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枝豆と神の怒りと夏の終わり


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記事 Nobu Fujioka(ライティングゼミ)
 
 
「お母様が山からおちて重体です」
 
毎年、枝豆をみると思い出す家族の大事件がある。
それは、こんな電話から始まった。
 
8月中旬。
午後11時過ぎだった。
リビングにある電話がなった。
FAXのついている家の電話だ。
このごろは家の電話が鳴るのはめずらしい。
かかってきても、セールスがほとんど。
しかし、この時間にかけてくるということは、
よほどの用事のある人に違いない。
受話器を持ち上げた。
迷惑そうな雰囲気をだして、声をだしてみる。
 
「もしもし?」
「こちら山形の○○病院です」
「はい?」
テレビの音が邪魔で廊下にでる。
 
「お母様が山から落ちて重体です」
「明日、こちらにいらしていただけますか?」
 
ドッキリじゃないよね?
そんなことをされる立場ではないが、
一瞬ばかな想像をしてしまった。
 
わたしの母は学生時代から山登りが好きだ。
今年も何日か前から出かけている。
山形の鳥海山に登る予定だ。
ドッキリではなかろう。
 
しかし、こんな電話が我が家にかかってくるとは……。
こういうことはドラマの中だけだと思っていた。
現実に起きてしまうなんて考えたこともなかった。
どうしていいのかわからない。
 
ドキドキしている。
まさか?あの元気印の人が重体?
しかも、山から落ちたとは?
そんなすごい山だったかな?
いったい、どこにいけばいいんだ?
 
頭の中は、「?」でうまっていく。
 
混乱した頭のため、こんな質問をしてしまう。
 
「そちらへはどうやって行けばいいのでしょうか?」
「飛行機できていただきます」
「空港からバス2回乗り換えで2時間くらいです」
この質問は、看護婦さんの間では笑い話になったらしい。
いやでも、山形の病院名をいわれてもピンとはこないものですよね?
 
今は夜の11時過ぎ。
しかも夏休み真っ盛りの旅行のハイシーズン。
明日の飛行機のチケットなんてとれるのだろうか?
いやいや、それよりも早く早寝の父につたえないと。
 
たどりついた山形の病院は山形市の郊外にあった。
巨大なショッピングセンターの横にある。
これまた巨大な病院だった。
そこで母は集中治療室に入っていた。
ベッドからぶらさがっている入れ物には血がたまっている。
 
「心配かけてごめんね」
肋骨3本骨折。
背骨の圧迫骨折。
おまけに肺出血。
命に危険はないけれど、重体だ。
 
雨が降り、強風の天気。
救助のヘリも飛べない。
地元の消防隊の方々の人力で下山。
地元のニュースにでてもおかしくなかった。
 
命に別状はないということで、
わたしは帰ることになる。
え、日帰りですか?
き、きついがしょうがない。
 
6時間かけてきて、4時間滞在。
今度は5時間かけて新幹線で帰る。
 
新幹線の前に在来線に2時間のる。
在来線の最寄り駅である鶴岡駅。
そこで時間があまった。
精神的には疲れている。
けれど、興奮してしまって
居眠りができる状況にはない。
時間つぶしに売店をみる。
新潟の名物の立派な枝豆。
桐の箱にはいって売られていた。
急に寂しさをかんじてきた。
枝豆をたべるとき。
いつもみんなで楽しくたべていた。
なのに、今日はこんな気持ちで見知らぬ場所でひとり。
なぜか高級な枝豆をみているのだ。
 
神様、なにか怒っているのですか?
 
広い大きな空港の窓。
その向こうに見えた大きなおおいかぶさるような威圧的な雲だったり。
病院にむかうバスの中で見た鳥海山。
そのざわざわとした神がかった雰囲気だったり。
この行程でかんじたあれこれを思い出して、
そんなことを思ったりした。
 
夏の終わり。
母はようやく転院がきまった。
とはいっても、まだ起きて移動はできない。
自宅のある東京の病院まで救急車のような寝台車で走るのだ。
70代の父にはつらい、ということでわたしが同乗する。
 
車中からは山形の目にも鮮やかな緑がみえていた。
緑はモリモリとその存在をアピールしている。
しかし、日射しは真夏とは違う。
秋の訪れがかんじられた。
その緑はだんだんと見えなくなり、
いつもの見慣れた東京に着いた。
緑はない。
が、妙にホッとして落ち着いた自分をかんじた。
 
あの事故から何年もたった。
あのとき、かんじた神の怒り。
あれはなんだったのか、ときどき考える。
そしてわたしの中で答えがでた。
あれは怒りではない。
自然のとの「力」くらべに負けたのではないか、と。
 
登山は山との力くらべだと思う。
登る側の気力が勝れば、楽しんで帰れる。
でもあのとき出かける前。
なんだか母は疲れてイライラしていた。
きっとその気持ちのまま山に登った。
その結果、山の「力」にまけて吹き飛ばされてしまった。
そう思えてならない。
ちなみに、わたし。
気力なし。力比べが苦手。
山登りにはぜったいに行かない。
 
今年の我が家の食卓にも、枝豆が何度もあがっている。
あの事故を思い出すのと、同時にこんなことも思うのだ。
それは山形の方々の「力」。
 
あのとき、母を助けてくれたのは地元の消防隊。
ヘリもとばない天候の中、
病人に振動を与えないように担架をもち下山する。
そんなに大変なことをしていても、
大きく感謝されるわけじゃない。
父とお礼にいった時。
お礼の挨拶をしている時に、出動命令がでた。
みんな慌てて飛び出していった。
机には蓋を半分までめくったインスタントラーメン。
 
母の入院していた病院の看護師さん。
最初に入ったのは集中治療室。
そこにずっと入院させてもらっていた。
もちろん、そういう病状だったこともあるだろう。
が、付き添いもお見舞いもない母。
看護師さんが面倒みられるようにと、
ずっとおいてもらったようだった。
退屈しないようにと特別扱い。
外が見える窓際に寝かせてもらっていた母。
花火も見れちゃった、と自慢していた。
 
そんな人たちの気遣いこそ、
山形の「力」のなせるわざかもしれない。
 
母は何事もなかったようにいまは元気だ。
多少の不調はある。
が、あんな目にあってもなお、いまでも山に登っている。
 
今年ももうすぐ夏が終わる。
あのときの1つ1つに改めて感謝しつつ、
自分も助けが必要なところに助けが届けられるよう
お盆の祈りにのせて願おうと思う。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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