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Web雑誌『READING LIFE』

私たちはなぜ本を読まなくなってしまったのか?~読書促進ポスターで読書習慣は身に付かない~《雑誌編集部:加藤ユカロニさんのエッセイ》


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*この記事は天狼院のお客様、加藤ユカロニさんに書いて頂きました。

大鳥神社から都電荒川線沿いに天狼院書店に向かう途中の緩やかな坂。建設途中の豊島区役所がそびえる空や、空き地の砂利などの何気ない景色を見ていると、ぽつりぽつりといろんなことを思い出す。大鳥神社からお店までは五分ほど。連れがいるわけでもない。ほんの短い一人の時間。坂を登りながら、ここ最近の私は、アメリカで過ごした大学時代と現在を比べていることが多い。

大学時代、私は本を読まない学生だった。本を読むのは嫌いではなかったが、学業や生活で手一杯だったために、教科書や課題本以外をあえて読もうとは思えなかった。加えてマンガも限られたものしか読めなかったので、一年のうちに読む本の量はかなり限られていたし、気がつくと一年近く本を読んでいないということもしょっちゅうあった。本を読むといえば夏休みか、だれかに勧められた時くらい。だが、そんな私は図書館でアルバイトをしていた。

図書館が好きだったのだ。本は読まかったが、勉強は好きだった。だからひまさえあれば大学の図書館に向かった。そうしているうちに図書館で働いていた学生と仲良くなり、その紹介で図書館に勤めることができた。カウンター業務だったので、職場の仲間とも利用者とも仲良くなり、図書館の居心地は更によくなった。しかし、館内の人の目のつく所には、“READ(本を読もう)”と書かれた、有名人が本を持っているポスターがくどいほど貼られていたので、本を読まない私はその前を通るたびに少し窮屈な感じがした。

それでも、館内にいるのは楽しかった。大量の本が所狭しと置いてあり、上からも下からも私を覗き込んでいる。本の題名が書かれたいずれの背表紙は声もなく手招きし、「早くわたしをお読みなさいな」と誘っているようだった。薄暗く広い図書館の中、天井に小さく取り付けられた橙色の白熱灯の下で、私は誘惑に負けてそっと本を手に取る。少しほこりをかぶっていたりすると、胸の奥がくすぐられる感じがした。この本に誘惑され、そのよさにここ最近で気がついたのは、私だけなのだ———。

だが、そこで私はふっと我に返る。今は業務中だったのだ。今は試験勉強中だったのだ。今は今日の授業の復習と、明日の予習と、論文を書いている最中だったのだ。私はあわてて元いた場所に戻る。横目で“READ”と書かれたポスターを見ながら。

“READ”ポスターは人目を引くのに十分すぎる人物を毎回起用していたし、そのため頭に残ることも多かった。オーランド・ブルームや、ハリー・ポッターの作者のJ.K.ローリング、ヨーダ、ウィアード・アル・ヤンコヴィックまで……。だが、いくら自分が好きな人物から読書を促されても、私に本を読む習慣はつかなかった。それはたぶん、読書は一人で行うものだと思っていたからだろう。本を読むことそのものは一人で行うものだが、その感想を述べ、吟味し、作品と自分の関係を深めて立体化するのは、本音で話せる人たちとの交流と、それによる思想や感情の共有である。読書は一人で行うものではない。

それがわからなかったために、私に読書の習慣は身につかなかった。一人で読むと世界や知識は自分の中で止まってしまった。逆に言うと、授業のために読んだ教科書や課題本は一生懸命になって読んだ。もちろん、成績に関わるのでそのぶん一生懸命だったのもあるが、私の大学の教員は趣味がよく、課題本は総じてかなりおもしろかった。課題本から得られた多大な高揚感を教員や友人と話すことで発散し、それによってほかの人たちから多角的な視野を得られることは、自分の脳をくすぐられるようなおもしろさがあった。

同じことが“READ”ポスターにも言えるだろう。いくらポスターで促され、あこがれの人を真似て本を読んでも、ポスターは何も語ってくれない。その先に広がらないから、次もなく、読書が習慣付かない。あのポスターでどのくらいの人たちが本を読むようになるのかといえば、ごく限られた数しか期待できないのではないだろうか。ポスターは一方的な呼びかけにしかすぎず、交流ではないからだ。また、周りが本を読まなければ、同じ立ち位置での交流もできないため、さらに読書の習慣づけは難しくなってくる。社会環境等の変化もあるが、一方的な呼びかけしかできないことと語らいの場が減ったことが、昔に比べて、年齢や学歴の割に本を読まない人が多くなった原因のひとつではないだろうか。

「そう思うと、今の私は昔と比べて明らかに読書量増えたよな」

天狼院書店に向かう道の途中、坂を登り切った現在の私は思う。読書量は、大学時代と比べると今の方がはるかに多い。それはたぶん、お店を通じて自分の世界や思想を共有できる仲間が増えたからだ。私が読書を通じて得た感情、知識、世界。それをあそこで出会った人たちに伝えると、それに反応して、今度はみんなが感想をまっすぐに伝えてくれる。同じ熱量で同じだけ裸だから、伝え甲斐がある。私が突拍子もないことや偏ったことを伝えても、それを「矯正」しようとするのではなく、それによって得られた個々人の意見をそのまま伝えてくれる。そして、どうしてそういう考えになったのか、どこからその知識得たかも教えてくれる。そうすると、今度はその教えてくれた本やマンガや映画やラジオに関心を持ち始め、自分の世界はさらに深く、広く、立体化していく。これが刺激的でなければなんなのであろうか。

そんなことを思っていると、天狼院書店が入っている建物に辿り着いた。私はお店へ続く階段を登る。ほんの五分ほどの短い時間だから、過去との対話はあっという間に終わってしまう。登るとすぐにお店のガラス戸が見え、そこから既に来店しているお客さんたちの頭が見えた。私に気がついた石坂君がドア越しにこちらを覗く。

「いらっしゃいませ」

今日も遅刻気味の私はコーヒーを頼み、脳がくすぐられることを期待して席に着く。

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