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ふるさとグランプリ

閉店によせて 神戸、街の中華食堂《ふるさとグランプリ》


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記事:サイ・タクマ(ライティング・ゼミ)

「ここの野菜炒め、めっちゃおいしいねん」

へえ~、と呟いて立ち止まったのは、大衆食堂の軒先だった。真っ赤なファサードテントの端のほうで赤提灯がぶらさがっていて、扉から一歩踏み出すとカウンターが店の中央まで伸びている。
神戸の繁華街、元町駅から南へ一本路地に入り、西へ。
古き良き街の中華屋さんと呼びたくなるような、「元町 S軒」。

「しかしよく一人で入ろうと思ったねぇ、ここ」

小上がりになっている店内奥の座敷でおしぼりの封を切りながら、はるちゃんに訊いてみた。
はるちゃんは今時の女性だ。その見た目に反して、なかなかシブいセンスの持ち主であることが最近わかってきた。

「その日はバイト終わりでな、すっごく寒い日やってん。お腹もペコペコやったから、あったまりたくって」

風の音と白い息。赤いファサードの下、蛍光灯の光に吸い込まれるようにして店の中へ。
私の中でそんなイメージが浮かんだ。
その時に食べた野菜炒めセットが、凍えた体と心を温めたという。

腹がグウと鳴るのを誤魔化しながら天井を眺めていると、噂の野菜炒めが湯気を立ててやってきた。

薄茶色に濡れて、オイリーでセクシーな光を反射させている野菜の山。
ゴクリ。湯気立つ山の上部を口の中へ放り込む。
3センチか4センチ大、小さめにカットされたキャベツと小松菜、人参、そして主張控えめのモヤシが、噛むたびにシャクシャク歯切れの良い音で鳴る!
具材が小さめというのが、他の店の野菜炒めと一味違うポイントだ。
畑の役者たち、それぞれの違った歯応えが楽しい。
ヒットすると弾ける、小エビと豚肉の甘い喜び。
なんといっても意外に優しい味付けが噛むほどに絶妙に味わいを増すことに気がついたとき、私は思わず目を剥いた!
胡椒と醤油ベースでアッサリとしているのに、オイスターソースと思われる旨み成分が味蕾を広げて余韻を残す! このバランス、絶妙に絶妙!!!
もう箸が勝手に次の塊を捉えている、夢中にさせる味わい!アンストッパボー!

これは……ごはんでしょう!!!
すいまっせぇん! ライス! ください!

「はるちゃん! これ!!! うまいよ!!!」
「やろ?! あ、わたし、ライス小で」

お互いに目の前の野菜炒めの虜になっていた。

この野菜炒め、ごはんとの相性が抜群。
お行儀の悪いことだが、あんまりおいしいものだから残りの「おつゆ」一滴すら名残惜しく、人目を忍んでごはんにかけた。ムッホッ。予想通り。最高にンめえわい。

胸のあたりがホッコリとするこの野菜炒めは、強烈な味ではないのに、不思議と中毒性が高い。

味を思い出すだけで顔がフニャフニャに綻ぶほどすっかりハマってしまい、1週間とも経たずにまた2人で野菜炒めを食べに来た。

唐突に閉店を知ったのは、その時だった。
はるちゃんの後ろの壁の、裏返しになったポスターに、油性ペンでこう書かれてあった。

閉店のお知らせ
店舗老朽化のため取り壊す事になりました
10月10日をもって閉店致します
33年の長きに渡り御贔屓頂き心より感謝申し上げます
ありがとうございました

……開いた口が塞がらなかった。
せっかくお気に入りの味と出会ったのに。
とても仲良くなれそうな友達が、知り合って間もなく転校していくような、唇が尖る知らせだった。
きっと次の訪問が、最後になる。

閉店当日のお店では、常連さんからの花束が、漫画本の棚の脇を彩っていた。
また一人、初老の女性が大きな花を携えてやってきた。

「寂しくなるわあ。悲しいなあ」

「悲しいことなんかあらへんよ。私、なんか嬉しそうやねって言われたわ」

背筋がピンと伸びたおかみさんの表情は意外なほどあっけらかんとしており、たしかに晴れやかで、嬉しそうだった。

お礼と労いの言葉を残して帰っていくお客さん。
もう食べられなくなる味を惜しむように、店内の空気は、やさしさと感傷が滲んでいるように思えた。

今日もいい音で鳴る野菜炒めを噛みしめながら、そういえば以前、同じように「老舗の閉店」に立ち会ったことがあったな、とフト思い出した。

去年、まだ関東で働いていたとき。
縁あって、出版関係者の方々の集まりにお邪魔させていただいた。
その時の集まりが、神保町近くのパブ・レストラン「A」の閉店を惜しむ会を兼ねていた。
昭和34年の創業から56年続いた、そのお店。

その日の私の日記には、帰り際にマスターが語ってくれたことが綴ってあった。

「急な閉店になってしまいましたが、地下の排水機の故障が最後の決定打となりました。
今日まで続けてこられたのはひとえにお客さんのおかげなんです。わたしは本当にそう思います。お客さんがいないと続けられません。
私ではなくて、お客さんがこのお店を続けてくださったんです。
『お客様をお前の大事な友達だと思って(仕事を)やりなさい』先代にそう叩き込まれたんです。
お客様は友達、それが先代の教えでした。いつもお客さんと話す機会がないものですから、ようやくお話ができました」

物静かに訥々と語る、亀仙人のような風貌のマスター。
最後に握手をさせていただいた。
握った手は、太く、がっしりとしていて、それでいて柔らかかった。
「また、この街で、『あれ?どこかでお会いしたかな』と言える日を楽しみにしております」
そう言って、目を細めて微笑んでくれた。

あの時の名物「やきにくライス」の味は、今でも忘れられない。

きっとこの「元町S軒の野菜炒め」の味も、折に触れて思い出すような、一生忘れ難いものになるだろう。

日記を読んで「神保町近くのパブ・レストラン」の閉店は1年前のちょうど同じ日、10月10日だったことに気がつき、世の中には不思議なこともあるもんだと驚いた。

すっかり残り僅かになってしまった野菜炒めを終わらせたくなくて、箸で突っつく。

座敷席にいた親子連れが、食べきれない麻婆豆腐を「包んでもらえますか」と頼んだとき、おかみさんが「家、近い?これ、丼ごと持って帰って」と言ったのを聞いて、思わず皿から顔を上げた。
ど、丼ごと? 丼ごとくれるんだァ……。
赤い文字のロゴ入りの器が、ちょっと羨ましい。いや。だいぶ、羨ましい。

「いいんですか?!」と動揺するお母さんに、おかみさんは「いいのよ。もう要らなくなるものだし。それよりアナタ、ご近所さんなのね、近くで会ったらよろしくね」とニコニコしていた。

「神保町のパブ・レストラン」のマスターが言っていたことと似ているな、と思った。
また街のどこかで会ったらよろしく、か。

「長い間、お疲れさまでした。野菜炒めのファンでした」
2、3、おかみさんと会話を交わして、店を出た。

もう同じ場所では食べることのできない味。
長年親しんだ人たちにとっては、間違いなく青春の味。
街から一人の、心の友達が消えていった。

店はなくなっても、店主やおかみさんが街から消えるわけじゃない。
使命を果たしてマスクを脱いだヒーローのように、街のどこかに溶け込んで、たしかに生きている。

私もいつか、「街で会ったらよろしく」なーんてカッコイイことを言える人間になれるだろうか。
いや、なってみせようじゃあないか。
私は食べ物ではないが、誰かの「忘れられない味」になって、いつまでも覚えていてもらおう。
それがこの先の目標だ。

はるちゃんが味を分析するかのように、何度も箸を口に含んでいた。
もしかするとあの野菜炒めの味だって、この街で生き残っていくかもしれない。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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