メディアグランプリ

画面上に続く世界


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記事:伊藤朱子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
新型コロナウイルスの感染が広がる中、「オンライン」という言葉もすっかり耳慣れてしまった。
「オンライン会議」だけではなく「オンラインセミナー」「オンライン飲み会」「オンライン交流会」……など、「オンライン」とつく様々なものがある。そして、オンライン会議ツールの一つである「Zoom」、それを使ったことはなくても多くの人がその名前を聞いたことはあるだろう。
 
そんなある日、
「カルチャースクールがお休みになって、同じ会の人がZoomで勉強会をするっていうんだけど、私、参加しないの」
と母が言う。
 
「Zoomのやり方はわかるの?」と私がたずねると、「教えてもらったから、わかる」とのこと。
Zoomのやり方がわかるのに、なぜ参加しないと言うのだろうか……。
私には理由が全くわからなかった。
 
「せっかくだから参加したらいいじゃない」
私が簡単に言うと、画面に映る自分の姿がどんな感じになっているのかわからないから、参加したくない、と言うのだ。
 
気になる点は、そこですか?
私は心の中で笑ってしまった。
 
「Zoomの使い方がわからないから参加できない」と言うならともかく、
「自分の映り方が気になるから参加したくない」という理由に、どれだけ自意識過剰なんだ、と思った。
 
いや、でも……である。
そういえば、私は最近、担当している大学の授業を録画する時のために、顔を照らすライトを買っていた。それは、「顔が暗くなって老けて見えるのが嫌だから」という理由からだった。
 
春の授業からすべてオンライン上で行うこととなり、学生とは一度もリアルに顔を合わせることなく、それは始まった。オンタイム、つまり録画ではなくリアルな授業時間に生配信すると、ネット環境によっては音声が切れる場合もあるということから、録画をして配信するやり方にした。
 
録画とはいえ資料だけが画面に映っているのでは味気ない。だから、授業の始まりと終わりは顔を出して挨拶と授業の要点を説明することにした。初めて録画をすることにした日、この「ほんの短い間」だけでも、私はどんな風に映っているのか気になった。そこで、試しに少し録画をして、自分でチェックを入れたのだった。
 
Zoomを使って授業を録画する。普通に画面の前に座り、話している私はちょっと老けて見えた。「光の問題だろう」そう思い、急遽、持っていたスタンドを前に置き、明かりを追加して録画したのだ。
結局、後期もオンライン授業になると決まり、より録画の環境を良いものにするため専用のライトを購入した。
 
考えてみれば、「自分の顔の映りが心配だ」と言う母と一緒だ。授業なんだから、私の顔なんて本来どうでもいいような気もする。でも、やっぱり人に見られるとなると、気になってしまったのだ。
 
母に、「専用のライトもあり、事前に画面映りを確認して調整することができる」ということを説明した。そして、カメラテストをすることを提案した。
 
すると母は、少し安心したようで、
「それなら参加してみる」と言ったのだった。
 
当日、オンライン勉強会が始まる少し前に、母を訪ねた。
母は、「勉強会のためにどの服を着ようかと考えちゃった」と嬉しそうに話した。
そう、母はご近所に出かけるためだけの普段着ではなく、勉強会に参加するための洋服を選んで着替えていたのである。
 
母にパソコンの前に座ってもらい、ライトをセットする。そして、Zoomの個人ミーティングを開催し、一人ミーティングの状態でライトを点灯した。視線がまっすぐになるようにパソコンの下に本を入れて高さを調整し、背景もどんな風に映っているのか確認しながら向きを変える。最後にライトの強さと当たり方を調整し、完了だ。
母も画面を覗きながら、思っていたより自然に映っていたので、安心した様子だった。
 
母は対面の勉強会に出かけるのと同じように、お出かけ用の服に着替え、オンライン勉強会に参加した。私はその様子を見ながら、以前、在宅勤務をしている女性が話していたことを思い出した。
 
「在宅勤務中は、子供を保育園に迎えに行く時はマスクをしているから、目元しかメイクしないし、家でZoom会議の時は、そんなに顔がはっきり見えていないと思うから、マスクをしていなくても簡単なメイクしかしない」というのだ。メイクは、眉毛を描きマスカラをつけるくらいの簡単なもので済ませているということだった。
また、在宅で仕事をしていると、「カメラで見える上半身はきちんとした服装をするが、下はパジャマのままだった」というような話も聞いたことがあった。
 
若い世代はオンラインに慣れてしまって、オンラインはリアルな世界が省略された世界のように感じているのではないだろうか。
リアルな世界では、お化粧を省略して人に会ったりしないし、半分パジャマのまま会議には出ない。オンラインになった途端、下半分は省略されてしまったようだ。
 
オンラインに慣れていない母は、対面の時と同じように着替えをし、何も省略されずに画面上にも同じ世界が続いていた。
 
最近、「やっぱりオンラインではなくリアルに、対面で会ったり話したりできる方がいい」という意見をよく聞く。
私も、そう思うこともある。画面を通して見える顔の表情は、わかりにくいこともあるのも事実だし、その人の体温のようなものを感じられない時もある。
 
でも、もしかしたら、それは私たちの態度次第なのかもしれない。
私たちは、画面上に続く世界をどう捉えるかで、その前に座る態度を知らずに変えてしまってはいないだろうか。
もしくは、その逆に、私たちの態度が画面上に続く世界を「リアルな世界を省略したもの」にしているとも言えるのかもしれない。
 
夕飯をご馳走になりながら母にオンライン勉強会の様子を聞くと、とても楽しかったと話してくれた。
母は省略されていない画面上に続く世界を楽しんだようだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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