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オオカミ少年は罪なのか

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:あおい 真雪(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
3月の末、朝6時に携帯電話が鳴った。
携帯の表示は“実家”と出ていた。
 
何かあったのかと不安に襲われ、急いで出た。
応答したつもりが間に合わなかったらしく、留守電に繋がった。
私の携帯は、7秒鳴って応答しない場合は留守番電話に繋がる設定になっている。
7秒は短いのだが、それくらいの早さで応答するか留守電に繋がるかしないと、待ち切れずに切ってしまう人が私の周りには多いからだ。
 
「もしもし……。お母さんもう……ダメかもしれない……」
消え入りそうに小さく、かすれた母の声が録音されていた。
 
ドキッ!! とした。 心臓が飛び出るかと思った。
 
鼓動が早くなる。
急いで電話をかけなおした。
電話のあちらで何コールか鳴って母が出た。
 
「もしも……し……」母の声だった。
「どうした?」と私。
「朝早くからごめんね……。起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫。起きてたよ」
 
「お母さんね、もう……ダメみたい……。 毎日息が苦しくて……どんどん呼吸ができなくなっていくの……。死ぬ前に伝えておきたいことがあるから……最後にもう一度……来てくれないかしら……」
「わかった、すぐ行く」
「うん……、今日じゃなくてもいいから……週末まで何とか頑張るから……」
「うん、わかったよ」
 
週末で良いと言っていたが、週末までもつのか心配だった。途中で何度も咳き込んでいた。
出勤準備を始めたが、これきりになってしまったらどうしよう。そんな思いが頭から離れなかった。
家を出なくてはいけない時間が迫ってきたので、会社に向かった。
出勤中に不安がどんどん増した。
会社に着くや否や、「今出勤したばかりですが、急用ができたので早退させてください」と課長に告げた。
 
高速をぶっ飛ばして実家へ向かった。
(とはいうものの、私の車は古いので法定速度程度しかスピードは出ない)
半分ほど来た時、実家に電話した。
 
「もしもし? 今そっち向かってるから!」
 
切羽詰まった私と対照的に、朝の電話より少し落ち着いた感じで母が電話に出た。
朝の電話切ったあと、じっとして休んでいたら呼吸できるようになってきた。だから今は少し楽になっているとのことだった。
「お昼ご飯は?」と母。
「え? お昼ご飯? そんなの何も考えてないけど」と私。
こんな時に何を呑気にお昼ごはんの話なんて。緊急時にお昼ご飯に何食べるか考える人がいるのだろうか?いや、いないと思う。
 
1時間半後、実家のドアを開けた。鍵は持っている。
玄関横の書斎から父が顔を出す。
「ピンポン鳴らさなかったのか?」
「うん、鍵持ってるから」
そんな会話ももどかしく、急いで廊下を先へ進んだ。早く母の顔を見て安心したかった。
 
母はリビングにいた。
リビングの大きなソファに、座るでも寝そべるでもない形で、母はいた。
だいぶ楽になってきてベッドから起き上がってこられたのだという。
部屋からここまで歩けたから大丈夫とも言った。
「驚かせてごめんね。会社、大丈夫だった?」最近謝られることが増えた気がする。
そして、「お昼ご飯どうする?」と聞かれた。
気づけば11時になるところだった。
 
親戚が送ってきてくれた高級な蕎麦を茹でて三等分した。母の分を少なくしようとしたが、食べないとますます悪くなるからと本人が言い、父と私と同じ量でよそった。
母は休みながら食べるので速度は遅いが、完食した。
この頃になると、母もだいぶ喋れるようになってきて、「三人で楽しく食事をする週末」と何ら変わりはないような感じだった。今朝、会社を早退したことを忘れてしまうほどだった。
 
「オオカミ少年になっちゃったわね、ごめんね」
父が書斎に戻り、私と二人になってから母が言った。
 
その後、「お父さんたらねぇ……」と父の困った話を始めた。
バスで食料の買い出しに出かけ、リュックをバスに置き忘れたが、リュックを持って出かけたかどうか記憶が曖昧な父はそのまま帰宅してしまった、この先が心配だという話だった。
その後も、「死ぬ前にどうしても伝えたい話」ではない話が続いた。
「お母さん、何か大事な話があるのでは……?」
「うんいいの。伝えたいことがあったらノートに書いて残ることにするから」
午後もひたすら話し続けた。
これでもかというくらいに、話し続けた。
母は、「私は口から生まれたの」と自分で言うほど話好きだった。
母がいいというのなら、それでいいかと思い、関係ない話に付き合った。
 
夕方になり、夕ご飯を食べた。
以前より少な目だが、母はまあまあの量を食べた。
「こんなに喋って、こんなに食べて、なんだ元気じゃないって思ったでしょう?」
 
朝より楽になっているのは、たぶん本当なのだろう。私が来て、気分が高揚していることもあると思う。
でも、朝の「もうダメかもしれない」と思ったことも本当なのだろう。
きっとどちらも本当だ。
 
昼食の後、歯磨きしてくるといって母が洗面所に向かい、ゴホゴホと強く咳き込むのが聞こえていた。戻って来るまでにかなり時間がかかった。血を吐いていたのかもしれない。
 
我慢して我慢して、突然救急車で運ばれてそのままになるよりよっぽどいい。
今はコロナがあるので、入院したら面会すら許されない。
感染者の多い都市に住む私は、母の診察時に付き添う許可も出ていない。
最後に話ができないまま別れることになるのは、嫌だ。
 
「オオカミ少年になっちゃって、ほんとごめんね……」帰る時にも言われた。
今日一日で何度言われただろう。
そして何度謝られたか。
 
オオカミ少年でいい。
そんなことも、近い将来いつか、思い出になる。
残念だが、その日は確実に近づいている。それは避けられない。
 
今はまだ、オオカミ少年に騙されていたい。
騙される日々がまだ続くことを、私は祈る。
 
 
 
 
***

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2021-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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