メディアグランプリ

「あまいやまい」


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:まるこめ (ライティング・ゼミ 超通信コース)
 
 
「ママー! あのね、きょうねー、マツダくんとあそんだんだー」
 
キッチンに立つ私のそばへ、5歳になる娘が駆け寄ってきた。
保育園から帰ってきて、食事を用意する間に彼女が1日何をして過ごしていたかを聞くのが、毎日の日課だ。物心つく前には、母親の私といるよりも長い時間を、保育園で元気に過ごしてくれている彼女には、本当に頭が上がらない。事情があってお父さんとは離れることになり、実質的には唯一の肉親が私しかいない。それでも、恨みごとを言うどころか
 
「ママはおしごとがんばってえらいねぇ」
 
と、頭を撫でてくる始末。やれやれ、どちらが育てているんだか……。
だからこそ、幼い彼女が一生懸命に「おはなし」してくれる時間は、私にとっては1日の疲れをとってくれる「癒しの時間」のはずだった。
毎日保育園での「おしごと」を終えた、小さな彼女から上がってくる「業務報告」は、大きく3つのテーマに分かれていた。園でどんな活動をしたか、誰と遊んだか、何を食べたのか
、だ。今までは何の問題もなく、彼女が笑顔で話をしてくれることに、なんの疑念も抱かなかった。けれども、ここ最近気になることが出てきた。
 
「え? マツダくん? コウガくんじゃないの?」
 
「うん、コウガくんじゃない……」
 
以前は、1歳の頃からずっと同じクラスだった「コウガくん」と仲が良かった。
「仲が良い」というよりは、親しいボーイフレンドだった。コウガくんは、娘を見ると「えへへ」と言って駆け寄ってきてくれるし、娘は娘で「コウガくんは、仮面ライダーがいっぱいしってるからすき」とよく言っていた。帰り際には手でハートマークを作って、お互いに
その手をくっつけて「らぶ」なんて、とてもマセたことをしていたくらいには、2人の仲は良かったように思っていた。
けれどもいつしか、娘の口から「コウガくん」名前が出てくることが少なくなってしまっていた。
 
「なんでー? コウガくんと喧嘩でもしたの?」
「ううん、コウガくんは、もう……いいんだ」
 
まるでバーテンダーになった気分で、私はキッチンに立っていた。
目の前の小さなレディは、牛乳の入ったコップを手でなぞりながら、コンロにかかっている鍋の方をぼんやりと眺めていたのだ。
 
「いやいや、お姉さん。あんなに仲良しだったじゃない」
 
「うん……でも、もうコウガくんじゃないんだ」
 
ダメになった理由を聞くのも野暮だけど、それでも彼女は何か聞いて欲しそうに見えた。
ひとまず料理の手を止めて、グラスでも磨きながら、私は彼女に恐る恐る尋ねてみた。
 
「それは、つまり……コウガくんじゃなくて、マツダくんが好きになったと、そういうことなのかな?」
 
幼い彼女の手がピタっと止まった。
そして、見たことがないような柔らかい笑顔でコクリ、と頷いた。
 
「へ、へぇ……マツダくんのどこが好きなの?」
 
「えとね、やさしくてね、かっこいいところ」
 
思い口を、ゆっくりと開き始めた小さな彼女は、少しずつ、胸の内を話し始めた。
 
「あのね、きょうマツダくんとてて(手)つないだんだ」
 
「うん、それからどうだったの?」
 
彼女はコップに伸ばしていた小さな手を、自分の胸にそっとあてた。そして……
 
「あのね、ここのおっぱいのところがね……どくん、どくんてしたの」
 
目の前にいるはずの5歳の女の子は、トトロを追いかけるような無邪気なそれではなかった。あまい、あまい「恋の病」を患った、小さな「オンナ」だった。
母親としては、だいぶ複雑な気持ちではある。けれども、仮面ライダーに詳しいから「好き」が芽生えていた頃に比べて、相手の「人」を見て「好き」になるということは、幼い彼女にとっては驚くほどの成長だ。小さくても、彼女がしっかりと人を見ているということは、とてもすごいことだと、心の底からそう感じた。その成長に直接、私が携われなかったことだけが、少しだけ妬ける気もするが、その役はしばらくの間、マツダくんに託しておこう。
 
きっと彼女は、これからの長い人生において、マツダくん以外の人に対しても
「どくん、どくん」と胸を躍らせる日が、これからもきっとたくさん来るんだろう。
私の知らないところで、誰かと笑顔をシェアできる日もあるだろう。
思いが実らずに、涙で枕を濡らす日もあるだろう。
もどかしくて、恋しくて、辛くなる日も、きっとあるだろう。
「あまいやまい」には特効薬なんてないのだから。自分が望めば悩み苦しむ「毒」にもなるけれど、その「毒」を制すれば、どんな困難にも立ち向かえる「力」になることを、幼い彼女はきっと、これから身をもって知って行くのだろう。
 
「そっか、それはとても良いことだね」
 
小さな娘の頭をぽんぽんと撫でながら、嬉しいような、ちょっぴり寂しいような気持ちになった。できることなら、何も知らないままでいてほしいけれど……仕方ない。これから長い年月をかけて「あまいやまい」に立ち向かって行く幼い彼女が、とても大きく、遠くに見えた。
 
「今日は何かいいことあった?」
 
きっと明日も、そしてこれからも、娘はいろんなことを聞かせてくれるに違いない。
キッチンで待つ時間が、より一層、愛おしく感じた。
 
 
 
 
***
 
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2021-04-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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