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メディアグランプリ

カツ丼とそば


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田澤正(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「どっちが主役か どちらから先にいくか」
 
目の前には、カツに白と黄色の膜が掛かったアツアツのカツ丼。と、ザルの上に乗った冷たいそば。カツからは湯気が出ている。まさに今出来たばかり。そばは水でシメられてツヤツヤして。その冷たさが見ただけでも分かる。
どちらから食べようか考えていた。
 
今日は小雨が朝から降っていた。そして、寒い。ワイシャツとネクタイの上にウインドブレーカーを着て街の中を走り回っていた。台車の上に文房具やお菓子を乗せて。オフィス街を走る。オーダーが入ると最短30分で届ける。ただ目的のオフィス目掛けて走るだけの仕事。
 
雨が降ると商品が濡れるし、何より自分が濡れる。オフィスワーカーの皆さんに比べて自分が惨めになる。
凍える手で台車を押す。少し前までは広告代理店のクリエイティブ部門で働いていた。今はただ。商品をオフィスに運び補充して回る仕事。やり切れなかった。
 
いや、どの仕事も意味はある。頭ではわかっているけれど。
当たり前だと思っていた会社が無くなってしまうなんて。
ご飯を食べるためには仕事をしなくては。
 
人生の突然の雨だった。
まだ傘を差す余裕はない。
 
冷たい小雨の中、濡れたアスファルトの段差を台車で乗り越える。テコの原理で。スニーカーで台車を押し上げ、蹴りコントロールする。
 
以前は、段差で台車からオリコンが落ちそうになったが、今はキャタピラ付きの車輪の様に滑らかに走り抜けられる。
 
ビルの通用口の前で。冷たい雨をウインドブレーカーから拭き取り、同じタオルで商品の入ったケースを丁寧に拭いた。なかなか降りてこないエレベーターに舌打ちをしながら。
少し前までは、前の職場に戻れる様な気もしていた。
今はこの生活が当たり前になりつつある。
 
雨の中、台車を押し一区画のオフィスを回り終わった頃。角に立ち食いそば屋が見えた。表にはカツ丼セットが大きく写真付きで、垂れ幕となってかけられていた。
見た瞬間。凍えた身体と惨めな心がカツ丼セットを欲した。
時計を見るとお昼前。
 
台車をバンの荷台に突っ込み、急ぎ足で立ち食いそばに向かう。マンガの吹き出しみたいにカツ丼セットを思い浮かべながら。疲れているはずの足が軽やかに前に前に身体を運んだ。
 
ミニカツ丼セットではない。カツ丼セットだ。
自動販売機に千円札を突っ込みボタンを押す。
色々なボタンがあるが。全く迷わなかった。
 
どちらもレギュラーな大きさ。どちらがが主役かわからない。寒いからかけそばを頼むつもりだったが、なぜか盛りそばを頼んだ。
 
もぎられた半券をテーブルに放り投げ。暖房で身体が暖まるのを待つ。
 
厨房を見ると。一人がそばをシメ、その間に一人がカツを煮ていた。玉子を鮮やかに回しながらカツにかける。蓋をしながら回す。眼光も鋭く「その時」を待つ。一瞬で蓋を開け、丼のご飯にカツを移した。
 
暖まる間も無く、「カツ丼セットのお客様」と声が掛かった。
 
多分。いや。間違いなく、満面の笑みを浮かべていた。急いでトレーを受け取り席に戻る。
まずは、そばをたっぷりのわさびを溶いたダシにつけすする。口の中がわさびとダシと、そばの香りで満たされる。冷たいノドごし。
 
その次に間を置かずに、カツ丼をほお張る。できたてのカツ丼。口に入れるには熱い。でも、無理やり入れる。
甘辛いカツをほお張り、同時に汁のしみたごはんをかき込む。
熱い。わさびが効いた辛いそばで冷たくなった口の中に。今度は甘辛いカツ丼。
 
その交互の繰り返しがたまらない。無限ループになる。どっちが先か、どっちが主役か。もうどうでも良くなっていた。ハタから見たら。瞳孔の開いた目で食べ続ける自分は異様に見えるかもしれない。
 
でもそれでいい。至福の時ってそんなもの。
 
最後の一口を食べ終わり、そばつゆを少し飲む。食器を返却口に出しながら。プラスチックのコップに水を注ぎ一気に飲んだ。ただの水道水だと思うんだけど。
なんか美味いな。
 
さっきまでのカツ丼とそばのレースは終わりを告げた。ノーサイド。
「ごちそうさま」
 
満たされた気持ちで外に出る。するとさっきまでの雨の空から、光が射していた。アスファルトの水たまりに光が反射していて、キラキラしていた。カツ丼の
垂れ幕が心地良さげに風で揺れていた。
 
雨の後には晴れ。
さびしさの後には喜び。
せつなさの後には幸せ。
そばの後にはカツ丼。
 
両方あるから前に進める。夢中になれる。どっちも主役。
 
きっと今は。少しだけ雨。この後オレの人生も晴れてくるだろう。
ウインドブレーカーのポケットに手を入れる。
中にはさっき貰ったカツ丼セット30円引きクーポン券。
 
なんだかラッキーな気分。また食べようかな。
 
また台車を押して走り始めた。
軽やかに段差を超えながら。
そして。
水たまりに映る空を見ながら。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

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2019-12-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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