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海外留学という人生の寄り道


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記事:市川春香(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「留学してよかったと思いますか?」
留学カウンセラーとして活動している私が、必ずと言っていいほど相談者さんたちから聞かれる質問がこれだ。
答えはもちろん「イエス」。
そうじゃなきゃこんな仕事やってないよね、と言いかけてはいつも飲み込む。
きっと「良かったよ」って言って、背中を押して欲しいんだろうなぁ……とわかっているから。
 
会社員を辞めて留学した経験を持つ私のところに相談に来るのは、学生よりも社会人、男性よりも女性が多い。自分と近い境遇の私には、悩みを分かってもらえるだろうという期待があるんだと思う。
相談者さんたちの心配事は、帰国後のキャリアや結婚に関してがほとんど。自分の目的地がわからなくなっているのだろう、そんな彼女達に私はこんな言葉を送ることにしている。
 
「留学なんて人生の寄り道だよ」と。
 
これには「留学すれば人生変わる」とか過度な期待はしないでほしい。
だからこそリラックスして、必要以上に大事だと捉えないでほしい。
という私の願いも込められている。
「人生が変わる」のは結果的にそうなっただけであって、海外留学したからって誰もが必ずしも良い結果が得られるわけじゃない。ジムや英会話スクールと一緒で、最後はやっぱり自分の頑張りにかかっている。
 
それでも「留学してよかったよ」と嘘偽りなく言えるのには、理由がある。
それは「人生」が変わるかどうかは置いておいて、「自分自身」を変えるきっかけになり得るからだ。
 
私がカナダへの留学を決めたのは6年前、短大卒業後に入社した企業に勤めていた頃だった。勤続8年、そろそろキャリアアップへ向けて準備を……というところでつまづいた。
女手一つで育ててくれた母親に迷惑を掛けないように、本当は進みたかった製菓の道を諦め、地元では知らない人はいない大手企業へ就職するために当時就職率の良かった短大を選んだ。せっかく通った家政学科の高校での授業は、なんら意味を持たなかった。
 
入社後も、ただひたすらに周囲の期待に応えるべく働いた。男性社員に混ざり月80時間の残業、飲み会、接待ゴルフ……なんでもやった。でも私は自分の気持ちを置き去りにしていた。
最終的に、睡眠薬なしでは眠れなくなっていた。
そしてある眠れない夜に「私の人生はこのままでいいのか」というひとつの疑問が生じた。
 
そんなとき、海外に目を向かせてくれたのは、通っていたバーのマスターだった。
当時家族との関係も悪かった私は、どんなに残業で遅くなっても家に直帰せずマスターに会いに行った。バイク好きなマスターは、いつもアメリカにいた頃の話をしてくれた。常連さんも、なぜかみんな海外に住んだことのある人ばかりだった。そんなマスターや常連さんたちの話はいつも刺激的で、希望に満ち溢れていた。会社の同僚達とは全く違って見えた。
自分の見えている世界は実はとても狭く、まだまだこの世は知らないことで溢れていると気付いた瞬間から、会社という狭い箱を、日本というちいさな島を出てみたくなった。
母親の説得には1年かかったけれど、今となっては反対を押し切るだけの決断力を試されていたんじゃないかなと思う。母親には頭が上がらない。
 
海外旅行にはたくさん行っていたけれど、生活できるほどの語学力はなかった。「海外に住んでいれば話せるようになる」なんていう幻想は通用しない。必死で勉強した。
伝わらなくて悔しくて泣いたこともあったし、交通事故に遭って事後処理が必要になったり、働いてたお店に泥棒が入ってきても助けも呼べず、殺されるかと思ったりと色んなことがあったけど、ハプニングがあるたびに私の語学力はアップしていった。
 
また、ビザ期限内という限られた時間の中で出来る限りのことをしようと、私のさらなる決断力と行動力も培われていった。興味のある仕事があると聞けば迷わず国内線で西へ東へと飛んで回った。
勤めていたベーカリーカフェで新メニュー考案など新たな取り組みを続けた結果、最初は毎日怒鳴られていたのが嘘のようにオーナーから信頼され、マネージャーを任されるまでになった。とにかく時間をすこしも無駄にしたくないという気持ちで行動し続けた。
そんな留学生活だった。
 
いつもの帰り道、お決まりのルートと違う道に行ってみることで、知らなかった景色、知らなかったお店、知らなかった人たちに出会うことだってある。
私が海外留学という寄り道をしたことで得た「決断力」「語学力」「行動力」は、私の人生を変えたのかはどうかはわからない。でも少なくとも、私に小さな自信を与え、自分さえ知らなかった新しい自分に出会うことができた。人の期待に応えるばかりだった私が、諦めていた製菓の道を、カフェ開業という形でまた実現させようと動き始めることができている。
 
寄り道してみたら意外と大変なルートだったということもあるかもしれない。
でも道草食って時間がかかったって、最後はちゃんと目的地に着いている。
 
だから相談者さんたちも安心して、いつもと違う道に進んでみてほしい。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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