NHK『プロフェッショナル』中国で4万人を束ねる小売のプロ/三枝富博《READING LIFE EXTRA》
今回は、イトーヨーカドーの中国総代表である三枝富博さんの話です。
中国は、日本に遅れて経済成長したので、少し前の日本の動きをそのまま中国に適応しているのかと思って観ていたのですが、まるで違いました。
逆に日本で体験したことは、何も使えなかったと言います。
26歳のときにイトーヨーカドーに就職。証券会社の営業マンからの転職。
「中国に出店するにあたり、大馬鹿者がほしい」
ということで、当時日本で名の知れていたバイヤーだった三枝さんに白羽の矢が立ったわけですが、意気揚々と中国に乗り込んだものの、中国ではイトーヨーカドーの知名度はほとんどなく、仕入先には取引したくないと言われ、従業員にはお辞儀をしたくない、頭を下げてまで買ってもらいたくない、と言われて悪戦苦闘します。
オープン1年後の決算は大赤字。
そこで三枝さんは、日本流でやっていては埒があかないということに気づき、どうすれば、中国で必要とされるのかを真剣に考えるようになります。
中国の成都という街から、ひとつの問いが突きつけられているように感じました。
「この街でいきる、その覚悟はあるのか?」
その問いに応えるべく、三枝さんは、街を自転車で回り、地元の家を訪ね、地域住民の生活を徹底的に調べました。
7年かけて調べあげた件数は、実に1000件。
そうした努力が実を結び、ようやく店が黒字になった、2008年5月12日、四川大地震が発生しました。
9万人が亡くなる未曾有の大災害でした。
そのとき、店舗にあって避難の陣頭指揮を採ったのは三枝さんでした。
「街のために、明日からも店を開けよう」
復旧作業も大変でしたが、そう決意し、必要な水と食料をいつもどおりの値段で販売した。
店員に不満がないわけではありませんでしたが、三枝さん本人が商品を懸命に運ぶのを見て、店員も働くようになりました。
この時、三枝さんはようやく街の一員になれたような気がしたと言います。
こうして、成都は、日本を含めたすべてのイトーヨーカドーの中で、ナンバーワンの売上を誇るまでになり、毎日常連客が行列を作るようになりました。
三年前のデモの際には、投石などもあったのですが、翌日にはお客さんが気て、一輪の花を渡してくれました。
「私はあなたを支持している」
反日という「空気」が醸成されている中で、それはとても勇気がいることでした。
去年の最大級の反日デモから売上が落ちていますが、それでも工夫を続け、社員の心に火をつけながら、三枝さんは今日も陣頭指揮をしています。
三枝さんは、客の好みの変化を読み取る天才です。徹底的な調査に基づく売り場展開の提案は、現地の中国人スタッフよりも中国人に適ったものでした。
三枝さんは、取材中、こう言います。
「脱皮できぬ蛇は、死ぬ」
経営の責任はそこにある。
競争を生き残るためには自ら脱皮することが絶対の条件だと。
社員の教育についても戦略的でした。
サービスという概念がほとんどない中国においては販売員が笑顔を見せることはなかったのですが、三枝さんは、16年かけて従業員が自ら考えるように育ててきました。
駐車場待ちのお客様に飴を配る、宅配サービスするなど、社員のアイデアが店のサービスを徐々に支えるようになってきました。
その結果、この店の店員たちにはライバル店から数倍の給料で引き抜きが来るようになりました。
まだ、工夫できると伝え、求めるハードルを上げ続けることも心がけています。
「心に、火をつける」
「リーダーが黙っていて、以心伝心だなんてないですよ。つねに訴えていくことが重要」と三枝さんは言うように、常に、何度でもスタッフに伝え続けます。
また、一方で、目標を高くする代わりに、現場に大きな権限を与えています。中国人スタッフに値段や陳列などを任せているのです。
自分たちが主役だと感じてもらうために、あらゆる仕掛けを考えます。
やはり、異国において、言葉の通じないスタッフを束ねることは、とても難しいことです。
けれども、これはもしかして、日本においても同じなのかも知れません。
通じていると思っていても、全く通じていなかったということが多くあるはずです。
これは部下を教育していく上で、必要なことなのだろうと思います。
それが結果的には店の売上につながっていくのでしょう。
天狼院書店においても、スタッフには大きな権限を与えようと考えております。
それが、結果的に、お客様のためになり、ひいては天狼院のためになるだろうと思うからです。
今日のプロフェッショナルも、大変、勉強になりました。