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READING LIFE ver.20220208 読書特集号PROTOTYPE版

あなたの周りにいる「ウンチク王」に起きている“機能不全”とは?


 


記事:三浦崇典
   (天狼院読書クラブ/TENRO-IN BOOK CLUB グランドマスター)




「こんなに本を読んで、知識があるのに、なんでこの人、つまらないんだろう」

 とある職場で、とある飲み会で、とあるコミュニティで、ある人に対して、このように感じたことがあるのではないでしょうか。
 あるいは、逆に、自分がせっかくの知識を披瀝しているのに、その場が段々白けて行くのを感じたことがある人もいるかも知れません。

 通常、知識が多い人は、重宝がられるはずです。けれども、ある種の人々は、むしろ煙たがれる傾向にある――

 それは、はたして、なぜ起きてしまうのか?
 仮に知識が多いのに煙たがれる人を「ウンチク王」と名づけることにしましょう。

「ウンチク王」に起きていることとは、いったい、どういうことなのでしょうか?

 一方で、知識が豊富で「面白い人」と言われる人との違いは何なのでしょうか?
 答えは、意外なほどに簡単です。

「ウンチク王」と「面白い人」の読書やその他のインプットによって形成される「脳内ストック」は、“基本的には”、同様の質と量を有していると思われます。むしろ、「ウンチク王」の方が知識が濃厚である場合もあります。
 けれども、「ウンチク王」の方は、その際立った「脳内ストック」を有しながら、あまり、人生で直接的に得をしているようには見えません。むしろ、それゆえに、面倒臭がれてはいないかと心配になるほどです。

 一方で、「面白い人」は、「脳内ストック」を有益に利用して、多くの利益を得ている場合があります。コミュニケーション能力に長けるので、仕事でもプライベートでも、“モテる”場合が多い。
 つまり、両者の差は、「脳内ストック」を使いこなせるかどうかによって、顕著になります。

 「脳内ストック」を極めてアクティブに使いこなし、人生に活かすことができる人は、周りから「面白い人」として好感触を得ます。一方で、アクティブに使いこなせず、人生に活かすことができない人は、知識を羅列することに終止し、そのアウトプットを受ける側としては、それほどのメリットを感じないことになります。

 つまり、「ウンチク王」は、アウトプットに機能不全を抱えていることになります。

 相手が必要な形として、情報を加工することができれば、相手にとってもそれは有益なインプットになり、面白いと感じます。ところが、情報をほとんど加工できずにそのままアウトプットすると、相手に必要な形に、ほとんどの場合はなっていないので、相手にとっては必要なインプットにはなりえないのです。

 Netflixのドキュメンタリーに『天才の頭の中〈ビル・ゲイツを解読する〉』の中で、マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツは、自家用ジェット機で移動する際に、大きな布のトートバックを抱えている姿が描かれています。その中身は、なんと、ぎっしりに詰め込まれた本でした。
 Facebookの創業者のマーク・ザッカーバーグも読書家であることが知られています。日本でも、ライフネット生命の創業者であり、立命館アジア太平洋大学学長である出口治明さんや、SBIホールディングス総帥の北尾吉孝さんなど、名だたる方が、学者レベルの読書家であることが知られています。

 彼らの夥しいインプット量が、仕事に活きていることは、火を見るより明らかです。つまり、彼らのインプットの前提は、仕事や人生に活かすことであることがわかります。

 「面白い人」は、あくまで読書を“手段”と捉えていて、その先に“目的”がある、ということです。

 一方で、こんなに本を読んでいるのに、なんでこの人、人生ぱっとしてないんだろう、と傍目に見える人は、読書自体が“目的”化していると言ってもいいかもしれません。つまり、読書をして知識を得ることで、あるいは、娯楽として消費をすることで、もはや目的が達成しているということになります。

 ただ、僕は思うのです。無目的読書こそが、貴族の読書なのではないかと。もっとも贅沢な読書は、ただ、読書を目的として、人生に活かさないことなのではないかと。

 僕は、ケチな性分なので、徹底して読書を人生に活かしてしまわないと気が済まないのですが、無目的読書に、強い憧れを抱く場合があります。
 ビジネス書を読むと、すぐに経営に活かそう、書評に掲載しようと考えてしまいます。小説を読むと、読書会でやろう、秘本にできるのではないかと思ってしまいます。
 もっと、意味も目的もなく、読書自体を目的とするのも、悪くはないのではないかと思うのです。人のための読書ではなく、徹頭徹尾、自分のための読書をやってみたいとも思うのです。

 十年、二十年と孤独の中で誰にも理解されなかった「ウンチク王」の「脳内ストック」がついに熟成し、溢れ出して、強烈な小説やコミックとして、世の中を圧倒するのも面白いのではないでしょうか。

 つまり、「ウンチク王」も「面白い人」も、読書をしている時点で、共に正しいと僕は思うのです。また、人生に活かせなかったとしても、読書自体で尊いとも思うのです。
 熟成した「脳内ストック」を持ち、若者に理解されずに煙たがれ、こいつら若造にはわかんねえだろうなと冷笑する老人に僕はなりたい。





 


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