メディアグランプリ

1時間の青春

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:こまる(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
みなさんにとって1時間という時間は短いものだろうか、それとも長いだろうか?
 
テーマパークの待ち時間。ドラマの1話分の長さ。あの子が待ち合わせに遅刻した時間。昨日の睡眠時間。その1時間が、何の1時間かによってそれぞれ感じ方は違うだろう。
 
じゃあ、みなさんにとって、電車を待つ「1時間」はどうだろうか。
その電車を逃すと次は1時間後。そう思うと誰もが足を速めるのではないだろうか。
 
今私は大都会東京に住んでいるが、1時間も電車を待つ日は待てど暮らせど来ない。乗り換えの無い快速電車を待ったとしても、そこにはスタバがあるから時間をつぶすのも容易だ。時間の無い都会の若者たちにとってはとても便利でありがたいことだろう。
 
ある日、ホームのベンチで友人を待っていると、今にも閉まりそうなドアに駆け込むサラリーマンがいた。息を切らし、重そうに見えるビジネスバッグを錘のように引きずりながら、汗だくで駆け込むも、ぎりぎりアウト。容赦なく電車が発車する様子を見ながら私は自分の高校時代を思い出したのだった。
 
私の通っていた高校の最寄り駅は、1時間に1本しか電車が通っていなかった。
当時入っていた吹奏楽部の練習が終わるのが大体18時半。うまくいけば18時40分発に乗れるが、それを逃すと次は19時32分。その電車に乗れなければ、なんと次は21時台。その無人駅にはスタバもタリーズも、コンビニすらある訳もなく、薄暗い駅の中に嫌味化と思う程煌々と輝くおみくじ付きの自販機だけが用意されていた。(ちなみに私は3年間で二回ほどおみくじを当てたことがある)
 
毎日部活でへとへとだった私は、なんとしても早く電車に乗らなければならなかったし、この不便さに入学後3ヶ月ほどで嫌気がさしていた。高校を卒業したら、必ず10分に1回電車の来る都会に住もうと決めていたのだった。
 
部活の夕礼中、先輩の話を聞きながら楽器を片付け、荷物をまとめておく。解散のタイミングで音楽室を飛び出し駅までダッシュする。運動音痴な私も、音楽室から駅までのあの時間だけは、きっとかのボルトよりも足が速かったと思う。
 
万一乗れなかったら、薄暗い駅のベンチで1時間をやり過ごす。夏は三ツ矢サイダー、冬はおしるこを自販機で買い、ひたすらぼーっと電車を待つ。その1時間は頗る長く、退屈で、エモーショナルだった。たまに、駅前を通りかかった友人や部活仲間を捕まえて、電車の時間まで付き合ってもらうこともあったが、同じ部活に同じ方面に帰る友達は一人もいない。友人たちを見送って、私は一人で長い長い1時間を過ごすのだった。
 
私はそのころ、化学の先生のことが好きだった。若くて背が高く、眼鏡をかけたその先生のことを好きな女子は私以外にもたくさんいた。みんな少女漫画のヒロインになりたがっていたが、私は特に先生と接点がなく、一人こっそり恋焦がれていたのだった。
ある日、いつも通り音楽室を飛び出し靴箱に向かって走っているとき、化学準備室から出てくる彼にぶつかりそうになった。ぶつかりかけたことにも、好きな人が目の前に現れたことにも心臓が跳ねた。よけたはずみにその場にしりもちをついてしまった。
 
電車が発車する音が聞こえた。
 
「あー、電車……」
「ごめん、急いでた? 大丈夫? 立てる?」
 
電車を逃したことを悔しく思った気持ちは、差し出された手を掴んだ瞬間どこかへ消えた。むしろ、電車に乗り遅れてよかった、と思った。
 
その日から私は18時40分の電車を目指してダッシュすることも、駅のベンチで1時間を過ごすこともなくなった。練習終わりに駆け込むのは決まって化学準備室だった。私をボルトに変身させるものが、電車の時間ではなく恋に変わった。
 
「次の電車1時間後なんでここで時間つぶさせてください!」
それはもうタイムマシンに乗っている感覚だった。飛び込んだ次の瞬間、もう1時間先の世界にいるのではないかと思うくらい、その部屋の中の時間は早く過ぎていく。あんなに早く来てほしかった電車が、もう一生来なかったらいいのにと思える時間だった。
 
そして1年後、先生が異動することを知った頃、その時を待っていてくれたかのように電車が増便し、1時間待つことは二度となくなった。私は化学準備室にそっと手紙を置いて、また駅に向かって全力疾走した。
「増便したからもう化学準備室には用無しやわ。先生も、ほかの学校でも元気でいてな」
最後まで電車の時間のせいにして、気持ちを伝えることはできなかった。
 
あの電車を待つ時間は誰かとっては不便な1時間だったかもしれない。少なくとも昔の私にとっては頗る不便で、長い1時間だった。でもそれが恋のおかげで短く感じられるものに変わったし、私の青春はあの1時間に詰まっていたといっても過言ではなかった。
 
電車に乗り遅れることも、電車を1時間待たなきゃいけないことも、不便なことも、
全部悪いことばかりじゃない。
 
次、運良く電車に乗り遅れて待ち時間が長くなってしまった人は、ラッキー、と捉えてみてほしい。もしかしたら、何か素敵なものが得られるかもしれないし、得られないかもしれないし。ほら、あの電車に乗り遅れたサラリーマンだって、次の電車を待っていたら10年来の同級生に出会って恋に落ちるかもしれないしね。
 
 
 
 
***

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2021-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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