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お葬式で笑顔だったあなたへ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:すわこ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
従兄弟のお兄さんが亡くなった。癌だった。3年に渡る闘病生活の末だったということは、葬儀に参列した親戚は皆知っていた。
彼には年下の奥さんと3人の子どもがいて、その奥さんが闘病生活を支えていたと聞いた。一番下の子はまだ小さい。手の掛かる3人の子供を抱えての看病は、たとえ周りのサポートがあったとしても想像を絶する日々だったと思う。私自身4歳の娘がいる妻として、どうしても奥さんの方に感情移入をしてしまう。
 
実のところ私は、この亡くなった従兄弟とは大きくなるまでほとんど交流が無かった。私は親戚の中でも一番の末っ子だったから、物心ついた頃にはすでに従兄弟のお兄さんお姉さんたちは大きくなっていたし、それぞれのコミュニティがあり、親戚同士で集まる事もめっきり少なくなっていたから。だからどちからといえば、私の兄たちの方がこの従兄弟とも仲が良く、昔から交流があるようだった。
 
 
「お通夜とお葬式両方に参列するように」母からの連絡があった時、正直なところ気が重かった。深い悲しみで包まれている中、故人との共通の思い出の少ない私が参列するのは正直しんどい。それでも、あちらのご家族の方の希望だから、私の名前も出して下さっているからと聞いてしまったら行かないわけにもいかない。私は悲しみと気の重さを抱えて、娘を連れてお通夜に向かった。
 
できれば行きたくないな、そういう思いはすぐに具現化する。お通夜の会場には随分と遅れて到着してしまった。係りの人にどうぞと案内された席はまさかの故人アリーナ最前列。知り合い程度の私が座るには恐れ多い席だ。
かたや娘は初めてのお通夜というものに落ち着かない様子で、お坊さんがお経を唱え始めれば、「何て言っているの?」お経が長くなれば、「いつまでやるの?」。故人の姿を前に、「何で死んじゃったの?」「死ぬとどうなるの?」「寝てるの?」「起きるの?」いちいちごもっともな質問が止まらない。確かにごもっともな質問ではあるのだけれど、親族の方に囲まれたこの席では非常に答えにくい。居たたまれなくなった私は、申し訳ないと思いつつ娘を連れて隣の部屋に避難した。
そこには2歳ぐらいの小さな女の子がいた。故人の一番下の子どもだという事はすぐに分かった。その子はまだ、パパが亡くなったという事を理解していないようだった。泣くでもなく、はしゃぐでも無く、時折ママを求めて行ったり来たりしながら祖母であろう人にあやされ見守られていた。私も絵本を借りて娘とその子に読んで聞かせたり何となく話しかけたりして、時間が過ぎるのを待った。
そんなだったから、私はまだ喪主である奥さんにご挨拶をする事もお悔やみの言葉を伝える事もできないでいた。それでも喪主として列席者の方を気にかけたり、上の二人の子どもの背中をさすったり抱き寄せたりと、気丈に振る舞っている姿が目に入り、胸が締め付けられた。
 
お通夜の後、食事をいただいた。そこでも喪主の彼女は周囲に気を配り、私にも飲み物を注ぎに回りに来てくれた。「気を使わないでください」そう言ってもそういうわけにもいかないのかもしれない。
彼女とは確か歳が同じくらいだったと思う。随分と前に一度だけお会いした事があったけれど、その時はあまり話す事ができなかった。「お久しぶりです」「お悔やみ申し上げます」私はどんな風に会話を始めたらいいのかわからず、口ごもってしまった。すると彼女の方から話を始めてくれた。
「子供服を譲って頂いてとても助かっています」それは思いもよらない世間話だった。そうだった、そういえばそうだった。私の娘の洋服のほとんどは親戚のお下がりで、状態がいいものばかりだったので、着きれない分はそのままこのご家族にお譲りしていたのだった(と言っても全部母がやっていたのだけれど)。子ども服は何枚あっても困らない。すぐに成長して着られなくなるからいちいち買ってもいられない。私自身お下がりにとても助かっていたから、「お互いありがたいですね」、他愛もない話だったが共感しあい親近感が湧いた。
 
翌日は朝から葬儀告別式だった。この日も彼女は、時折笑顔を見せることはあっても辛い顔は見せなかった。それはきっと喪主としての責任感だったり、子どもたちを守る事に必死で、笑顔で感情に蓋をしないと耐えられ無かったからなのかもしれない。そう思うとそれがまた痛ましく、深く心に刺さった。
火葬場での待ち時間、遠く離れた席で子ども達と過ごしている彼女を見た。それは、さっきまで周囲に見せていた硬い笑顔とは違う、柔らかいママの微笑みだった。一瞬だけでも日常のママに戻って目の前にある幸せを感じる事ができたのかもしれない。そう思うと、外野ながらも少しほっとした。
 
葬儀告別式が終わり、長い一日が終わった。参列者が帰宅する際も彼女は一人ずつ挨拶を交わし丁寧に見送っていた。この二日間彼女は悲しむ事ができただろうか、故人とお別れをする事はできたのだろうか。そんな事を思ったら私は最後彼女に伝えずにはいられなかった。
「貴方はもう十分に頑張って来たと思います。これからはご自身が幸せになる事に遠慮しないでくださいね。貴方が笑っている事がお子さんの幸せだから」。言葉の途中で彼女は顔を覆い泣き出してしまった。そして、何度も何度も、頷いていた。
 
生きていれば悲しい事はある。だからといって不幸になる必要は無い。時には飲み込まれそうになる不幸感から笑顔で身を守る事も必要だったりもする。それでも悲しみとそう遠く無いところに心から笑って過ごせる日々があるはずだと私は信じでいる。彼女にも、私にも、そして誰にでも。

 
 
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2018-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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