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メディアグランプリ

日常を楽しむ眼鏡


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:伊藤朱子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
初めて、電話口から聞こえてくる母のその言葉を聞いた時、言っている意味がわからなかった。
 
「最近、カンシを作っているのよ」
 
「カンシ?」
「そう」
 
「ふーん、カンシって漢詩のこと?」
「そうよ」
 
なにそれ、って思いながら、
「漢詩って作れるの?」
と聞き返すと、何を馬鹿なことを言っているのかと言わんばかりの勢いで
「当たり前じゃない、中国の人、作っているでしょ」と返された。
 
私はいつも母に驚かされる。母は思いもよらない、私にとっては突拍子のないことを言い出す。もちろん、母にとっては突拍子のないことでも何でもないのだろうが、「漢詩」という単語は私の生活の中にはなく、もう、高校生の頃から耳にしていなかった。
 
高校生の頃、授業でやっていたのは「漢文」だと思うのだが、母が言うのは「漢詩」である。
「漢詩」って「詩」ですか?
 
改めて母に聞くと
「そうよ、詩よ」と、簡単に答える。
 
いつから、母は詩人になったのか?
何でそんなことを始めたのかと、疑問に思うわけだが、
「前からやってみたかったから」と、軽々と答えられてしまった。
 
久しぶりに実家に帰ると、広くはないリビングの一角に、ちゃぶ台がおいてあった。そこには手元を照らすスタンドや、漢詩を書くための辞書や参考になる本、そしてノートが積んである。かなり熱心に取り組んでいる様子がわかる。
 
高校生の頃、私は漢文の授業が苦手だった。あの漢字の列を見ると、頭が硬直する。大人になって思い返してみれば、中国古来のありがたいお話を授業では取り上げていたわけだから、もっと興味を持てばよかったと思う。だが、当時はそこに書かれていた内容よりも、読み方を練習しているように思え、興味が持てなかった。
「漢詩」は中国の偉い人々が詠んだもの、そういうイメージしか持ち合わせていなかった。そういえば、漢文の授業の中でも取り上げられていたような気がする。
 
私には全く縁のない世界に、母はどっぷりはまっているようだ。
 
母が言うには、「漢詩」にはルールがあるのだから、そのルールに則って、表現したいことを表す漢字を当てはめていけばいいらしい。
 
だから、そもそも、
「その詩で何を表現したいのか」
が大切だと言う。
 
それにしても、一体、どんなことを「詩」にしたためるのか、と思ったのだが、
「感じたことを何でも」
というのだ。題材には制限がない。
 
「毎日ね、新鮮な気持ちでいろいろなものが見えるの。それにね、情景とか気持ちにぴったり合う漢字を探すのよ」
 
お茶を入れながら、まるで今まで見たことのないものを探し当てているかのように、嬉しそうに話す。
 
母は漢詩作りを通して、新しい眼鏡を手に入れたようだ。
眼鏡は、今までぼんやりしていたものを鮮明に見えるようにする。そして、世界は変わっていないはずだけれど、今までよりほんの少し、それは違う世界のように映る。
 
母にとって、この眼鏡をかけて見る世界は、今までとは少しだけ違って見えているのだろう。
 
いつも同じ、代わり映えのない日常が、「本当は1日も同じ日がない」ということに気づく。
「こう」と思い込んでいたことは、実はその思い込みとは全く違っているのかもしれない……。
 
この気づきは、見える世界だけではない。自分の気持ちや心情も、この眼鏡を通して眺めてみれば新しい気づきがある。
 
漢詩の題材を探すことは、新しい眼鏡で世界を眺めるようなものだ。
眼鏡をかけて、改めて向き合い、見ようとしているから「何か」に気づく。
 
病院に行く途中で見るお寺の門を見て感じること、
庭に咲いている花々が語りかけてくれること、
お天気が変わりゆくことに気づくこと……。
 
母にとって、新しい眼鏡をかけて眺めたことは、「表現したい出来事」になっているようだった。
 
もちろん、日々はいつもいい出来事ばかりとは限らない。しかし、憂いも悲しみも、大変なだと思うような出来事も、「表現したいという思い」に変わっていく。
例えば、腰が痛くて、日々の生活に四苦八苦していても、母の手にかかれば、日々の思い、もどかしさを語る「詩」になってしまう。
 
そして、この詩を構成する要素である漢字にも新しい気づきが起こる。
この眼鏡をかけて漢字を見る時、今まで何気なく使っていた漢字の意味や、その漢字が表す状態を意識するようになる。それを、より深く考えることで、一番ピタッとくるものを選んでいくのである。
 
新しい眼鏡をかけて、漢字を選んでいる時、ぼんやりと捉えてきた事柄や感情をはっきりと認識し始める。
漢字を選びながら、さらに自分の思いに気がついたり、もっとその情景を思い出したりしているのではないだろうか。
 
新しい眼鏡の面白いところは、今の世界を眺めるだけではないところだ。目の前の景色を過去の出来事や感情と重ね合わせ、そして心の中に映し出すことができる。
 
今日、目に入ってきた色づいた葉は、かつてあの場所で見た木々の装いを思い出させるものになるかもしれない……。
 
昔をそっと思い出す。
新しい眼鏡のおかげで、母は人生のシーンを何度も味わっているようだった。
 
母はもうかなりの年月、人生を重ねている。
歳をとっても、こんな風に新しい眼鏡を手に入れることができたら、どんな日常でも受け止め、楽しむことができるようになるのだ。
 
人生の楽しみ方。
私も私に合う日常を楽しむことのできる眼鏡を手に入れたいと思う。
そして、日々のそれを受け止めながら生きていけたらいい。
 
母の話をのんびり聞きながら、私は緑茶をすすった。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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