メディアグランプリ

譲りたい私は、補助輪付自転車で走りだす


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:宍倉惠(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
ああ、また言えなかった……。
 
この隣に立っている人は妊婦さんだろうか? 違ってたら失礼だよな……。チラチラ気にしながらも結局声をかけることはできず、その人は電車を降りていってしまった。
 
「どうぞ」
 
その一言で済むはずなのに、もし断られたら、もし違ってたらと思うとなかなか声がかけられない。スマートに席を譲っている人を見るとかっこいいなぁ思い、自分もやるぞと思うけど、いざその瞬間が訪れると緊張してぎこちなくなってしまう。
 
こんな不器用な私を助けてくれそうなアイテムを発見した。
席ゆずりますマーク。
 
マタニティマークに描かれている赤ちゃんを抱っこしたお母さんのイラストとともに「席ゆずります 声かけてください」と書かれたシンプルなストラップ。マタニティマークやヘルプマークといった助けを必要とされる方がつけるマークの反対で、これを身に着けることで席を譲る意思表示ができるというわけだ。ある一人の男性が、妻の妊娠時の経験をもとに製作したものだそうだ。
 
素敵なものを世に生み出してくれてありがとうと思いながら注文し、手元に届いてから早速通勤カバンにつけてみた。これをつければ、きっと見た目ではわからない辛い人が声をかけてくれる。
でも、あれ、おかしい。毎日の通勤は、いつもと変わらない。誰からも声をかけられない……。
 
思っていたのと違うという思いと通勤カバンを変えたタイミングが重なり、すっかり私の意識から離れていったかわいそうな席ゆずりますマークは、使われないカバンにつけられたまま出番の機会を失ってしまっていた。
 
そんな席ゆずりますマークが復活するきっかけを与えてくれたのは、出産を控えた友人がふと漏らした言葉だった。
 
その頃彼女は妊娠中期くらいでまだお腹が目立たず、妊婦だと言われなければわからない状態だったが、マタニティマークをつけていなかった。理由を聞くと、「席譲ってくれって言っるみたいで気が引けるんだよね」と言う。周囲の気持ちに敏感で気を遣う彼女らしいなと感じると同時に、強烈な違和感があった。
 
命を削り、子どもという大事な存在を守り育てているお母さんをもっと大事にしなくてはいけないのではないか? 人間は社会的な生き物だって偉い先生が書いた本に書いてあった。ヒトという生き物の長い歴史の中で考えれば、家族を越えてコミュニティの中で子どもを育ててきたはずで、今の核家族化した暮らしの方が特異な事態なのでは? 私はそう思い至って初めて、子どもはその家族だけのものではなく、私たちの社会の未来をつくってくれる大切な存在なんだと気づいた。私の周りには、教育に関わる人や、子どもに関する支援をしている人がたくさんいて、話を聞いて「すごいなぁ」と思うことはあったが、「すごいなぁ」で終わっていた。「自分には関係ないこと」だなんて、大きな勘違いだった。今ならその人たちがどんな思いで活動をしているのか、少しだけ分かる気がする。
 
同時に、妊婦さんに声をかけてもらうのを待っていた自分がとても恥ずかしくなった。何を思い違いをしていたんだろう。席ゆずりますマークは、便利な魔法のアイテムではなく、自転車の補助輪のようなものだったのに。
 
実は、あのマークを付けていた時に、逆に席を譲られてしまったことがある。そこそこ人が乗っている地下鉄でぼーっと立っていたら、目の前の男性が席を譲ってくれた。
「しまった、譲られてしまった!」焦ってしまい、やっとこさ「違います」と言ったのだが、私の声はその人には届かなかった。座らない私を不思議に思ったことだろう。あの時私は、すぐに説明するべきだったのだ。マタニティマークに似ているけど、このマークは席を譲る意思表示のマークなんですよ、と。そうしたらきっと、あの人は不思議な思いをせずに、私は申し訳なさにさいなまれずに、にっこり笑いあえたはずなのに。
 
やっぱり説明しようと思って振り向いたときには、その人はもういなかった。ああ、またやってしまった……。
 
それもこれも、あと一歩の勇気が出せないのが何よりの問題だった。友人のその言葉と、席を譲ってくれた心優しい男性の行動が、気づかせてくれた。
 
席ゆずりますマークは、万能薬ではない。そっと背中を押してくれるものだ。まるで自転車の補助輪のように。フラフラする身体を支えてくれるお父さんの手のように。「大丈夫、きっとできるよ」と。そばにあって、支えになってくれるものだ。それを受け取ってペダルを踏み込むことができるかは自分次第なのだ。
 
友人が、まもなく出産した。急きょ予定より早い出産となりとても心配だったが、母子ともに無事だという知らせを受けて自分の家族のことのように本当にうれしくて、愛おしい気持ちでいっぱいになった。
 
私は今日もカバンにあのマークをつけて出かける。でも、声をかけられるのを待っていたあの時の気持ちとは少し違う、こんどこそやるぞ、というほんの小さな勇気も携えて。
 
 
 
 
***

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≪終わり≫


2021-02-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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