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「美人好き」男子にイラつく私が、「美人好き」男子に教えてもらったこと


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:HIDE(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「今日、すごい美人がいたんです!」、と、講師は言った。
誰もが想像しやすい「美人」を、イメージの共有のために使ったのだと思う。
しかし私は、「美人」について嬉しそうに話す男をみると、
「ブルータスよ、お前もか!」 といいたくなる。
何かの期待もした覚えもないのだが、どうやら勝手に裏切られたような気になるらしい。
 
この「勝手な裏切られ感」を、長いこと忘れていた。
 
なのに、この夏。
私は「美人」フレーズを聞くと、心がザワつくするようになったのだ。
この感じは、なんだかとても懐かしい。
かつて味わったことのある感覚だ。
20歳代だった頃の私、が感じていた、あの感じ……だ。
 
見た目に対して、「S級」「A」「B」「C」のランクをつけるなら、若いころの私は、「B」のど真ん中あたりだった。それでも、「楽しい」や「明るい」、「かわいいね」といった評価をよくいただいたおかげか、若い女子としては、それなりに楽しく過ごせていた。
 
しかし、高額自給目当てに、美人が集まるバイトをした際、自分のポジションを思いったのだ。「美人じゃないけどそこそこモテる」と勘違いしていた自分が馬鹿でした……と猛省したくなる敗北感を、「S級」や「A」ランクの美人たちに感じたのだ。
そして、美人に群がる男性たちに対して、勝手に「裏切られ感」を持つに至ったのだ。
 
そもそも、バイトに受かったのは、雑用要員や引き立て役も必要だからに違いないと思うのだが、このバイトのおかげで、私は、「身の程知らずな「B」が頑張ってる」と、自己否定をし、「自分が美を求めるのは恥ずかしいことだ」と思い込むようになった。
そして、「私に綺麗さは必要ない」「私は努力しても無駄」と思うことで、自分の傷にカサブタをして、自分を、「場を和ませることが担当」と、設定することで、「美人」にまつわるザワザワに気づかない振りをした。
 
結婚して、子どもを産み育てる期間は、このザワザワはあまり感じることがなかった。
男子諸君とあまり関わらない時期だったから……ということもあるが、「綺麗さは必要ない」の呪いは続いていて、家の中でも外でも自分を守るために「女」を放棄していたからだろう。
 
子どものPTA活動や習い事がらみで、殿方との関わりは増えた。
慰労会と称した飲み会も年々増える。
砕けた席では、世に蔓延る「美人好き」達は、頼んでないのに持論を展開してくれる。
そうなると、かつての「場を和ませる担当」の私は、「中年男子化」することで、一緒に楽しむ技を身に着けていった。
 
しかし、だ。
なぜか、最近、このパターンに違和感を覚える。
「これでいいのか?」と思うのだ。
 
ここ数年、出会うママたちは、自分を綺麗にすることにとても意欲的だ。
キラキラやピカピカで、ちゃんと着飾っている。
 
自分の周りを、改めて見回すと、野原で泥んこになって子どもたちと一緒に遊んだ子育て期の仲間たちさえも、それなりに自分の小綺麗に見せている。
当時から小綺麗にしていたのを、私が気づかなかっただけかもしれない。
 
「私、綺麗になることを放棄したけど、なんでみんな綺麗にしてるの?」そんな気分だ。
頑張ったって、「S級」や「A」にはなれないんだよ! と思う私がいた。
 
いや、待て、待て。
この人たちは、何のために綺麗になろうとしているのだろう? という疑問が沸いた。
造形は整っている人もたくさんいる一方で、そうでない人もいる。
どちらも、綺麗に対する貪欲さは変わらないように見える。
はて?
なんで、なんで?
私の「???」は膨らんだ。
 
「なんで、綺麗になりたいの?」
「なんで、そんなにいつもちゃんとお化粧してるの?」
一時期、いろんな人に聞いてみた。
 
「えー、何言ってんの! 楽しいからに決まってるじゃん!」
「オシャレすると自分が気持ちいいからだよ!」と、言うママがいた。
お世辞にも美人ではない彼女から、でてきた言葉に、涙がでそうになった。
自分のために綺麗でいるなんて、なんて豊かなんだろう……
私がもてなかった豊かさを持っている彼女に嫉妬したくなった。
 
この豊かさを放棄したのは、私だ。
人と比べることで、「美」を見ていたからだ。
どうせやったって、あの人よりも綺麗じゃない。
どうせやせって、あの人みたいな体形にはなれない。
S級のお顔や見た目にあこがれて、自分の在り様を否定したのだ。
顔や体形だけじゃない。私は、自分に与えられた環境、自分らしさなどなど、
長い間、私は自分の全てを「ダメなこと」としかみてこれなかったように思う。
 
それに、私だって「美人」をみるのが大好きなのだ。
そこらへんに「美人」はゴロゴロしている。
だけど、「美人」を見たって、ザワザワはしない。
ということは、「美人」そのものに嫉妬してるんじゃなくて、差別されることが悲しかったんだ! という、ことも、わかった。
 
私も大事にしてよ!
私も見て!
当時の私は、こうした自分の感情を素直に認めたくなかったのだろう。
「君が一番だよ……」と、たくさんの人に言ってほしかっただけなのかもしれない。
 
最近まで、私は鏡に映る自分をちゃんと見れなかった。
悲しいほどに劣化した顔と体をみると、後悔が湧き上がってくるから。
 
でもね。
今の私の容姿は、私の生きた証だ。もがきながら、生きていたからこその姿になってるのだ。「よく生きてた! あんたはえらい!」と自分に拍手喝采したい私もいる。
 
だとしたら、私のこれから私がやることが分かった!
「私は、私のために、私が本心で望むことする」ってことだ。
私が「綺麗」を望むのであれば、自分自身のために「綺麗」になることを楽しめばいいのだ。
 
残念ながら、今は「綺麗になりたい」という気もちは、恐ろしいほどにない。
諦める習慣が身に付いたせいか、本気で気にならないのかは、わからないが。
仕事をやるうえで「綺麗」なほうが有利なのは分かっているけど、「綺麗にしなくてはならない」という使命感で自分を着飾るのはやめようと思う。
 
そんな私も
恋をしたら、変わるのだろうか……
そんな愉快な妄想だってできそうではないか。
 
そして思う。
世の「美人好き」の男子たちよ、私に「素敵な気づき」をくれてありがとう! と。
これからは、楽しい未来を妄想しながら、自分の「綺麗」を見つけていけるよ。
君たちには、心から感謝する!
今後の「美人論」も楽しみにしているよ。
 
 
 
 
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2019-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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