メディアグランプリ

時をかけろ、少女


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
 
 
人生には大きな分岐点が三回あるらしい。
それを知ったのは、案外最近のことだ。
「人生って大体80年くらい?」
19歳、夏。
人生の恐らく4分の1、まだまだ先は長い。
「多分、あと一回かな」
既に通過したであろう分岐点は、2回。
音楽の沼に沈んだ日と、短大のオープンキャンパスに行ったあの日。
「思えばどっちも夏だった」
……どちらも後悔ばかりだけれど。
だから、最後の分岐点は、案外幸せな夏になるんじゃないかなって。
まだ、先だからって、少し油断していたのだ。
「いや、いやいや、責任重すぎでしょ」
19歳、夏。
まだまだ先は長いはずなのに、私は何故か分岐点に立たされていた。
『普段どんな勉強をしているんですか?』
画面上、見覚えのある質問に、思わず息が詰まる。
……ああ、これは2度目の分岐点の私だ。
 
日付が変わる少し前、要領の悪い私は、ようやく課題に一区切り付けることが出来た。
そんなとき、公式アカウント以外から、久しぶりにLINEが来た。
『こんばんは! 学校のことを知りたくて……』
ああ、そういえば。
事前に友人から、彼女の後輩に私の専攻について教えてやって欲しいと言われていたのだ。
……どうやらその子は、デザインについて勉強したいらしい。
『普段どんな勉強をしているんですか』
調べれば分かること。パンフレットにだって書いてある。それでも、生の意見の方が貴重だと気づけたこの子はすごい。
答えても答えても尽きない質問に、事前に準備していたにしても、随分熱意があるなと感心してしまった。
「そらそうか」
私でさえ、迷いに迷って今の学校へ進学したのだ。
この子にとってどうかは分からないけど、私にとっては人生第2の分岐点だった。
そりゃ慎重にもなる。
……だって、誰だって過去の自分を責めたくないだろう。
「私が言えた義理じゃ無いけど」
少なくとも、このルートは、正しかったとは言えないから。
 
17歳、夏。高校三年生。
私は、ある学校のオープンキャンパスに来ていた。
……今、通っている学校のオープンキャンパスだ。
「まあ、ここが一番無難なとこだよね」
県内で、デザインが学べて、学費が安い。試験にデッサンが無いと良いな。
そんな無茶な条件で探していた私は、完全に行き詰まっていたのだ。
普通科に通っていたから、先生たちもお手上げ。専門学校の推薦は、理系だから取れない。
……だから、妥協できるところを探して、なんとなくこの学校を見に来た。
「通信とか、講座探して勉強すれば良いよね」
そんなもんだから、余計運命的に感じてしまったのかもしれない。
「え、デザインやってんの」
施設ツアーで案内された図書館ギャラリー。
そこでデザイン系のゼミが展示をやっているのを見て、馬鹿で安直な私は神さまに誓ってしまった。
「ああ、私はここに入るんだ」
実際は、神さまなんて、居やしなかったけど。
 
19歳、夏。
私が一区切り付けたのは、デザインの提案書なんて高尚なものではなく、フランス語の課題だった。
……神に誓って、運命まで感じた場所は、随分現実的だった。
私が入学したのは“生活科学科”で、“デザイン科”ではない。
だから、グラフィックだけじゃ無くて、建築も、被服も学ばなくてはいけない。
例え、興味が無くてもだ。
「入ったのは私だけどさあ」
入学したてのとき、めちゃくちゃ絶望した。
課題は多いし、やりたいことは学べない。
「遠回り過ぎる」
一途になれない。他のことに忙殺されるうちに、志望動機なんて忘れてしまった。
『先輩はなんでここに入学したんですか?』
画面に並ぶ質問は、純粋で残酷だ。
「そんなん、私が聞きたいわ」
理想と現実。希望と諦観。
「後者をとり続けた私が、未来の君だ」
口に出すことは簡単でも、打ち込むのは死ぬほど難しい。
……もう、2度目の分岐点の私に、伝えることは出来ないのか。
今ばかりは、時をかける少女のヒロインが羨ましかった。
 
『まだ、就きたい仕事がハッキリ決まっていないので、短大の方が良いのかなって』
ふと、LINEを見たとき流れてきた言葉に、違和感を感じた。
……なんだか、ひどく懐かしい。
顔も合わせたことの無い彼女を、何故か知っているような気がしたのだ。
「ああ、そうか、この子も妥協してるんだ」
デザイン関連の職につきたいならハッキリそう言えば良い。
でも、そう言わないってことは、彼女はきっと何かを捨てたのだ。
「まるで、過去の私だな」
人ごとなのに、それがひどく悔しい。
だって、案外私は負けず嫌いなのだ。
『本当はさ、やりたいことあるんじゃない?』
今まで一方的だったメッセージに、初めて質問を載せた。
それを皮切りに彼女の諦観は、決壊したらしい。
『本当はファッションのほうにすすみたい』
『でも、先生が稀なケースだから、とりあえず短大にって』
ボロボロこぼれる言葉に、返信する手を止める。
……なんだ、全然私と違うじゃん。
ちょっとだけ悔しいけど、今までの質問は無駄だったみたいだ。
だから、ちょっと仕返しがしたくなった。
『最後に過去の自分を責めることが無ければラッキーだよね!』
過去の自分への最大の皮肉は、果たしてあのヒロインみたいに彼女を救うことは出来たのか。
 
19歳、夏。
あと半年もしないうちに成人する。
いつだって、短期決戦を心がけてきた。
……でも、
『最後に過去の自分を責めることが無ければラッキーだよね!』
これはきっと、未来の自分から、今の自分に向けたメッセージなのかもしれない。
もう十分、後先考えず突っ走った。駆け回った。
だから今度は、時間をかけよう。
3度目の分岐点に立つ未来の私のために。
「ちゃんと時間かけろよ」
時を賭けろ、少女!

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2018-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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