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思い出の冷蔵庫

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:新明 文(ライティング・ゼミ特講)
 
 
引っ越し当日の冷蔵庫と聞いて、どんな様子が思いうかぶだろうか? 常識でいうと、コンセントを抜き「霜とり」がしてあり、中身は空っぽという状態だと思う。
しかし、私の友人は違った……。
*。
春は始まりの季節であると共に、別れの季節でもある。卒業式やクラス替え、人事異動、引越など、今まで過ごしてきた仲間や土地と離れ、新しい生活を四月から始める人も多い。友人の引越は何回経験しても辛いものだ。
 
私は8年前に今住んでいるマンションに引っ越してきた。
そのマンションで仲良くなった友人がいた。
私たちは同い年の子どもをもつ同年代の母親だった。5年間同じ時をすごし、子どもが三年生になる春にその友人は引っ越すこととなった。
 
友人は忙しい人だった。新潟県出身なのにどうみても南国風の風貌だ。三重県出身の平井堅のような感じだ。ペルー人ですとスペイン語で言われても、納得してしまう。仕事が好き、飲みに行くのが好き、そして買い物が好きだった。だから家にいることはあまりなかった。でも初めて会った時から、初めて会った気がしない不思議な人だった。私たちは何でも話し合う親友だった。
 
引越前日のことである。明日引っ越してしまう友人のことを思い、悲しい気持ちでいっぱいだった。
友人一家は五人家族なので引越もさぞ大変だろうし、旦那さんも引越前夜まで仕事だということなので、午後一時から引越を手伝うと約束をしていた。風貌だけでなく時間も南国の彼女は大体の約束で時間通りに始まったことはない。二時くらいから始められるはずと踏んでいたのだが、いつになっても帰ってこない。ようやく帰ってきたときは四時。さて始めようと取り掛かったのは四時半だった。
 
引っ越し前夜はキッチン周りの片付けくらいかな、と思いながら家に伺うと、全く片付けが進んでおらず、とても引っ越し出来る状態ではなかった。「明日引っ越すんだよね?」と念のため確認し、作業を開始した。
1時間頑張ったものの、予想通り全く片付かない。
 
夕食時になったので、一旦帰宅し、夜八時になった。再度引越の様子を見に行くと、ゴミとダンボールにかこまれて、せっせと箱詰めしているにもかかわらず、部屋のなかは散らかり、先ほどとあまり変わっていない様子だった。
引っ越し前夜の段階で、まだ手付かずのの納戸が二つあった。
 
「あと納戸ふたつや!」と友人が楽観的に言う。私がひとつの納戸に手をつけた。中は友人がせっせと集めた日用品のストックが日常生活そのままに納められていた。
 
「今がお得に試せる!」というシールがついた、未開封の住居用洗剤が4つ。
一番下の子どもももう幼稚園卒業なのにでてくるオムツとおしりふきのストック。
期限が大幅に切れた大量の薬。
鞘のない錆びた包丁。
危険物なので捨てられないと主張する注射針。(友人一家は医療関係者)
劣化したゴムがへばりつき、衛生的に大問題の鑷子。
エコなのに、もうエコとは言えない大量のエコバック。
驚きの連続で、びっくり箱みたいだった。
 
九時半。子どもを寝かさないといけないし、そろそろ旦那さんも帰るだろうということで、私は帰ることにした。
 
私が寝るころ、友人からラインがきた。
「旦那帰宅。送別会で遅くなったらしい、酔っていて使い物にならない。(怒りの絵文字)」
友人の怒りが階下の私にも伝わってきた。でもとりあえず私は寝て、朝五時半に手伝いに行くことにした。
 
朝。五時半。衰弱している病人に水を飲ませるように、仮眠している友人にコーヒーを飲ませ、引越の準備を再開した。
 
私は冷蔵庫を担当した。
もう電源の入れられていない冷蔵庫。開けても冷気は感じられない。が、しかしここにもまだ食品がたくさん入っている。
「臨時のクーラーボックスはもう満床」とのことなので、容赦なく捨てる。
冷蔵庫の奥から琺瑯の保存箱が3つでてきた。中をあけると乾燥してカチカチの梅干しがみっちり入っていた。3つともである。
「これ、食べられるの?」
「食べられるよ!」
「被災時じゃないと食べないレベルだよ!」
「…。いや、被災時でも食べない。」
「え?」
ではただのゴミではないか。引越の当日に捨てるべきものではない。それ以降もでてくるでてくる賞味期限切れの食品。
しらたき、チーズ、油揚げ、きのこ、きゅうり等々。
ゴミ袋に捨てられた食材が切なく横たわっている。まるで、生き恥をさらすまいと自害を覚悟した武士が、死ぬことを許されずに今までひっそりと過ごしてきたかのようだ。
シワシワの皮の梅干しや脱力したシラタキからやっと捨ててくれたと安堵の表情が見て取れる。
呆れてしまって悲しみは吹っ飛んだ。
私は仕事に行く時間になったので、私は夫婦の健闘を祈り、家をでた。
 
そうして友人一家は引っ越していった。どうやってあの引っ越しトラックに荷物を収めたのかは不明である。引っ越し業者もさぞ困っただろう。
 
私たち夫婦は常に先々を考え、何事にもすぐ効率を考えてしまう。家の中はこざっぱりとして、子どもはおもちゃで遊んでいるそばから片付けさせられる。口癖は「はやく!」だ。人付き合いも年々減ってきている。
それに対し、友人一家はみんな人気者だ。
彼女がいつも待ち合わせに遅れるのは、来るまでに人と会って話しているからだ。
彼女の家が物であふれているのは、そのまま人格に比例しているように思う。
だからといって家をゴミ屋敷にしていいわけではないが、でもそれできっといいのだ。
だから、みんな彼女のことが好きなのだ。新しい土地でもたくさんの人と物を引き付け笑顔があふれるだろう。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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