メディアグランプリ

逃げだした競走馬が教えてくれたインターネットリテラシー


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記事:松島香織(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
道を曲がると、目の前の道路に馬がいた。
 
時は2020年の5月。コロナ禍による自粛期間真っただ中の昼下がりだった。家の中で元気を持て余している2歳の息子に少しでもお昼寝をしてもらうため、近所へ散歩に出かけた帰り道の出来事である。
 
どう見ても馬だ。本物の馬だ。つやつやとした手入れの行き届いた毛並みを持つ黒っぽい馬が、交差点のすぐ脇に立っている。
交差点の真ん中には血だまりと、そのすぐ前には車両の一部が大きく損傷した事故車両。交差点の周りには、ソーシャルディスタンスを守りつつの人だかりができ、皆が様子をうかがっている。
人混みの中にご近所さんを見つけたので、声をかけてみた。「突然馬が道路を走ってきて、車とぶつかったんですよ」とのこと。彼も息子と同じ年の女の子を連れており、その子はしきりに「お馬さん痛い痛いなの」と繰り返していた。
 
続々と到着する複数のパトカー、消防車、救急車。血だまりを洗い流す作業員も到着し、現場は、ますます大きな事故の様相が深まっていく。
 
そんな中、息子はひとり場違いな歓声をあげていた。彼は救急車をはじめとする働く車が大好きで、パトカーや消防車をこんなに一度に見たら大興奮するだろう気持ちを、私は理解できる。しかし、周囲の雰囲気はそれが許されるようなものではなく、私は息子を連れて早々にその場を立ち去ったのだった。
 
帰宅後も、私の頭の中は交差点で見た光景でいっぱいだった。なぜあんな道路に馬が。疑問を解消するべく開いたニュースサイトで、どうやら近隣の競馬場から逃げたらしいという情報を得た。なるほどと納得し、次に、今さっき見た光景を興奮のままに自分のTwitterアカウントに投稿した。話題の光景を生でみたという興奮が、普段よりも私の筆をずっと饒舌にさせていた。
 
その後はいつも通りの息子の世話に明け暮れ、気づいたら夕方。ふとスマホを見ると、すごい数の通知がきていた。今回の馬の脱走が多くのニュースに取り上げられ、それに関連する情報として私の投稿も相当回数の検索、拡散がされたらしい。
 
私のアカウントは鍵こそかけていないものの、普段の投稿は日常のことや趣味の漫画についてのみ。フォロワーは一桁。こんなアカウントを見にくる珍しい人はいないだろう、と高をくくっていたところもあった。そんな辺境のアカウントに突然押し寄せる拡散の波。怖くなってすぐにスマホを閉じた。
さらに、事態は拡散だけでは終わらなかった。その晩、Twitterアカウントのことなど何も知らせていないはずのママ友からLINEが来たのだ。
 
「違ってたら流して欲しいんだけど……このアカウントって、〇〇くんママ?」
 
今回の馬の脱走劇にまつわる内容がフックとなり、それまでしていた日常の投稿とあわせ、私のアカウントでは? と思ったらしい。
 
まぎれもない自分のアカウントを特定され、私は青ざめた。個人に繋がる情報なんてなに一つ書いていないつもりだったのに、きっかけさえあれば、こんなに簡単にも個人を特定されるなんて。自分の不注意と、何よりもそんな事態を思いつきさえしない想像力の欠如が怖かった。
運よく、そのアカウントで書いていたことは、特段誰に見られても困る内容ではなかった。もし、人に見られたくないようなことを書いていたら、と思うと本当にぞっとする。
 
インターネットはあまりにも身近になりすぎていて、その先に沢山の人がいて、広い世界が広がっていることが、時として抜け落ちてしまうことがある。自分の発言の先に、その発言を受け取る生身の人間がいる感覚が薄れてしまうのだ。最近の有名人に対する誹謗中傷の問題の根も、同じところにあるように思える。
最近は就職活動の時にも人事が応募者のSNSをチェックしたり、応募者側もそれを分かっていてそれ用のアカウントを用意したりするのは当たり前だと聞くが、そんなことは私には縁遠い世界だと、なぜか思い込んでいた自分の認識の甘さを大いに反省した。
 
馬が立ち止まっていた交差点の前を通るとき、息子は今でもたまに「あの時のパトカーたちはちゃんとお仕事したのかな」と声をあげる。その声を聴くたび、私もインターネットの怖さを改めて思い出す。
いつか息子がスマホを持つ頃になったら、この馬の脱走事件と合わせて、インターネットリテラシーをきちんと教えてあげなければと強く思う。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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