チーム天狼院

この街には、君がいない。《スタッフ平野の備忘録》



*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:平野謙治(チーム天狼院)

 

20時が過ぎ、店を閉めた。身支度をして、パルコを後にする。
外は、寒過ぎない程度に寒い。吐いた息が、一瞬だけ視界に写って消えていく。
……べつにそんなこと、どうだっていいけれども。

 

今日も真っ直ぐ、誰もいない家に帰るだけ。だって他に、行く場所なんてありはしない。
周りの飲食店もすべて、ウチと同じだ。20時には閉まる。家族も、恋人も、友人すらも、近くにはいない。いたとしても、会いに行ける状況じゃない。

たまに寄ったとして、スーパーや、コンビニくらい。職場と家を、往復するだけの生活。

 

「ただいま」

誰も返事をしないことなどわかっているのに、つい声を出してしまう。身体に染み付いた習慣の恐ろしさを感じながらも、上着を脱いでハンガーにかける。
お湯を沸かして、カップ麺に注ぐ。また今日も、「作業としての食事」になってしまったな。そんなことを思いつつ、左手をテレビのリモコンへと伸ばす。べつに観たい番組があるわけでもないけれども。ただ、この空白を埋めたくて電源をつける。

 

パッとつけるとそれは、ニュース番組だった。
内容は、いつもと同じ。キャスターが神妙な面持ちで、世界の現状を嘆いている。
まさかこんなことになるなんて。一年前は思いもしなかった。

「いつか終わるだろう」。
未知のウイルスを脅威に感じながらも、心のどこかではそう思っていた。
だけど気づけばもう、一年が経った。「いつか」って、いつだ? 自分の見通しの甘さに、反吐が出そうになる。

 

昨年10月に、千葉の実家を出て大阪に異動してきた。生まれて初めての、実家を出ての一人暮らし。楽しかったのは、最初だけ。今は寂しさばかりが目についてしまう。

夜、ベッドに寝転がりながら、SNSを開く。家族、親戚、友人たち……。
皆どこで、何をやっているのだろう。次会えるのは、いつなのかな。そんなことばかり、毎日考えている。

よくよく考えてみれば、頭に浮かんだ人物のほとんどが、この状況になる前から会っていなかった人ばかり。それなのに、ついつい考えてしまうのはなぜだろう。
東京にいる頃は、「会おうとすればいつでも会える」という余裕があった。それが今は、距離ができてしまった。加えて終わりの見えてこない、この状況。会うまでに、いくつものハードルができてしまった。

大切な人たちに、「もしも」のことが起きたらどうしよう。不安ばかりが、頭を埋め尽くしていく。

壁の薄いアパートでの一人暮らしは、あまりに寒くて。そっと湯たんぽに、お湯を注いだ。実家から持ってきた、ひつじを模した湯たんぽだ。

 

そんな僕の不安が、ピークになろうかという頃のことだった。
「その本」が、店舗に届いたのは。

忘れもしない。年末のことだっただろうか。
ある日出勤すると、パンパンに本のつまった、重たいダンボールがいくつも届いた。
何事だろう。不思議に思いながらも、箱を開ける。すると中には、見たことないくらい大きな本がつまっていた。
見てすぐに、直感した。ああ、そうか。これが噂の……

「……11代目秘本か」

 

そう、秘本。
秘本とは、天狼院書店の人気シリーズだ。

・タイトル秘密です。
・返品はできません。
・他の人には中身を教えないでください。

という、3つのルールで販売される書籍で、中身がわからないように真っ黒のブックカバーが予めかけてある。

中身秘密で売っているのに、どうして人気があるのか。それはこのシリーズには、信頼があるからだ。
秘本といっても、何もむやみやたらに内緒で売っているわけではない。雑誌『週刊ダイヤモンド』、『日経ビジネス』でも書評のコーナを連載している、「書評のプロ」である、店主三浦が、「これは絶対にお客様を後悔させない」と、確信した書籍だけを秘本として発売している。
歴代に発売された、10冊全てがそうだ。もちろん、この11代目もそうなのだろう。

過去出してきたすべての本が、大好評を巻き起こしていた「秘本シリーズ」。否が応でも、期待が高くなる。
……いや、それにしてもデカい。「11代目秘本はデカい」とは聞いていたが、まさかここまでとは。朝の眠気を、吹っ飛ばすほどの衝撃だった。

 

とにかく、スタッフとして読まないわけにはいかない。
早速買って、読んでみるとする。開いてみて、すぐに思った。

「こんな本、見たことがない……!」

大きさ以上の衝撃が、僕の身体を突き抜けていった。
ページをめくる。めくる。繰り返していくうちに、直感する。
そうだ。この本は。僕に「知らない世界」を、見せてくれる一冊だ。

 

いつからだろう。気づけばいつの間にか、スマホ一台でなんでも知れるような気がしていた。
でも多分、そうじゃないってことに気がついた。

ネットサーフィンには、いくらかの主体性が求められる。
オススメの情報とか、興味のある分野を上位表示してくれる優れた機能もあるけれど、ある程度は自分から情報を取りに行かないといけない。
ネット上に存在していても、一切出会わない情報も無数に存在する。それらのほとんどとは、多分これからも出会うことはないだろう。

それがどうだろう。本はまたちょっと違うんじゃないか。
なんとなく開いたページに、自分が知らないことが書いてある。そして多分、自分からは取りに行かなかったような情報が。この一冊が教えてくれなければ、死ぬまで出逢うことはなかったかもしれない知識が。11代目秘本には、これでもかというくらいにつまっている。

情報で優れているのは、ネットなのかもしれない。量も膨大だし、双方向的だし、情報も随時更新される。
だけど本には本の良さがあるなと、改めて教えられた気分だ。ペラペラとめくりながら、そんなことを思った。

 

この大きな大きな本には、たくさんの「世界」がつまっている。そのどれもが、スマートフォンでは出逢ったことのないものばかり。
世界って、本当に広いんだな。自分の単純さに呆れながらも、そんなことを思う。世界の広さに比べたら、東京と大阪の距離なんて、可愛いものだ。なんだか少しだけ笑えてきて、感じていたはずの不安が小さくなるような。そんな気がしたんだ。

読みながら、想いを馳せる。それはいつかの、平和な未来。
好きな場所に出かけることも、好きな人と会うことも、気兼ねなくできる、本来の世界。
海外旅行とか行って、知らない景色を観てみたい。大丈夫。きっとまた、そういう時代がやってくるから。
それまでの間、ひとり、この街で生きていくとする。

 

拝啓、今まで出逢えた人たちへ。
目が覚めるような活躍、太く短い生き方などは求めてはいないから。
穏やかでもいいから、どうか無事でいてくれないか。

いつかまた逢える時まで。
その日が来るまで。

この本を何回も、何回も開いて待つとする。

 

 

◽︎平野謙治(チーム天狼院)
天狼院書店「パルコ心斎橋店」副店長。
1995年生まれ25歳。千葉県出身。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
入社以来「東京天狼院」を中心に勤務。その後2020年10月に大阪心斎橋へと異動。
2019年2月開講のライティング・ゼミを受講。16週間で15作品がメディアグランプリに掲載される。
メディアグランプリ33rd Season, 34th Season総合優勝。
『なんとなく大人になってしまった、何もない僕たちへ。』など、累計4作品でメディアグランプリ週間1位を獲得。

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