込まれるように店の扉を開けてしまったのだ。
「こ、こんにちは」
「いらっしゃい」
キラキラ眩しい、店内の奥。上品な出で立ちのマダムが座っていた。両腕には、たくさんのパワーストーンブレスレットが飾られている。
この人、ジブリ映画に出てくる魔女か、宝石の精霊みたいだな。
凝視してくる不躾な私の視線を気にせず、彼女はにっこりと笑う。
「あらかじめ作られた物もありますけど、オーダーメイドでも作れますからおっしゃってくださいね」
「あ、ありがとうございます」
透明なケースの中には、さまざまな色の石の玉が並んでいる。何を基準に選んだら良いかわからず、また途方にくれてしまう。
「よかったら、あなたに合う石を占いましょうか?」
「占いでわかるんですか?」
「あなたに必要な要素や、色を占いで導き出すことができますよ。お時間あります?」
彼女の笑顔の圧におされ、私はついうなづいてしまった。
まぁ、高価な物を売りつけらそうになっても、払えるお金がそもそもないし。今の私には、失うものがないから、いっか。
自暴自棄の気持ちを抱えたまま、私は彼女の向かいの席に腰掛けた。
彼女は、とある二種類の占いを私に行った。水晶などの道具は使わず、生年月日を伝えただけ。その数字をなにやら計算している。紙から視線を上げ、彼女が私の顔を見つめる。
「あなた完璧主義でしょう。負けん気が強くて、一度決めたら曲げられない意思の強さがある。それで、つらい思いをしてきたんじゃない?」
「え?」
私は、目を見開いた。すべて当たっていた。他にも、さまざまなことを言い当てられる。家族関係のこと、仕事のこと色んなことが浮き彫りになる。
「それに、二重人格って言われることない?」
「い、言われます!」
そう、私は家に引きこもるような内向的な時と、外に飛び出しさまざまなおもしろいことに首を突っ込みたくなる外交的な気質の二面性を持っている。対面する相手に合わせて使い分けることができる場合もあれば、衝動を抑えられない時がある。自分で自分がわからない。コントロールできずに、相手以上に、自分自身が困惑していた。
「あなたはね、仕事の時、内向的な気質でいってたの。だから、ささいな事でも傷ついて苦しんでいた。外交的気質で笑い飛ばして、受け流しておけばよかったのよ」
「そう、だったんですか」
私は、脱力して椅子の背に背中を預けた。何が苦しかったのか、他人の口から聞いてやっと気がついた。私が一番不安だったのは、自分への理解が不透明だったことだったのだ。
私は、私がどういう人間だったのか知らずに生きていた。
毎朝鏡で、自分を見ていた気になっていたけれど、そうではなかった。写っていたのは、素顔の私ではなく、仮面をかぶった得体の知れない人物。
忙しさにかまけて、さまざまなことをないがしろにしていた。
周囲に認めてもらえる人間を演じる内、仮面が脱げなくなって、自分自身を見失っていたのだ。
どういうことが得意で苦手なのか。
何がしたかったのか。
改めて、考えなければいけない時が来たのだ。
ふわふわと不安定だった、両足がストンと、地についた心地だった。
マダムが、紙にグラフを書く。
「今のあなたは、丁度、運気が変わる境目にいるの。もう少し辛抱したら、それから抜け出せるわ。今は無理せず、勉強に取り組んでスキルを磨いた方が良いの」
「な、なるほど」
少し目の光が戻った私を見て、マダムが笑顔でうなづく。だが、すぐに表情を曇らせた。
「でも、あなた、未来のことばかり気にしすぎてるわ。今をきちんと見つめないと。ねぇ、占いを教えるから、覚えてみない?」
「え!?」
突然の提案に、私は目を丸くする。ニッコリとマダムは微笑んだ。
「自分のことを深く知るきっかけにもなるし。あなたは、占いを使って他の人を助けてあげられるようになる素質があるわ。大丈夫、あなたにならできるわ!」
私は驚きにしばらく固まってしまった。だが、あまりにもきっぱりと彼女が言うのが、なんだかおかしくなってきて、広角をじわじわと上げてしまう。
これも、運命かも知れない。
「はい、ぜひ。よろしくお願いします!」
こうして私は、天然石のブレスレット一本を対価に、占い師の弟子になってしまった。
半年ほど、彼女に占いのメソッドを学んだ。購入したブレスレットもリーズナブルで、他の商品を薦められることも、受講費を請求されることもなかった。ただ、一週間に一度、数時間だけ、彼女とお茶をしながら、さまざまなことを話した。
私が、占いの基本技術と、再就職のための技術を職業訓練所で学び終える頃、彼女は店を閉じると言い出した。
「他にしたいことがあって。次は、それにチャレンジするわ。人生楽しまないと」
驚く私に、マダムは朗らかに笑って返した。
そして、彼女はあの商店街からいなくなってしまった。
まるで、私の役目は終わった、とでも言うように。
あれから数年がたった。私は、その後、別の占い師にも、ある占いの技術も教わった。現在、4種類ほどの占いをすることができる。
だが、プロの占い師にはならなかった。新しく目指したい道が見つかり、占いは特技・趣味として今も勉強を続けている。表立っては言わず、ふとした話の流れで伝え、望まれれば力を貸すことにしている。
師が、私を助けたように、今度は私がだれかのためになる番だと思っているから。
占い、と聞くと何か怪しげな宗教や魔術のように思われる場合が多いだろう。私が、習得した占いは、おおまかに分けて、二分類。統計学と、心理学だ。
先人たちが、集結した膨大な人間の気質などのデータから、その人がどのカテゴリーに当てはまるかを選定する。それを、番号や、星座などさまざまなモチーフで表す。
とある心理学では、人の深層心理は、氷山や大木に例えられる。天に向かって伸ばされた自意識の枝。その下、地中深くにおろされた木の根は、個人から他者へと繋がっている。自分の意識が他者と繋がる宇宙のような無意識の世界が見えないところで広がっている。
占いというのは、総合的に見て一つの学問だとも言える。
私は、まず統計学を軸とした占いで相手の性質を探り当てる。そして、心理学などを軸とした占いでその人の過去~未来を見て、相手の求めるものへと導くためのキーワードを伝えている。
そこにプラスして、私の特質を使っている。私は、HSP(高感受性・敏感気質)なのであると最近わかった。この気質の人間の多くは、五感が鋭く、その場の空気や他人の機微に非常に敏い。なので、実は、相手に会って10分も話せば、私の中のデータベースと照合し、その人がどの分類の人間であるのか検討がついている。念の為の答え合わせとして、統計学を軸にした占いも使っている。現代的第六感、スピリチュアル能力と言えるかもしれない。
さて、準備段階を経て、相手とより深く話をする。クライアントの多くは、女性、そして恋愛について悩んでいるケースが多い。デリケートな話題なので、本当に質問したいことを、はじめから話してくれることはまずない。少しずつ、相手の緊張をほぐしつつ、要望に沿ったアドバイスを行う。
「今、気になる男性がいて。告白されたんですが、受けてもいいものかと考えています」
「わかりました、Aさんと、その彼の生年月日を」
占った結果は、クライアントのために、嘘をつかず、ありのままを伝えるようにしている
「彼は、Aさん以外に気になる女性がいるようです」
サッと彼女の顔色が変わった。
「実は、彼は同棲中の彼女がいて。別れてから付き合おうと言ってくれています」
「そうですか。Aさんは、彼に何を求めていますか?」
そう尋ねると、少し間を置いて、最終的には彼と結婚も考えたいのだという。Aさんは安定した、平穏な未来を彼に求めていた。だが、占いで見る限り、穏やかな気質のAさんと彼の気質は正反対。友達として側にいる分は、刺激的で楽しくても、家庭を持つと考えると、Aさんは多方面において振り回されることになるだろう。
そして、彼女と別れ、Aさんと付き合うと言った彼。どうも、再犯の予感がしてならない。
私が占いで出したAさんと彼の気質を、細かくヒアリングして照合する。ほぼずれはなかった。彼女のこれからを見る。
「焦って付き合わなくても大丈夫です。あなたの周りに、手助けしてくれる人が複数人現れます。それが新たな出会いに繋がります。どういった方が現れるか、キーワードをお伝えします。どうか、その方を見逃さないために注意深く観察してください」
「わかりました!」
占いが終わる頃には、彼女は晴れやかな表情になっていた。お礼を言って去っていく彼女は、はじめの緊張していた暗い顔が嘘のようだ。
この一連の流れを見て、「え、占いをしなくても、普通に相談しただけでもアドバイスできることの方が多いのでは?」と思う方もいるのだろう。
確かに一理あり。
私が、重要視したいのは、「自己の再認識」と「他人からの客観的な判断」を得られることだと思っている。
家族や親しい友人が相手だからこそ、言えない悩みがあるのだ。それを私は、赤の他人として、クライアントの現在の情報を分析し、客観的なアドバイスを伝える。
そして、占いというツールを使い、彼女たちの無意識にかぶっている仮面の下を、そっと教えてあげて、己がどういう気質の人間なのか、何を求めているのか、足元を確かにしてもらうこと。それだけで、救われることも多いのだと私は信じている。
占い師というのは、「街角心理カウンセラー」である、というのが私の認識だ。
肩肘張らず、ふらりと来て、悩みを打ち明けてくれたらいいのだ。
世情が不安定だと、心の中が不安で一杯になる。未来のことばかり心配で立ちすくむこともある。
そんな時は、まず、自分の足元を見て欲しい。なぜ、そうなりたいのか。それを目指すためには、何が必要で、何を鍛錬していけばいいのか。
自分の心に問いかけて、見直して欲しい。
親しい人、プロの心理カウンセラーの意見をかりてみるといい。もっと深く知りたいなら、占い師という手もある。
占いをする時、私は必ず同じことをクライアントに語りかける。
一つ、占ったあなたの守秘義務を守ること
二つ、他者の不幸を願うことはアドバイスをしない。あなたの幸せへ繋がる前向きなアドバイスしかできないこと
三つ、生死にかかわることは占えないこと
そして、四つ目。これは、占いの後にも必ず言うことにしている。
私は、彼女たちの目をじっと見つめ、やさしく語りかける。
「私は、占いを媒介にして、あなたのためだけのアドバイスをお教えしました。ですが、必ずしも結果に、あなたが従う必要はありません。占いに依存しなくていいんです。運命というのは、変化していきます」
最終判断は、あなたの意思で決めてください。
変わりたいと願うあなたなら大丈夫。あなたの幸せを心からお祈りしています。
そう言って私は、女性たちの凛と伸びた背中を、笑顔で見送っている。
□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
福岡県出身。アルバイト時代を含め様々な職業経験を経てフォトライターに至る。カメラ、ドイツ語、占い、茶道、銀細工インストラクターなどの多彩な特技・資格を修得。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動している。
この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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