メディアグランプリ

キューバで拍手喝采された夜


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:神谷玲衣(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
「 Where are you looking for? 」
 
その男が声をかけてきたのは、私が地図を見ているときだった。
 
まだ携帯電話やインターネットが一般的でなかったその頃、海外でどこかに行こうと思えば、地図やガイドブックを見て探すのが当たり前だった。私は一人でローマの街角にいて、どこかで夕食をとろうと、安くて美味しそうな店はないかと探していたのだった。
 
私が顔をあげると、その、薄茶色の鋭い瞳をした男は、たたみかけるように話かけてきた。私が「レストランを探してるのよ」といって立ち去ろうとすると、渋谷のキャッチもびっくりなしつこさで、ずっとついてくる。のべつ幕なし英語で話かけ、ついにはすごい勢いで、通りに面した安っぽいファーストフードショップに私を押し込んでしまった。
 
気づいたときには混んだレジの前にいた。後ろにはたくさんの人が並んでいて、店内は人の話し声でうるさいほどだった。もちろん英語など出来るわけもない店員が、情け容赦なくイタリア語で注文を聞いてくる。私が覚えたばかりのイタリア語で答えようとすると、横の男が「 I can help you! 」と言いながら、どう考えても私の注文の何倍もの品数を、べらべらとまくしたてて注文した。
 
私があっけに取られている間に、その男は一瞬どこかに消えてしまった。店員がレジを指し示して代金を請求している。当時はまだユーロではなくリラだったので、15000だったか20000だったか、一瞬怯むほどの数字だったが、日本円にすれば、0を一つ取った、1500円とか2000円くらいの金額だ。
 
どんどんトレーに乗せられる品物は、ほとんどがその男が注文したものだった。店員に「私はそんなもの注文していない」と抗議出来るほどのイタリア語力があるわけもなく、かといって後ろに長蛇の列があるのに、そこでゴネて後ろの人達を待たせられるほど、面の皮も厚くなかった。
 
その間たった数分だったと思う。結局私はレジで、その男の注文したものを含めた金額を支払った。払い終わったかと思うと、男がやってきて私をテーブルにつかせ、自分が勝手に注文したものを遠慮なく、ものすごい勢いで食べ始めた。
 
私があっけに取られている間に、男は2、3人前はあったかと思う食べ物を全部平らげたかと思うと、「 Thank you!   Ciao! 」といって、ローマの町並みに消えていったのだった。
 
それが、私が学生時代に初めてローマに行ったとき、唯一危ない目に遭ったといえる出来事だった。貴重品や現金を盗られたわけでもないし、怪我をしたわけでもない。金額も、まあ大したことはない。考えようによっては生ぬるい先制パンチだったと言えるが、あまりにも手際の良いタカリに、釈然としない思いが残ったのは確かだった。
 
その後何年かして、私はミラノでファッションバイヤーとして働くことになった。住んでみて初めて、あの時の男がジプシーだったとわかった。日本人の私達にとっては想像も出来ないが、本当にその日その日の食べ物にありつくのが精一杯という人たちが世界中にはたくさんいるのだ。そう思うと、あの時の男の野良猫のような鋭い目つきも、がっついた食べっぷりも、なるほど理解が出来るのだった。
 
ミラノで暮らすうちにどんどんイタリアに慣れた私は、一人で街なかを歩いても、二度とジプシーに狙われるようなことはなかった。でも日本から会社の上司たちが来ると、それはそれはもうテキメンにジプシーに狙われるのだ。まるで彼らにはお金の匂いがわかるかのように、ターゲットにされてしまう。
 
私はその後被害に遭うこともなく、どこの国に行っても楽しく過ごすことが出来ていたのだった、そう、キューバに行くまでは。
 
キューバに行く前に、友達から「ハバナの街角には客引きがいるから気をつけろ」と面白おかしい武勇伝を聞いていた私と友人だったが、深く気にもとめずに気楽な感じでハバナに降り立った。果たして着いてみると、街角には本当にドルを目当てにした客引きがごまんといる。夕食をとろうと外に出ると、あっという間に客引きがすり寄ってきた。
 
「 Where are you looking for? 」と、ローマの夜に聞いたのと同じセリフが聞こえてきた。あの時と同じく「レストランを探してるのよ」と答えると、またしても、「 I can help you! 」と、のべつ幕なしにまくし立てて、近くの店に私達を押し込むのだった。
 
ただあの時と違うのはファーストフードではなかったことで、あれよあれよと店に入り、気づくとなぜか3人でテーブルに座っていた。「いや、どう考えても、絵的におかしい」と妙に冷静に俯瞰している私がいたが、その男はすでに、店の人に二言三言発してメニューを受け取っていた。
 
まったくもってローマの夜を彷彿とさせる展開に、私は厳かに、でもはっきりとした大きな声で「 I DON’T pay for your dinner! 」と、その男の目を見てきっぱりと言い放った。
 
野良猫のような目が一瞬狼狽して固まったかと思うと、びっくりするほど素早い身のこなしで、男は店の外に出ていった。
 
友人はあっけにとられてことの顛末を見ていたが、次の瞬間、驚くことに店中からヤンヤヤンヤと拍手喝采がわき起こったのだった。隣のテーブルの太ったおばさんが「あんたたち、カモられなくって良かったわね〜。あいつは札付きのタカり屋なのよ!」と教えてくれた。どうやら、ローマのジプシーと同じ手口で、観光客からその日の食事をタカるのを生業にしている輩だったらしい。
 
タカリはアートである。
 
手口を知らない初めてのおぼこい客には通用する手品だが、タネ明かしを知っている客には、面白くもなんともない。
 
もしも次があるのなら、こっちが想像もつかないエレガントな手口で、敵ながらあっぱれ!と笑ってしまうくらいアートな手品で騙して欲しいと思ったりもするのだ。
 
さて、つぎはどこにカモられに行こうか。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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