私が天狼院で働くのは、就職活動中に≪川代ノート≫に出会ったから。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:鈴木萌里(チーム天狼院)
電車の中で私は、必死に眼に力を入れて我慢していた。
よく、「この本は感動しすぎて、通勤中に泣いてしまいそうだった」なんて言葉を耳にする。でも、その度に「そんなこと本当にある?」と疑っていた。「泣けるお話だった」というのをわざとらしく表現してるだけなんじゃないかって。
けれど、現にそのときの私はとある記事を読んで、文字通り「泣いてしまいそうなのを我慢していた」のである。
あまりに涙がこぼれそうだったので、スマホを持っていない左手の親指の爪を、他の4本の指の付け根に食い込ませる。グググっと。意識が眼ではなくて痛みを感じる左手に向くように。
もう、ダメ。
本当に、涙の粒がこぼれそう。
不幸なことに、乗っている電車は横座りタイプのものだった。
ああ、これが二人がけの椅子だったら、まだ良かったのに。
なんて希望を抱いた一瞬のうちに、私の目尻からそれは垂れてしまった。
せめて、見苦しいところを人に見られたくないと思い、リクルートスーツの黒い袖で右目の涙を拭う。これもあまり人に気づかれないようにそっと、そっとね。
電車は、そんな私の葛藤も知らずに、ガタンガタンっと音を立てながら突き進む。
私は、ようやく収まったかな……と黒い袖を目から離し、握りしめたスマホの画面に視線を落とした。
川代ノート。
私はこのとき、とても偶然だけれど、“それ”に出会ってしまったのである。
大阪から京都まで、電車で約一時間かけて家に帰り着き、せっせとリクルートスーツを脱いでハンガーに掛けた。
それから、布団の敷いてあるベッドにぼふんとダイブする。
大学4回生。
就職活動。
きっと誰もが通る道、通って来た道……。
そうと分かっていたが、私はどの企業を受けるにしても、あまり乗り気になれなかった。
というのも、私には小学生のときからなりたいものが決まっていたから。
私は、作家になりたい。
そう思いながら、それだけを胸に刻んで将来というものを考えていた。
しかし、だ。
「書かなきゃ」と焦りながらも、高校、大学ではそれぞれ別にやりたいこと、やらなければならないことがあった。それは、受験勉強であったり、サークル活動であったり、大学の研究であったりと様々なのだけれど。
そういった細々とした日々の雑務をこなすのに精一杯になって、書くことだけに集中するなんてできなくなっていたのだ。
もちろん、部活やサークルは楽しかったし、勉強ともきちんと向きあって良かったと思っている。だから、それ自体に後悔は一つもない。
でも……。
「私のやりたいことは、会社で働くことなの……?」
面接官から必ず聞かれる志望動機。
あらかじめ用意しておいたその志望動機を、背筋を伸ばして話す。
けれど、見透かされていたのだろうか。
私は、志望動機や「学生時代に頑張ったこと」というシンプルな質問だけの面接で、志望企業に落ちまくり。
気がつくと、選考が残っている会社は、片手で数えるほどしかなかった。
「内定が出ないと相談してきた女の子に、就活なんかやめればいいじゃんと背中を押してきた」
就活に思い悩んでいる私が見たのは、確かそんなタイトルの≪川代ノート≫だった。
川代さん。天狼院書店という変わった書店で働いているお姉さん。
私は、その時まで天狼院書店を知らなかったので、この記事で始めてその存在を知ることになる。
電車の中で、スマホの検索画面を見つめていた私は「作家になりたい 就活」という感じで検索ボタンを押したんだと思う。
毎日毎日繰り返される面接に、心が折れそうだったから。
心の底では、「就活して、作家になれるの」と懐疑心が水溜まりになっていたから。
だから、なんでもいい。なんでも良かった。気休めでも、「作家になりたいならアルバイトでいいじゃん」という陳腐な回答でも。
とにかく、今この瞬間折れそうになっている自分の心を慰めるか、喝を入れるか、夢を諦めさせるかしてくれる言葉を探していた。
そうして見つけたのだ。例の記事を。
その記事は、川代さんの元へ「就活で内定が決まらない」という女の子が相談に来るという内容だった。一見どこにでもありそうな内容だったのだが、私はあるワードを目にした途端、その記事に釘付けになった。
「小説家になりたい」
相談に来た女の子が、そう言っていた。
だから、企業に就活していいのか分からない。
周りの友達はどんどん内定が決まっていって焦りばかりが募る。
そういった気持ちに対し、川代さんが「自分と同じだ」と書いていた。
私も、同じだった。
女の子と、それから、「勉強や仕事、家事を言い訳にしてずっと書けないんじゃない」と答えている川代さんの言葉が、胸に突き刺さった。
そして、最後に綴られていた、
書いてもいい。
書いても、いいんだよ。
という背中を押す言葉が、びっくりするほど、私の心にすっと入り込んで来て。
だから、泣いた。
電車の中で、ぐっとこらえようとしても、涙がこぼれ落ちるくらいに。
そして、家に帰り着いてからベッドの上で、再び涙が溢れていた。
その後の就活でもずっと、川代ノートの言葉が、お布団みたいに私を温めてくれていた。
私も書きたい。
たとえどんな仕事に就いたとしても、書く。仕事をしていても、書いてていい。好き勝手に、好きなときに、書けばいいんだ——。
それからの就職試験では、迷わなかった。仕事をしながらでも、時間がとれるような会社にアタックして。
無事に内定をいただいたあと、私は天狼院書店に顔を出した。
アルバイトの女の子が、店主の書いた「殺し屋のマーケティング」の本を説明してくれた。私と同じ、大学4回生の女の子だった。笑顔が素敵で、こんなふうにお客さんに本のことを語れる書店は他にないと思った。
ここで働きたい。
ひっそりと胸に抱いた希望を、アルバイトスタッフ募集メールに込めて送ったのだった。
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